167話 何をやっているんだ私は?
「ヤットカエッテコレタ」
疲労感漂う言葉を吐き出しながら家のドアを開ける彼女の背中には現在進行形で眠り続けている大河の姿があった。
宿に彼を預けて立ち去る方法が消え失せてしまい、かといって野原に放置する訳にもいかなかったナイトメアには自身の住処に連れて帰ると選択肢しか残されていなかった。
「ツカレタ…ニクタイテキニモ、セイシンテキニモ」
今すぐにでもベット上にダイブしたい気持ちをぐっと堪えつつ、ゆっくり大河をベットの上に置く。
一息吐いた後フードを脱ごうとした時、不意に大河の存在に指が止まった。これまで散々揺さぶっても起きる事無く、現在も微塵も目を覚ます様子を見せないほどにまで熟睡している様から普通ならばここで彼が眠りから目を覚ます可能性は限りなく低い。そう、普通なら…
私は他人と比べるまでもなく不幸体質だ。こういう時に『普通』というシチュエーションが私には大抵適応されない。更に言えば彼も私と同類らしいという点。これの意味する事は私が着替えている最中に彼が目を覚ましてその光景を覗かれる可能性が高いという事。
正直もうこのまま私も床に着いてしまおうかとも思ったが私が身に纏っているのはこの薄くはないが特別保温機能高いわけでもないロングコートのみ。その事実に気付いてこれまでそんな恰好で彼とくっ付いていたのかととか色々と羞恥が私をこれでもかと襲って来る。けれど数分も経たずにその気持ちは掠れる事となる。夜となり気温が下がった事により体が限界を迎えたらしい。
つまり別の衣類を着用しないと体調不良になるのは避けられないらしい。少しどころではない大きな抵抗感が私を襲う。色々と諦めている私ではあるけれど暗がりとはいえ異性の前で易々と肌を晒す行為を良しとできるくらい自分を捨てられてはいない事実に気付くもその事が今足を引っ張っている事が少し恨めしく思う。
『あの、俺は後ろ向いて絶対そっちは見ないようにしますから!』
昨夜、ずぶ濡れとなり脱衣にためらっていた私に彼が口してくれた言葉。分かっている、あれはあくまであの時に言ってくれた台詞であって今はまったくもって関係ないという事は。そもそも意識の無い状態なのだから適用されるも何もあったものではない。が…なんとなく。なんとなくだが彼ならあの時に限らずああいう約束毎を守ってくれそうな気がした。眠っている人相手に何を言っているんだ?とツッコむ自分がいる中でこれまでの見てきた彼の人柄から私は何故だが無性に試してみたくなった。
「ふううううぅぅぅぅ」
私は口にある物を外すと過去に一度しかないくらいにゆっくり息を吐く。正確には昨日振りだ。つい最近ではあるがこんなものに慣れるわけも無く私は自分の中の二酸化炭素を吐き出しながら静かによくわからない自身への挑戦に覚悟を決める。
いざ着脱せんとローブのフードに手を伸ばす。すると彼の体がピクリと動いた。数秒私は動きを止めるも、立ち止まりそうな気持を振り切ってフードに手を伸ばす。すると今度は天井を向いていた筈の大河は私の方へと寝返りをうった…本当に寝ているのか?もしかして私をからかうためにわざと寝たフリをしているのはでないか?と、あまりピンポイントのタイミングにアクションを起こされるものだから嫌でも疑わずにはいられなかった。
困惑しつつもそれを振り切らんと私は反射的にベットで快眠中の彼を反対方向へと傾けた。そして念の為に私自身も背を向ける彼と同じくタイガ君に背中を見せる形で方向転換する。
そして緊張から震える指でフードを掴んだ後一瞬振り返る。彼は態勢を変える事無く壁際を向いており一安心。それからゆっくりと顔を晒して再び振り返るも特に変化は見られなかった。けれどこのままちまちまやっていてはいつまでも時間が掛かり過ぎる事と長引けば本当に彼が目を覚ましてしまう可能性を考慮して私は前の部分を開いてから思い切ってローブを背中半分見えるくらいまでずり下げた。
夜の冷えた空気が背中を襲うも実温以上の冷気に似た寒気がより私の体を震え上がらせる。もう何度目かもわからない背後の確認。けれど背中とはいえ素肌を晒した状態のソレは先程と比べて心臓に掛かる負担は桁外れのもので私はこれ以上ないくらい慎重に首を回転させる。
「すうぅぅ、すうぅぅ」
これまでどうりの光景。けれどやはり緊張の程は当然天と地くらいの違いがあり、まるで全力疾走を終えたかのように私は大きく息を切らせながら呼吸を整える。けれどいくら時間を費やしても平常になど戻らない。焦った私は自分の恰好を理解せぬまま彼へと近づいて呟く。
「し、信じてるからね?だから絶対振り向いたら駄目だからね!?万が一振り向いたら私何するかわからないからね!?」
私は信頼とも警告ともとれる自分でもわからない一言を告げて前を向いた。
きっと旅立ちの時を除き、何かに挑戦する事も『冒険』と例えるのならばきっと私の行おうとしているこれもきっと冒険なのだろう。私はあまりの緊張から自分という感覚や思考ががブレブレになるのを実感しながら前進せんとローブを少しずつ下ろしていく。ローブが腰から下へと下がっていき、半分お尻が露になる羞恥を実感しながらも私は実行し続けようとした。
「あ、後ちょっと…後ちょっとで終わる。これを脱いだら…」
今にも爆発しそうな自分を鼓舞しながら懸命によくわからないモノとの戦い?と繰り広げ、それも終盤へと差し掛かっていた頃だった。臀部が全て晒されようとした直前、私はある重要な事に気付いてしまった。
「…私…着替え、出してないじゃん」
本末転倒とは正にこの事だろう。何の為に自分でもよくわからない意地を張って羞恥と戦っていたのだ?と自分を責めるも状況を把握してからの行動は早かった。殆ど地に着きかけていたローブをすぐに身に纏い直してタンスを漁り、素早く着替えを取り出した。
けれど精神を極限まですり減らした行動を取った直後にまた再びあの死地へと戻る選択など当然私に出来る筈もなく、もう寒さからくる体調不良云々などあの生き地獄に比べたら些細な問題だと割り切ってベットへと身を投げ出そうとした直後に私は再びある事に気付く。とても簡単で、些細で、通常であればまず最初に思いつきそうな事。
そうだ、別の所で着替えればいいじゃないか
なんて事のない凡案を思いついてからは今までが何だったんだ?と思いながらトイレに移動して裾が足先近くまである薄黄色のネグリジュに袖を通してフラフラとした足取りで彼のいるベットまで歩いた。未だに起きる気配を見せない彼の寝顔を見ながら私は黄昏ていた。
「何をやっていたんだ、私は?」
無意識に零れた言葉によって抱いていた感情が増幅する。なんだろうか…この虚無感というか肩透かしを食らった感じは。別に着替えを除いてほしかったなどという痴女のような特殊な癖があるわけでは断じてないのだが、あれだけ決意を固めて実行していて何も起きなかったとなると…なんとも形容し難いものが胸の中を漂う形となった。
まるで大仕事を終えたかのような脱力感と途方もない疲労感からくる眠気に額とベットにそれぞれ手を付いた。
ダメだ、このままでは。布団を出して、横になるのはそれから…
頭では分かっていても完全に限界を迎え、気力も尽きかけている彼女に睡魔から逃れる術はもう無かった。
「少し、だけ…ほんの少しだけ、このまま横になろう。布団は、それ…から……」
私はそのまま彼と向き合う態勢のまま本能に従って眠りに落ちていった。目の前の彼の存在にどこか安心している自分に気付く事もなく無意識に微笑みながら。
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