168話 泣きっ面にビンタ

 とても綺麗できめ細やかな色白の肌。まるで小麦畑を連想させるような艶のある金色の髪。そしてその髪を抑える赤いヘアバンド。瞳は閉じられているものの、その整った顔立ちと他の情報からも彼女が相当な美人である事と確信するにはそう時間はかからず、同時に顔全体を観察し終えた時に『顔が見えなかったから仕方ないけれどよくこんな人を男と間違えられよな俺』などと呑気な感想を抱いていた。


 これが大河が目を覚まし、瞼を開いてから視界に入ってきた情報から必死に導き出した感想である。つまり現実逃避から帰って来る為の時間稼ぎである。


 いや~ほんと、こうして見てみるとメアさんってすごい綺麗な人だったんだな。こんな人があんな華麗に剣捌きを行っていたなんてなぁ。いや~本当に驚きだな~あはははははははっ。さて、と………何でこんな状況になってんの僕?


 目の前の見える情報を絞りつくしてしまった大河はとうとう現実を直視せねばならなくなった。その為上手く働かない頭を高速回転させて過去を回想する。


 う~ん、確か昨日は………あれ?そもそもいつからが『昨日』なんだ?依頼を受けたのも昨日だったのか?それとも洞窟で目を覚ましてあの時からが昨日、なのか?結構時間が経っている気がするから多分洞窟からだとは思うけれども…待てよ、洞窟って確か…


『きゃ、きゃぁああっ――!!』


 ま、マズイ…この体勢だと下手したら昨日以上の惨事に…しかし狭まっていた次回も起床から少し時間が経過したためか今まで視界には入っていたいたものの捉えることのできなかった物。彼女の肩付近にある白い布切れがあるのを見つけ彼女が全裸でない事を理解し安堵した。


 現状は良よし!正確には眼前に大問題があるけど取りあえずはよおぉし!ええっと、洞窟でなんやかんやあってクエストの品を探して頂上みたいな所に出ると何故か凶暴モンスターに襲われて、命からがらなんとか撃退。そんで依頼品は回収できたけど力尽きてて、仕方なくメアさんに背負ってもらった。それで…それで……ダメだ。こっからは思い出せない。


 つまり俺はあの帰り道で眠気に襲われてそのまま眠ってしまっていたわけだ。そんでメアさんに家まで送ってもら………あれ?メアさん俺の家知らなくなくない?それだと送れなくない?いや、そもそも大前提として僕には用意してもらっていた家という家が到着したその日に吹き飛んで木っ端みじんとなってるわけで、物理的にも送り届ける場所もないわけで。となるとここって………


 目を覚ましてから時間が経過していく毎に疲労と眠気から霞がかっていた思考が徐々にクリアになっていった。そしてよくやく視界を彼女から外して上を向くと見覚えのない天井が視界に入ったことから恐らく彼女の住まいであることが予想できた。


 どこか適当に宿屋にでも放り込んでくれてもよかったんだけど。やっぱりメアさんは優しいな、うん。街まで運んでくれた挙句ここまで世話を焼いてくれて。あの時ペアを組まされたのがこの人で本当に良かったと思う。思うんだけども…何故この状況に?まあメアさんの家だろうし止まらせてもらっている立場だからメアさんが自分の家具を使用する事について文句なんてのは微塵もないのだけれども、異性と寝床を共にするタイプではないよね?昨日の反応からしても。


 …記憶はないけどまさか俺がトイレとか行った帰りに寝ぼけてメアさんのベットに入り込んだとか…いやいや流石にそんなことある訳が…ない、よな?うん。ない、筈………ありもしない妄想に体力を使うのはやめよう。ていうか現実を受け取るために大分時間使うと同時に現実逃避し続けてきたけども、この体勢…まずくない?


 今更。本当に今更な事ではあるが目を開けばすぐ近くに顔があるこの距離は少し考えれば非常に危うい事など誰の目にも明らかだった。そしてその当たり前に気付けるまでに大分時間を要してしまった事を今更ながら自覚した。


「と、とりあえず離れ…」


 大河が彼女から距離を取ろうとしたその時だった。突然ナイトメアの両手が彼の後頭部を抑え、自分の方へと引き寄せた。それによって二人のおでこがくっくほどにまで近づくことになり、彼の視界は完全に彼女の顔が一面に覆われる事となりただでさえ普段より高かった心拍数は跳ね上がり自分の心臓の音すら聞こえてきそうなほどにまで上昇し、ようやく戻ってきた思考力もブレブレとなる。


 これがラッキーハプニングというやつなんですかね!?うぅ、密着しているせいで近くにいるだけで漂って来ていた彼女の女性ならでは香りが更に強く!おち、落ち着くんだ僕ヨ。まずは…いや、落ち着いてる場合じゃないわ!このままだとまた誤解から始まる気まずい一日確定なんだからとりあえずまずは急いで離れ…


 起床早々の予想外の出来事にあたふたしていると更に彼女の顔が近づいて来た。もう殆ど触れ合っているに近いその距離が縮まりかける差し迫った現実が更に彼を焦らせた。


 このままだとキキキ、キ…


 彼女の見るからに柔らかそうなその魅力的な唇が頬に触れかけ否応なしにその二文字が頭を覆いかけたその時だった。彼女の唇が円を描くように形で俺の頬に触れていた。けれどそれと同時に別の何か、硬くと尖った何かも唇の感触の内側にしっかりと突きささるように伝わって来た。


 体が沸騰しそうな感触とそれを吹き飛ばしてしまう感覚に僕の視線は自然とその違和感の方へと向くとそこには何故か僕の頬を美味しそうに噛みついているメアさんの姿があった。


 その事実に気付くのと同時だった。彼女が寝ぼけて何かを呟くとその触感を楽しむように先程までの強い甘噛みの感覚からいつかのモンスターに晩飯にされかけ噛みつかれた時以来のがっつりと噛みつかれる激痛が僕の頬から走った。


「痛ったあぁ!」


 俺は現在綺麗な年上のお姉さん(?)に彼女の部屋で食べられている。字面だけを見れば青少年の男子からとても羨ましがられる状況なのかもしれない。けれどあくまで僕は物理的に食べられそうになっているわけでは羨ましがられるような状況では断じてない…あれ?どっちの意味でも物理か?ま、まあそれは一旦置いておくとしよう。つまり僕が何を言いたいのかと言えば…


「現在進行形で金髪美人に襲われてます!変わってほしい人がいれば喜んでお譲りしますので早めに申請&位置変更をお願いします!」


 僕が自分の現状を投げきながら叶えられることのない現実放棄をしながら叫んで逃げていると彼女の『美味しいなぁ』などと呑気な台詞を口にしながら一回、二回とまるでお肉でも噛むかのように尖った彼女の牙にすら感じられるそれが数回に渡って僕に現実の痛みを訴えてくる。


 俺は誰へかもわからない届く事のない懇願を早めに諦めてメアさんを引き剥がしにかかった。けれど彼女の肩を押して離そうとしても痛みがますばかりで解決しなかったので少々抵抗はあったがメアさんの口の中に両手の親指を突っ込んで強引に口をこじ開けた。


 彼女の歯が抜けた一瞬の隙に顔を離す事に成功する。解放されると空気に触れてヒリヒリとした鈍い痛みが先程まで噛まれていたのだという事実を明確に訴えていた。


はぁ!ははひぃろほろん返せ!ああぁ!!私のホムルン返せ!


 噛み付いていた感覚がなくなったせいで夢の中で食べ物でも取られたのか大好物を取り戻さんとばかりに戦闘中とはまた別の殺気を漂わせたメアさんに怯んだ次の瞬間、力で強引にこじ開けられた口を彼女は同じく力で強引に閉じに来たのだった。つまり…


 俺の両の親指はメアさんという肉食動物によって食い破らんばかりの勢いでとはや牙と言っても過言でないソレを突き立てられた。解放されたと安堵していたところに意表を突くかのように襲いかかる激痛と人に噛まれるという前代未聞の恐怖に外にすら聞こえそうな悲鳴が周囲に響き渡った。


 その時俺の叫び声による大音量により間近にいたメアさんが眠たげにこすりながら薄っすらとまぶたを開く。


 その時の俺には不可抗力とはいえ現在の状況を作り上げてしまった事によって罪悪感を感じるであろうメアさんの負担を少しでも減らしてあげよう!などといった精神的な余裕は存在せず、ただ捕食されんばかり食いついているこの状況から解放してくれと思う一念だけだった。


 そのため俺は知らず知らずの内に懇願するように若干の涙目になりながら彼女へと近づいていたのだった。


 けれどよく考えてほしい。普通寝起きで目を開いた時に知らない人間が目の前にいたらどう思うだろう?はっきり言って恐怖でしかないだろう。その立ち位置が男性で知らない相手が女性であるればドッキリやら詐欺やらを警戒する一方でなんとなくラッキーと思う男性諸君もいることだろう。


 けれど女性側であった場合は?面識のない相手の時点で混乱しそうな状況でその眼前にいる相手が異性の男性な場合は果たしてどうなると思うだろうか?そう、答えは…


「きゃ、キャャァアアア!!」


 はい、悲鳴をあげらながらビンタされるでした!………泣きたい。




















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