第20話ちゃんと作れました

 料理教室は無難にといったら悪いかもしれないが、大きなトラブルもなく進む。エビを片栗粉につけてからフライパンに投入し、さらに調味料を追加して焼いていく。


 フライパンを持っているのは麻衣だ。俺は隣でそのよう様子を見ている。


 液体だった調味料が水溶きした片栗粉と混ざり合って普段見ているような、とろみのある赤いソースに変わった。エビも火が通ってプリッとした質感になって、美味しそうだ。


「いい匂いがしてきますね」

「そうだね。もう完成したといってもいいんじゃないかな?」


 エビチリが完成するのを察したようで、別の席で料理を見ていたレイチェルが振り向いた。


「麻衣ちゃん。火を止めても大丈夫だよ!」


 近づかなくてもフライパンの中を見るだけで判断できたようだ。流石プロ、といって褒めておくべき何だろうか。


 付き合っているときは料理なんてしたことないと言ってたから、短い間に随分と努力してきたんだな。


 レイチェルの指示通りに動く麻衣は、火を止めるとフライパンに入ったエビチリを真っ白い皿に移していく。最後に細かく刻んだ長ネギを入れると完成だ。


「ちゃんと作れました」


 達成した喜びを感じているようで、嬉しそうに報告してくれた。エビの下処理は手伝ったけど、それ以外は麻衣だけが料理をしていたので、一人で作った言ってもいいだろう。


「上手に出来たね」


 頭を撫でて褒めながら周囲を見ると、他の人たちもエビチリ作りは終わったようだ。


 椅子に座って待っていると明日香さんから試食タイム開始の声がかかる。常連の生徒たちは慣れているのか、すぐにお互いのエビチリを交換しながら、味の感想を言い合っていた。


 俺たちはそんな仲の良い相手などいないので、紙皿を持って二人で分け合う。

 同時に作ったエビチリを口に入れる。

 少し濃いめの味になっているが十分美味しいと言えるレベルだ。

 もう一つを入れるとソースがあまり付いてなかったのか少し薄味だったが、これも美味しいと言える範囲だろう。


「どうですか?」


 不安そうに見る麻衣に笑顔を向けて、親指を立てて返事をした。


「よかった~。美味しいと思ったのが私だけだったら悲しかったです」

「そんなネガティブに考えることなんてないよ。すごく美味しかったから」


 接していて最近分かったことだけど、麻衣は好奇心旺盛なところがある反面、少し後ろ向きな性格をしているようだ。不安が強いといった方が正確かもしれない。だから過剰に褒めて自信をつけて欲しいと思っていた。


「レイチェルから聞いたけど、兄妹になったばかりなのに二人とも仲がいいね」


 エビチリの入ったお皿を持った明日香さんが声をかけてくれた。「どうぞ」といって、エビが刺さった爪楊枝を俺たちに渡してくれる。無言で受け取って口に入れると、麻衣が作ったのと同じ味がした。ただ濃さだがけ違う。ほどよいバランスで正直、明日香さんの方が美味しいと感じてしまった。


 料理とはレシピ通りの分量で材料を用意し、決まった手順で進めれば同じものができあがるはずなんだけど……料理初心者とプロとの間には大きな壁があるんだな。


「美味しい」


 麻衣は自分が作ったエビチリよりも美味しいと感じてしまい、ショックを受けてしまったみたいだ。


「プロの味を覚えて再現できるように頑張ろうね」

「は、はい!」


 料理初心者が明日香さんの味に劣るのは当然だ。そう伝えたくて放った言葉を、麻衣はちゃんと理解してくれたようで少し元気になってくれた。


 俺たちのやりとりを見ていた明日香さんは、にこにこと笑っている。なんだか恥ずかしい。その感情を誤魔化すように話しかけられたときの返事をする。


「麻衣がいい子なので、すぐに仲良くなれました」

「それはよかったわ」


 そう言ってから、明日香さんは一人で試食しているレイチェルを手招きすると、すぐに来た。


「うちの娘とも、仲良くしてくれると嬉しいわ」


 元彼女という関係ではあるが俺は問題ない。では、麻衣は堂だろう? 気になって見ると、目が合った。


「お義兄さん……」

「俺のことは気にせず、自分で考えて答えを出したほうがいいよ」


 振り回された相手だ。苦手な相手だと思っても不思議ではないけど、どうやら違ったようだ。


「実はもっと色々とお話ししたいと思っていたんです。こちらこそ、よろしくお願いします」

「麻衣ちゃんーーーっ!」


 理由は分からないが、先ほどの言葉にレイチェルは感動したようで、急に麻衣を抱きしめた。胸に埋もれて苦しそうにしていて必死に抵抗しているが、腕をバタバタと動かしているだけで意味はなかった。


「私、妹が欲しかったの! ID交換しよっ! 料理とか、優希のことをいっぱい教えてあげる!」


 いやいや、俺のことは言わなくていいよと、心の中で突っ込んでおく。

 その状態じゃ交換なんて出来ないだろ。レイチェルの肩を軽く叩く。


「興奮しすぎた。離してやれよ」

「あ、ごめんね。ちょっと舞い上がっちゃってたみたい」


 苦笑いしながらレイチェルは腕の力を緩めて麻衣を解放すると、スマホを取り出した。服と髪を整えてから麻衣も同じようにスマホを手に取ると、チャットのIDを交換する。


 元カノと義妹がフレンドになるとは思わなかった。なぜだか少しだけ脅威を感じたが、それは気のせいだろう。そう思うことにして残っていたエビチリを食べることに下のだった。

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