165話 陽気な夕暮れ
「フフ、ネタカ」
先程まで遠慮していた故であろう背中からかじられた僅か手を置くだけだった感触から一気に体重が圧し掛かるような重みが大河が眠りに落ちた事を告げていた。
「ズイブントキモチヨサソウニジュクスイシテ…タイヘンダッタモノナ」
本当に大変だっただろうな。イレギュラーに次ぐイレギュラー。私を背負って移動し続けた直後の強敵との戦闘。体は自分の足では碌に歩けぬ程程のダメージを抱えて正に満身創痍。
特にあのラブコングとの戦闘。あれは本当に危なかった。正直何度先頭に参加しようと思った事か…しかし私はそうしなかった。けれどそれは足に怪我を負っていたのが理由ではない。あの少年から放たれていた空気が、劣勢に立たされていても絶望に染まっていないあの目が私の足を止めた。
『お前もその時が来たらちゃんと見守るんだぞ』
『私はそこまで神経質じゃないからなんてことないはずよ』
「ナンテコトナイハズ、カ…タダミテイルダケダトオモッテイタンダケドナ。マサカコレガコンナ…ハアァァ」
昔の事を思い出しながら軽くない緊張感から来る疲労を吐き出すように溜息を吐いていると背中の大河の寝息が耳元に届いた。
「ヒトノキモシラナイデコンナニキモチヨサソウニネチャッテ。マッタク、ダレノセイデコンナニツカレテイルトオモッテイルノカワカッテルノ?」
悪態を吐きながら少し強めに彼の頬に指を突っ込むも変化は無く、あるのは緊張感の無い寝顔だけだった。
まさかこんな事になるんてあの時は全然予想していなかったな。この子と行動したのはたった二日だけだったのにもう何週間にも感じられるくらい時間の密度が濃かった。今回が特殊だったんだろうけども、一人の時には無かったこの温度というか景色の様なもの。やっぱりこれが人と、誰かと関わるって事、なんだろうな。もう他人と極力関らないと決めていたのに…
「ホントウニハグルマヲクルワサレッパナシネ。ドウシテクレルンデスカネコノオバカサンハ」
文句を垂れているものの帰路を辿るその足取りは大河という荷物を抱えているにもかかわらず行く前と比べて随分と軽いもののように見えたのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「誠に申し訳ありませんでした!!」
ギルドに到着し依頼されていた物を渡した後今回の事の顛末を説明し終えると額を机に叩きつけんばかりの勢いで大河らに依頼した受付嬢のミルナ・カレットから謝罪された。
「わた、私…私のせいです!私が依頼なんかしたせいでこんな…ううぅ」
またか。目が合って早々に駆け寄って来たかと思えば泣き出し、ようやく収まったかと思えば再発とは…まあ、初めて対応し自らクエストを発注した相手。早ければ昨日の昼過ぎ頃に帰って来る筈が翌朝になっても姿を現さないのならそれは心配もするか…
「イヤ、コンカイノコトハシカタノナイコトダッタノダシキミニヒハナイノダカラアタマヲアゲテホシイ」
「ですが…ですが!」
言い淀む彼女の視線は只一点を見つめている。そう、未だに目を覚ます気配を見せない大河である。ギルドに到着した時点で一応軽くゆすって起こそうとはしたものの疲労の色が濃すぎる為か起きる気配が無かった。昨日の朝方とは違い今日は夕暮れ。
ナイトメアとしてはあまり人目のある時間帯に姿を現したくなかったが今回の依頼に至る経緯と道中での出来事等を考えるならばなるべく早めに報告し、いち早くギルドの方で対応してもらおう必要があると考慮し少々ためらいながらもクエストの完了を優先する事を決めていた。
しかしそれ故に自身でも自覚している
発言に嘘は無いのだが正直それ以上今のよりも優目を浴びたくないからできればすぐに泣き止んでくれ
風貌に加え背負われた少年。更にそこに対応している受付嬢の泣いている姿など注目を浴びる以外のなにものでもなかった。
「ソ、ソンナコトヨリモラブコングノケンダ。ワタシタチガソウグウシタジテンデタダナラヌフンイキヲハナッテイタ。ソレダケデモモンダイダガ、カリニホカノボウケンシャヤニンゲンガナンラカノオコナイデオコラセテイタトシテモゼンシンヲシッコクニカエルタトツゼンヘイシュナドワタシノキオクニナイノダガギルドノホウデハソノヨウナジレイハカクニンサレテイルノカ?」
「いいえ、私は新米ですが私の知る限りでは…手元にある資料にもそのような情報は記載されていません」
「ヤハリソウカ」
あのクラスのモンスターの情報であればこの街であればかなり重要案件。なのに噂にするら聞いたこと無かったからな
「コンカイソウグウシタアノコタイハマチガイナクツウジュノラブコングヨリモドウモウデツヨカッタ」
「…恐らくこの案件は緊急のギルド会議にかけられると思います。ラブコングクラスのモンスターの暴走なんてすぐに原因究明に努めないと大変な事に!」
「ソウナルトイロイロトタイヘンニナルダロウナ」
「だとは思いますが、正直どうなるのか新人の私なんかじゃ想像もつきません」
この子もこの二日で相当な経験をしただろうからな。しかも最後でこんな大きな事案とは…やはり彼女には荷が重すぎた。事情は伝えずに素材だけ手渡してギルドマスターにでも事の顛末を伝えるべきだったか
「ホウコクヲオエタラキョウハハヤクッカエッテヤスムトイイ。ワレワレエヲアンジテズットノコリテツヤツヅキナノダロウ?」
「は、はい。そうさせていただきます」
「ソウスルトイイ。ソロソロワタシモ………オーイ、タイガ?タイガク~ン?アサ…ジャナカッタ、モウモクテキハハタシマシタヨ~。イイカゲンメヲサマシテクダサ~イ」
「スゥ~、スゥ~」
「ヤッパリゼンゼンオキソウニナイナカ。シカタナイ。ナア、ショウショウキクノニテイコウハアルンダガコノジタイダカラタノム。タイガノスミカガドコニアルノカシラナイカ?ゼッタイニコウガイシナイトチカウカラコンカイダケトクレイトシテ…」
「…あの、言いずらいのですが守秘義務云々の前に昨日私が確認した時点ではタイガさんは特定の住所は無かったようでして」
「ナイッテ…モチイエノショジハトモカクドコカノヤドニクライハタイザイシテイルダロウ?」
「これは本当に言いにくいのですが私が確認した際には住所欄には『野宿』との表記がされておりまして…」
「マジ?」
「………」
至高が停止したナイトメアは暫くその場に立ち尽くしていた。
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