第5話迷子になったら大変だからね

 時間になったので玄関で待っていると、麻衣が部屋から出てきた。


 手が隠れるほどの大きめなブランのニットウエアとその下に白いロングTシャツを着ている。下はタイトな黒いジーンズをはいていて、肩に黒いバッグをかけている。


 男の俺から見てもシンプルながらファッションセンスがあると思わせる服装だ。


「お待たせしました」

「俺も着たばかりだから、そんなに待ってないよ」


 待ち合わせをしていた恋人のような会話をしてから靴を履く。麻衣はハイカットの黒いコンバースを履く。


 俺がドアを開けて外に出ると麻衣も続く。マンションのエレベータに乗って下につくと、バス停に向かって歩き出した。


「駅前にスクールバッグを売っているお店があるみたいだから、そこに行こう」


 無言だが首を小さく縦に振ってくれた。


 会話するきっかけがつかめない。話しかけてもキャッチボールが続くイメージが湧かないのだ。気難しい子だなと思って歩いていると、服が引っ張られるような感覚があった。


 視線を下げてみると、小さな手がちょこんと俺の服をつまんでいた。線が細く手入れされた爪が、手の主が女性――麻衣だと主張している。


 うつむいているので表情は判らないが、嫌っている相手にこんなことをするはずはないので、恐らく照れているような表情をしているのだと思う。


 なんだ、会話が続かないだけで嫌われているわけじゃないのか。安心した。


「迷子になったら大変だからね」


 服をつかんでいる麻衣の手を取ると、小さい子供の手を触るように優しく握る。予想通り拒絶はされなかった。


 腰まで伸びている長い髪から見える耳は、ほんのりと赤くなっている。


 急に大きい義妹ができたので戸惑い仲良くなれるか不安だったけど、いつの間にかそんな気持ちは吹き飛んでいた。俺たちは仲良くやっていける。そんな根拠のない自信があった。


 Suicaで大人二人分の料金を払ってからバスに乗り、後部座席に並んで座る。麻衣はイヤホンをつけてしまったので、ここでも会話はない。機嫌を損ねているように見えるかもしれないが、手はしっかりとつないだままだ。離そうとはせずにしっかりと握られている。


 小さい頃に両親が離婚していたと聞いているし、こうやって常に側にいる大人がいることで安心しているのかもしれない。


◆◆◆


 バスから降りると駅前にあるスポーツ用品店に入った。


 イヤホンは外され、手もつないでいない。麻衣の方から手を離したのだ。人が多くなったので恥ずかしくなったのだろう。俺も知り合いに見つかったら説明が面倒なので丁度良かった。


 店内に入ると、ゴルフやテニス、サッカーといったスポーツ用の道具が並んでいて、奥の方にはアウトドア用品が見える。入学シーズンが終わる時期と言うこともあり、スクールバッグは隅の方に追いやられていた。


「ぱっと見、気に入ったのある?」


 スクールバッグの形はほとんど同じで、よく使われる肩にかけられるタイプのみだ。生地は革と布があり、どちらにするか麻衣は悩んでいる。


 しばらくすると革の方を選んだ。


 色は黒かブランの二種類のみ。細かいデザインの違いはあるものの、俺からするとどれも同じだと思えてしまう。だが、麻衣は縫い目や堅さ質感などを一つずつ丁寧に確認してる。ほぼ毎日使う物だから妥協はしたくないのだろう。


 早めに買いに来ていれば、もっと多くの中から選べたかもしれない。


「もう少し子供に気をつかえよ」


 海外で働いている親父に恨み言をこぼしてしまったが、麻衣の耳には届いていなかったようだ。外側は黒く内側は赤と緑のチェック柄になっている。見えないところにもこだわっている逸品だった。小物入れもあって実用性も十分に思える。


「それにするの?」

「はい。これがいいです」


 値段は一万円弱。スクールバッグとしては高めか?


 親父から生活費をもらっている上に俺も働いて貯金があるので、この程度の値段は贅沢品にすら入らない。


「よし買おう」


 麻衣と一緒にレジへ向かう。スマホの決済アプリを使って精算をして店を出た。


 このまま帰ってもいいのだが、せっかく一緒に買い物をしているのだ。カフェでケーキぐらい食べながら関係を深めてもいいだろう。


 目の前に女性に人気の店があるし、提案してみるか。


「ケーキでも――」

「あー! 麻衣じゃん!!」


 近づいてくる少女に声をかき消されてしまった。


 肩まで伸びた茶色い髪をしていて、肩にはカバーに入ったテニスラケットがある。健康的な笑みからもスポーツ少女といった印象を持った。


「久々だね!」


 麻衣が俺には見せたことがない笑顔と声で少女の方に駆け寄る。

 仲の良い友達のようだ。先輩や後輩のようにも見えない。麻衣と同年代だろう。


「何してたの-?」

「通学用のバッグを買いに来たんだよ!」


 会話においていかれた俺は、楽しそうに話しながら買ったばかりのスクールバッグを見せている麻衣を眺めていた。

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