163話 いつぶりだろうか?

いつぶりだろうか、こんなに驚きの光景を目にしたのは?戦闘モードになり凶暴種になっていたあのラブコングを始まりの街リボーンの、それも駆け出しの冒険者が倒すなんて…


いや、確かに倒した事にも驚かされたが問題はその過程。さっきは両手左右での魔法打撃攻撃を試みたけど維持しきれずに失敗した。


だから今度は最初から行えていた片腕のみの魔法攻撃に戻しつつ、発動中の片側で攻撃直後に魔法を解除し、それと同時に反対側の腕で即座に魔法を纏って連撃へと繋げた。


しかも一か八かであったろう綱渡りをボロボロのあの状態で成功させるなんて。


ナイトメアが驚きの光景に放心状態となっていると大きな足音が近づいており、音の方に目をやるともう一匹のラブコングが坂を上りきり倒れている大河の方をじっと見ていた。


しまった、まさかこの状況でもう一匹現れるなんて!けどあの体毛、あの雰囲気…だとするとやはりこっちが…ううん、今は考えている場合じゃない!


ナイトメアが急いで駆けつけようとしていた時、大河は倒れながらこちらを見つめるラブコングの存在にようやく気付いた。


くそったれ、ようやく倒した思ったらすぐさま二体目のご登場とか無理ゲーすぎるだろ!こちとらもう碌に体も動かないってのによ。けど…


「タイガァァ――!!!」


大河が満身創痍の中で横に目をやると自分の名前を呼び、痛めた足で無理矢理こちらに駆けつけようとするナイトメアの姿があった。


そうだよ。ここでギブアップするわけにはいかねんだよ。もうまともに闘える力なんか残っちゃいねーけどあの人を守るためにせめて、せめてこいつだけでも…幸いここは崖際だ。全力でタックルすりゃあいくら巨体のこいつでも突き落とすくらいはできる筈だ。


どうせ救ってもらった命だ。これで亡くなるなら本望だ。このクソみたいな理不尽子守り生活からも脱出できるしな。そんでもっかいあのクソ神のところに送られたなら今度こそあいつをぶっ飛ばす!


「ダ、ダメェェ――!!」


大河はボロボロの体に鞭打ってなんとか立ち上がった。その彼の意を決した表情を見た瞬間、それによってもたらされるであろう最悪の展開が脳裏に浮かびなりふり構わず叫びながら彼に飛びついた。


予想外の行動の上、立っているのもやっとの大河が全力で体当たりしてくる彼女の体を支えられるわけもなく、勢いそのまま地面に倒れ込んだ。そして直後大河のお尻のポケットに入れていたサクラソウを取り出してラブコングの前へと差し出した。


若干涙目になっていたラブコングだったがサクラソウを差し出されると明るい表情へと一変させ、渡されたサクラソウを手に取ると嬉しそうに花の蜜を吸い出した。


「ええっと、これは一体…」


「イイワスレテイタケドラブコングハアノサクラソウノミツガダイコウブツデカッテニハナヲモチサロウトスルトカエシテクレトイワンバカリニツメヨッテメデウッタエカケテクル。ソレデモワタソウトシナイモノニハオコッテオソイカカロウトスル。ケレドアアヤッテハナヲワタシテアゲレバテキイヲムケルコトハナイカラアンシンシテクレ」


「え、そうなんですか?それなら少し安し…ちょっと待ってください。というかそれならさっきまでの俺の死闘の意味って一体…」


「イイヤ、サッキノハシカタナカッタ。ツウジョウノラブコングハニンゲンヲミツケルトマズサクラソウヲショジシテイナイカドウカハンダンスルダガ、アノラブコングハキミガハナヲショジシテイタニモカカワラズソレニイッサイキョミヲシメサナカッタ。ソレニフンイキモ…フツウハアノヨウニオダヤカナカンジダガアイツハサイショカラテキタイシンムキダシダッタ。ソレニタイモウナドノガイケンモチガッテイタ」


そう言われてみれば…俺が戦った方は全身真っ黒なのにあっちの密を吸ってる方はピンク色だ。それにさっきは気付かなかったけどこいつから発せられていた強烈な威圧感みたいなものも感じない。これって一体…


そんな事を考えているとラブコングの吸っているサクラソウに変化が表れ始めた。赤いチューリップのようだった物が花びらが開くと共に薄桃色へと変化していた。ラブコングは花の蜜を吸い終えるとなんと花の部分を引きちぎり自身の耳へと付けた。その後残った部分をナイトメアの方へと差し出し、彼女はそれを受け取った。


く、茎の部分だけ還ってきた。花泥棒というか…これだけ返されてもどうすりゃいいんだよ。使いもんになるのかよ?これ


大河がなんとも言えない気持ちでいるとそんな彼の心情を察したナイトメアがクスっと笑った。


「シンパイシナクテモダイジョウブ。ソノハナノヤクソウトナルハオモニハナイガイノカショダカラ」


「へっ?そうなんですか?」


「アア。アイツラニトッテヒツヨウナノハハナビラノブブン。ワレワレニンゲンニトッテヒツヨウナノハネモトノブブン。ハナモリヨウカチガナイワケデハナイガワザワザラブコングヲオコラセテマデサクシュスルモノジャナイ。ソシテソウイッタジジョウヲアチラモリカイシテルカラコソフヨウトナッタブブンモステズニハワレワレニテイキョウシテクレテイルワケダ」


へぇ~、一種の信頼関係とでも言えるものがモンスターとの間にも成り立っているんだな。結構驚き


2人が話し込んでいると他に咲いていたであろうサクラソウの蜜を吸ったであろうラブコングが吸飲済みの物を大河らの前にそっと置いた。すると直後大河の方をじっと見た後にナイトメアの方に視線を移し何かを観察しているようだった。


「ウホウホウホウホ!」


「コレッテマサカ…」


謎の行動に大河が疑問符を浮かべているとラブコングは突然雄たけび上げながら自分の胸を数回叩いた後でなんとハートを形どった自身の胸元の甲羅を外してこちらに手渡してきた。


え、ちょっ、えっ?待って、全然理解が追いつかないんだけど?


「バッ…!ワ、ワタシタチハベツニソウイウノデハ…」


ナイトメアが必死に何かを否定する声すら届かない程に混乱する状況の中で大河は無意識的に手を差し出してそれを受け取っていた。満足そうな笑みを浮かべながら坂道を下って行くラブコングを横目に呆然としているとナイトメアが今にも消えそうな小さな声で呟いた。


「ワ、ワカッテイルノカ?ソレヲウケトルコトガドウイコトカ」


「反射的に受け取ってしまったんですけど…えっ、何かまずかったですか?後で襲われるとか呪いのアイテムとかだったりします?」


「………シ、シラナイ」


そう言うとナイトメア明後日の方を向き、大河は脅威が去ったにも拘わらずよくわからない恐怖に頭を悩ませるのだった。

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