第11話 漁夫の利

 

 砂煙と怒号が飛び人が宙に舞う。

大猪の奇襲に兵士達がなす術も無く蹂躙されてゆく。


 事前に気づかれれば対処されていた可能性はあるが、イケメンが気を引いてくれたお陰で上手くいった。


 こちらの世界の兵士は近距離戦闘の経験が恐らく少ない。


 だから多分、兵士の体格がえらく貧弱なんだ。

勿論、たまたまコイツらが貧弱なだけで屈強な兵士が居る可能性もあるが…。


 少なくとも、今まで俺が見たのは全員細身だ。俺に吹っ飛ばされるくらいだ、50kgあるかも怪しい。


 そんな彼等が大猪に対抗するには距離を取るしかないのだが、それは俺が許さない。


 イケメンに「アッチだコッチだ」と指示を出し、森に逃げ込もうとするヤツの足を止める。


 森の中へ逃げてくるヤツが居ると、こっちにもとばっちりが来るからな。


「Ομαε Εγκετσουναινα…」

  おまえ えげつないな…


イケメンが引き攣った顔で俺を見ている。


「ん? 褒めてんだよな?」



「団長っ! 敵がばーーんって飛んで? 灰色の塊がどーーん!って グルグル〜ってなってますっ!」


「落ちつけクリミア、情報は正確にと日頃から教えているだろう。お前の報告は擬音が多すぎる」


「でもっ! でも、きっとチャンスです!」


確かに……敵の攻撃が止んでいる。

すぐに荷車まで土壁を伸ばす。アレスは小走りでウルトの方へ向かった。これでウルトは回復出来る。しかし、一体何が?


「あれは…大猪かっ!」


戦況を確認すると、この短時間でパカレー軍は壊滅寸前に陥っていた。


大猪は皮下脂肪が多く毛皮も硬い。

赤熊よりも防御力は高いが攻撃パターンは直線的な突進が多い為、不意を突かれなければ対処は難しくは無い。が、ここまで距離が近いと正直厳しい。


此方も早急に手を打たなければ……。

パカレー軍が壊滅した後、大猪が此方に標的を変えるのは目に見えている。


「あの一帯に範囲魔法を使う! 土槍アースジャベリンの発動を確認後、ウルトとクリミアはすぐに追撃せよ!」


ビエルは二人に指示を出した後、すぐに詠唱を始めた。


「ここで纏めて仕留める!」



「Κουσογκα Ναμερουνα!」

 クソが 猪ごときが舐めるなよッ!


 フェイスガードの指揮官が大猪に向かって火魔法を放ったのが見えた。


あの混戦状態で詠唱出来る集中力と決断力。


彼は間違い無く優秀な魔法士で指揮官なのだろうーーしかし、それは悪手だ。


ーーゴゥッ!


バスケットボールくらいの火の玉が大猪の横っ面に炸裂! すぐに側頭部が燃え出した。

火はあっという間に大猪の頭に燃え広がる。


「あんな近距離で火なんか使ったら……」


ーーブギィッ!?


大猪は振り向き様に、その燃え盛る頭で指揮官を真上に跳ね飛ばした!

炎を纏った大猪の攻撃をくらった指揮官に火が移るッ。


(やっぱり燃え移ったか……)


 火魔法は使い所が難しそうだな。森の中に向かってぶっ放そうとしているのを見て、山火事にならないかヒヤヒヤしていたがーーまぁ自業自得ってヤツだな。


 猪は頭に着いた火を消そうと身体を激しく地面に擦り付ける。

火ダルマになった指揮官もついでに大猪の全体重を受けゴロゴロと火消しされている。

多分もう原型も留めていないだろう。


「Τσουτσιια《アースジャベリン》!」


その時、地面から飛び出した複数の土の槍がボロボロの兵士達と大猪の腹を突き刺した!


「Αισικουρου《アイシクル》!」

「… Αισικουρου《アイシクル》」


 同時に氷柱が追い討ちをかけるよう放たれる、何度も放たれる魔法と暴れる大猪があげる砂埃で辺りの様子が見えない。


「ゴホッゲホっ、凄いな…どうなった?」


「Ιαττακα?」

 やったか?


「……言ってる事はわからんが、フラグは立てない方がいいぞ?」


攻撃が止み一帯に静寂が訪れる。

薄まってゆく砂埃の中、大猪だけが静かに立っていた。


ーーブギュィイ・・・・・・・ドズンッ!


大猪は首を上げ空を見た。

そして力無く吠えると、ゆっくりとその場に膝を付き……崩れた。


「ごめんな、関係無いお前を巻き込んで……でも助かった……ありがとう」


俺は倒れた大猪に両手を合わせ、目を閉じた。





戦闘が終わり改めて周りを見れば、原型を留めてない死体があちこちに散らばっていた。

イケメン達は生存者が居ないかを確認しながら死体を一箇所に集めている。


「何だろ?急に・・・震えがっ・・・・」


緊張が解けたのか急に全身がガクガクと震えだした。足の力が抜け、その場に座りこむ。


「Νανντεμοντοττανο?」

  なんで戻ってきたの?


俺が力無く座るのを見た金髪の少女は、すぐに駆け寄り背中をさする。

冷たい死体に囲まれてるせいか、背中に触れる少女の手は酷く温かく感じた。


元の世界向こうで普通に、それこそ喧嘩すらした事もない俺が初めて戦ったのだ。

それも色々飛び越して、いきなり殺し合いだ。


ーー人が沢山死んだ。


今更ながら事の重大さに吐き気がする。

興奮して麻痺していたが、精神の消耗はかなり激しいようだ。


 そりゃそうだろう・・・・・


『俺も、人を殺したかもしれない』のだから。



(そういえば、俺が最初に跳ね飛ばしたヤツは…)



ーーッ!?




 男を探して森に目を向けたその時、既に魔法は放たれていた!


男は森の中から怒気を込めて叫ぶ。


「Σινεε!」

 死ねぇッ!



氷柱の魔法。


熊を貫き、大猪をも突き刺した氷柱が、


明確な殺意を持って放たれる。


躱す時間は……無いッ。


咄嗟に少女の手を引き寄せ、庇う様に上から覆い被さる!


もう色々と限界だった俺は、・・・・そのまま意識を手離した。

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