第4話ご飯を作ってくれてるんですか?

 海外転勤の話を聞いてから二日後。本当に両親は、子供を残して仲良く家から出て行ってしまった。


 今は飛行機の中だろうか?


 既に成人済みで働いている俺には影響はない。あったとしても家事が面倒なぐらいだろう。いい大人なんだし、そのぐらいは我慢できる。というか、やれないとダメだなんだが、麻衣は違う。


 これから高校生になるような子供なのに、親が生活の面倒を見ないのはマズイだろう。


 家事はもちろんのこと、変な男に誘われてホイホイとついて行くようになったらどうするんだ? 悪い友達に誘われて犯罪に手を染めても気づくことすら出来ない。悩みだって一人で抱え込んでしまうかもしれない。


 そういった危険性を全て無視して、出て行ってしまったのだ。

 せめて心の中で文句を言うぐらいは許して欲しい。


◇ ◇ ◇


 リビングのソファーに座ってテレビを見ていると、ガチャとドアが開く音が聞こえた。


「おはよう」


 今日は土曜日と言うこともあり、十時ぐらいになってようやく麻衣が部屋から出てきたのだ。


 フード付きのフカフカなパジャマを着ている。白と薄いピンクのボーダー柄だ。上は長袖になっているが下は短パンサイズなので、どうしても生足に目が行ってしまう。吸引力がすごい。


「おはようございます」


 挨拶が終わると洗面台に行ってしまった。朝の歯磨きをするのだろう。


 その間に朝食の用意をするか。


 立ち上がってキッチンにまで移動する。トースターに食パンを入れて、温めたフライパンに卵を落とす。ジューと焼ける音が聞こえたので、水をかけて蓋をした。卵が焼けるのを待っていると、麻衣がダイニングに戻ってくる。


「ご飯を作ってくれてるんですか?」

「簡単なものしか作れないけどね」

「作ってもらえるだけで嬉しいです」


 頬を赤くして、上目づかいをしながら返事をしてくれた。

 ぼーっとしたような顔をしているが寝起きだからだろうか。

 焼けた食パンの上に目玉焼きを乗せてから、皿をテーブル持っていき麻衣の前に置く。


「ありがとうございます」

「どういたしまして」


 なんとなくソファーに戻る気がせず、麻衣の向かい側に座る。

 食パンにのった目玉焼きにソースをかけてパクッと食べた。


 表情に変化はない。美味しいわけでも不味いわけでもないのだろう。淡々と食事を進めている。そんな姿を眺めながら、丁度良い機会なのでこれからのことを話そうと決めた。


「親父たちは本当に海外に行ってしまった。これから家のことを色々と決めていかなければいけないともうけど、先ずは入学式について話したいと思う」


 体をピクンとはねたかと思うと、麻衣は食事の手を止めて俺をじーっと見つめる。


 ここ数日で分かったことだが彼女は口数が少ない。


 人見知りしているのかと思ったけど、母親ともあまり話していなかったようなので性分なんだろう。


 正直何を考えているのか分からないときもあるが、年齢差を考えればそれが当たり前なのかもしれない。


「制服は買ってあると聞いているよ。当日は一緒に登校して写真でも撮ろう」

「はい。でも、スクールバッグが……」

「ない?」


 俺の質問に、麻衣は恥ずかしそうにしながら無言でうなずいた。


 おいおい! 制服と一緒に選んで買ってなかったのか。


 入学式まで一週間しかない。ネットで購入しても良いけど、遅れてしまったら困る。今日買いに行った方が安心できるだろう。


「午後になったら、スクールバッグを買いに行こう」


 一瞬驚いた顔をしていたがすぐにいつも通り、というか無表情に戻る。


 何か言いたそうに口をもモゴモゴと動かしている。何を考えているのか気にはなるが、聞いてしまっても良いのか分からない。距離感がつかめない。


 これから一緒に買い物に行く相手だ。深く聞いて機嫌を損ねたら面倒なことになるので、気づかないふりをすることに決めた。


「カラーだけは選べるみたいだし、麻衣さんも一緒に来てくれると嬉しいんだけど……」

「ありがとうございます。でも、迷惑じゃないですか?」


 あぁ、なるほど。そんなことを考えてたから言い淀んでたのか。


 確かに麻衣の立場だったら、そんな考えに至っても不思議ではない。


「気にしないで良いよ。それとも俺と一緒に行くのは嫌? それなら、お金だけ渡して――」

「行きます。行かせてください!」


 腰を浮かすと、俺の言葉を中断させて、顔をグッとこっちに近づけてきた。


 呼吸が荒く顔も赤い。興奮しているように見える。急変した理由は分からないが、本人が一緒に行きたいと言っているのであれば問題はない、か。


「うん。一緒に行こう。13時になったら玄関前で集合でいい?」

「はい! お願いします!」


 珍しく無表情ではなく、見蕩れそうなほどの笑顔と一緒に返事をしてくれた。


 それを見ただけで、スクールバッグを買いに行こうと提案して良かったと思う。

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