172話 お姉さん?とデート?4

「こちらオードブルです」


 そう言って手渡されたのは旬の野菜などが盛り込まれたサラダ…などではなく全体にたっぷりとはちみつが塗りたくられて上にアイスやらホイップやらでふんだんにデコレーションされた正方形の形のトースト。所謂ハニトーである。


 異世界なのにこんなもの作れるんだな。すげぇー、と漠然とそんな事を思ったいた。けれど未だに舌の上や体内で消化しきれない大量の糖分が目の前に存在する先程口にした以上の異常値とも言える糖分それを反射的に拒絶していた。


「あの、もしかしなくてもこれは甘いやつですか」

「勿論そうですよ。まだ一品目ですが中にも生クリームやはちみつをたっぷりぶち込んで特別甘く仕上げた一皿となっています!」


 メイドさんは自慢げに語るがこちらはそれを聞くだけでもお腹がいっぱいを通り越して気分が悪くなりそうになるほどグロッキーだった。


「あの、これ別に頼んだわけではないと思うんですけど店からのサービスとかですか?もしそうなら申し訳ないですけど下げて欲しいのですけど」

「何を言ってるんですか?当店はコース料理のみを提供するものですよ」

「…マジかよ」


 あまりの衝撃に思った事をそのまま口に出してしまったが俺は悪くないだろう。なにせ糖分も含めてこれ以上溜め込んだら店を出る頃には胸やけ程度では済まない気がするしな


「あの、コース料理しかないのは理解しましたけどメニューは何処にあるんですか?見たところそれらしきものは見当たらないんですけど。何処か壁にでも書かれてたりしますか?」

「書かれてませんし置いてもいませんよ」

「どういう事ですか?」

「そりゃメニュー表事態がありませんからね」


 何それ?そんな飲食店聞いたことが無いんだが?


「何でメニュー表すらないんですか?提供するそのコース料理とやらが一種類だけだから必要無いとかですか?けど周りの他のお客さんの提供されている料理はどれも違う品に見えるんですが?現に自分らに持ってこられたハニトーこれと同じの出されてるテーブル見当たらないんですけど」

「ああ、それはそうでしょうね。このお店は料理長シェフ店長オーナーがその時その時で頭に浮かんで閃いた品をそのまま提供してますからね。なので同じ品が提供される事って中々ないんですよ」

「…なんの冗談ですか?」

「ふふふ、ユニークでしょ」

「つまりマジのガチで客自らじゃ一品も選択できないって事か。どうなってんだよこの店は!?」

「それが当店のアイデンティティですから」

「そんなのとっと生ごみと一緒に破棄しろ。因みに客側からリクエストするとかは…」

「え?そんなの聞かれたの初めてですよ!?」

「何でそんなに驚いてんだよ!?リアクションにびっくりするのはこっちだわ!本当にどうなんってんだよこの店は!?見渡す限りテーブルに運ばれてる品は甘味系ばかりだし、自分で一皿も要求出来ないし、高級食材ばかりで切らしてて作るのが不可能とかならともかくこれが通常運転って、店として破綻してないか!?」

「ちょっとお客さん言い過ぎですよ。少し他の店とスタンスが違うからって店そのものを批判するのはどうかと。それにそう言うのはせめて一口でも食べてから言葉にするものでは?」

「………」


 この他店と比べた時に明らかに異質であろうその店舗態勢を『少し』などと平気で言い切る目の前の妖精モドキに色々と言及したい事は山程あった。けれど一口も食べていないという点が大きく響き黙らされる結果となった。自分の価値観だけであるのなら文句を継続していただろう。なにせ飲みの物だけとはいえ口にした紅茶のあの異様とも言える糖度を考えてるとクレームとまでいかずとも定員に尋ねるのは確定レベルだからである。


 けれど周りを見たわしてもそのような感じのテーブルは一つもない。寧ろ他から漂ってっ来るのはこの糖類100%みたいなどこぞの紅茶にも勝るとも劣らない甘ったるいピンク色の何かだけである。ここで自分だけが非難の声を上げても良くない意味で注目の的となるだけだと自分に言い聞かせた。加えて定員の指摘通りまだ固形物に関して口にしていないのもあったのでせめて一口放り込んでから否定しようと決めた。


 だがそれはそれ、これはこれという事なんだろう。言い訳を重ねてメニューやら店の在り方についてはなんとか自分を納得させられた。しかし目の前に城塞のように聳え立つトーストという城。これに手元に備えられたフォークで踏み出す事にどうしても躊躇してしまう。何せ紅茶を一口しか口にしておらず、それから数分は立とうというのに未だに麻痺にも似た胸やけのような感触が抜けきらないのである。そんな状態でこんなラスボスみたいなのになんの装備胃薬なども無く突撃したらどうなるのか。うん、どっかの道端で胸を抑えて倒れている姿は簡単に想像できるな


 そんな感じで俺がハニトーというモンスターとの戦闘に足踏みしていると何故かいつまでもテーブルから離れずにいるメイドが呆れた視線を向けてきた。


「まったく、情けないですね。少しは彼女さんを見習ったらどうですか?」


 そう言われて今まで目の前にいたのに意識から消えていたメアさんの方に反射的に目をやる。すると驚きの光景が目に入った。今までは目の前のハニトーに視界を遮られていたので気付かなかったが、首を横にして斜めに見るとメアさん側、ハニトーの半分がパンくず一つなく綺麗さっぱり消滅していた。そして当のメアさんは悠然と糖類100%紅茶を口にして佇んでいた。まるで何処かのご令嬢のティータイムのように涼しい顔で。


「ん?どうしたんだ。私の分はもう頂いたから遠慮する事はないぞ。君も固まってないで早く口にするといい」

「………」


 あの砂糖の結晶化け物とやりあって平然としている姿に旋律する。くっ!これがレベル差というものなのだろうか。


「まさかもうグロッキーというわけじゃないよな?そんな軟弱ではとても冒険者などやっていけないぞ?」


 それは胃袋の量の話ですか?それとも毒にも届きそうな糖度のに対する耐性の話ですか?それとさっきまでの自分への申し訳なさそうな感じはどこへ消えたんですか?糖分にマイナス感情が浄化されてしまったんですか?


 口に出来ないツッコミを胸の内に秘めつつフォークに手を伸ばすもまるで貼り付けの呪いにでも罹っているかのようにその動きは鈍い。そんな自分の姿をよく思わなかったのかメアさんの視線が鋭さを増して追撃が飛ぶ。


「こんなにも美味しいケーキを出して下さっているのに残すなんて失礼だぞ。コースメニューという事は後にも色々準備しているだろうし時間がかかりすぎてもあちらに失礼だ。流し込めなどとは言わないがもう少しペースアップを心掛けるんだ。目の前の敵ばかりに手こずっていると背後に近づいて来た敵に気付けずあっさりやられる。初心者冒険者にはよく聞く失命パターンだぞ」


 それとこれとは違う気がするんですが?そしてこれはケーキじゃない。というかこれが美味しいって…この人これまでは基本まともだったんだけどこの部分に関しては多少味覚がズレてるな。それか相当な甘党好きか。まあ今までの奇々怪々なのに比べたら全然可愛いモノだがこの場面でだけは知りたくなかったな。これもメアさんの言うアンラッキーズ故だろうか?メアさんが参道してくれたら最悪お金だけ置いてされたんだけどここだけは相性最悪だったな。うぅ…


 大きな抵抗感を覚えつつも俺はハニトーの一かけらにフォークを刺して口元へと持ってくる。取り寄せた直後に他の部分にもっと擦りつけて少しでも生クリームだのはちみつだのを落すべきだったと後悔するも遅く、意を決して口に入れる。噛んだ瞬間に今まで内部に抑えられていた甘さの根源たる様々な要素が舌の上に流れ出して一気に直撃。メアさんの手前吐き出しそうになるのをなんとかポーズをとらないように顔を下に向けて歯を食いしばることでなんとか耐える。


「ふふん、敬遠していたみたいだが実際に口にするととても美味だろう」

「ソ、ソウ…デスネ」


 ま・ず・い!甘すぎて美味しくないとかそんな可愛いレベルじゃない!何でメアさんはこんなの口にして平気なの!?俺は今すぐにも吐き出してそうなのを必死で抑え込んでるくらいクリティカルヒット食らってるのに!?そんで何故に他の客は誰もこのレベルの品を文句の一つも飛ばさないんだ!?


 呪詛を吐き出すもその叫びを拾う者は当然おらず、形は違えど前日同様に強敵との戦いを強いられていた。



































































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