157話 羞恥再発(前編)

 今村大河は重大な問題に直面していた。


 林道を歩き続けてしばらくしているとこれまで平坦だった道のりが急に下り坂へと行きついた。傾斜が40度以上ありこれまで以上に足に負荷がかかった。しかしこれまでしてきた訓練や修行に比べたらそんな事は準備運動にすらならないれべるであった。


 つまり問題の根幹は肉体的負担とは別のところに生じていた。


「タイガ、ダイジョブカ?」


「…何がでしょうか?」


「イヤ、サッキカライキモタエタエデカオモアカイ。モシカシテネツデモヒイタノデハナイカ?」


「別になんともありませんよ。気のせいじゃありませんか?」


(この少年は本当にウソがつけんな)


 言葉では否定しているものの発言から動揺や声色の変化などでそれが誠ではない事をナイトメアは悟っていた。


「アカラサマナウソダナ。コレダケタイチョウ二ヘンカガアラワレテイレバダレダッテキヅク」


(そう、恐らくは昨日のあの落石による頭部のダメージ。あれが相当残っているのだろう?先程までは痛みが生じず実感がなかったが動き始めた事でその痛みが蘇って自覚し始めたといったところだろう)


 ナイトメアのその追及に対して大河が沈黙を貫いているとナイトメアの方から再び口を開く。


「ワレワレハツキアイハミジカイカモシレンガキノウノヤリトリヲヘテスデニソコマデキヲツカッタリカクシタリスルアイダガラデハナイトワタシハオモッテイタノダガキミハチガウノカ?」


(この道ならはモンスターの出現も低く草木に面しているため長時間隠れて回復に時間を費やす事も可能だろう。食料などの懸念もあるがこのいつ倒れるかもわからない危険な状態で進み続けるよりはマシだ)


「………」


(自分から言い出した手前言いずらいのだろうがそんな事はきにしなくてよいのだ。少々過激でたいあたりのようなやり方ではあったものの、その体当たりによって私は救われたような気がするんだ)


「モシチガウトイウノナラキミガサクヤカラゲンザイシンコウケイデワタシニオコナッテクレテイルオセッカイハイッタイナンナノダロウカ?」


 ナイトメアが彼の背中から覗き込むように顔を近づけると反応した大河はすぐさま逆方向に顔を反らした。そして再び大河は口を閉ざしたが彼の表情から悩んでいる素振りを確認できたナイトメアは黙ってじっと彼の返答を待ち続けた。


 そしてそんな彼女からの無言。或いは信頼という名の圧力に屈し、諦めた大河は呟くようにゆっくりと口を開いた。


「その、言いづらいのですが今のこの体勢が少々堪えるというか、気恥ずかしいといいますか…」


「ハ?」


 彼のあまりにも意外な一言にナイトメアのフードに隠れた両目は点となっていた。


 大河は現在進行形で続いている彼女を背負っているこの体勢に動揺し続けていた。最初はあまりに気にしていなかったものの歩数を重ねる度にその密着度から心音や呼吸、そして何より彼女の体の柔らかさといった不必要な情報が嫌が応でも背中越しに直接感じられた。


 しかも道中の傾斜がきつくなり登りになるにつれて背中から落ちないようにと前のめりとなってさらに密着して抱き着いて来る彼女の重みが大河を揺さぶられる気持ちを助長させていた。


 発言途中からの大河のなんとも言えないいたたまれないような感じから嘘や咄嗟の誤魔化しの台詞ではない事は彼女も理解していた。しかし肉体のダメージなどが主な理由でそれらを知られないようにと口を閉ざしていると思い込んでいたため、彼の思ってもみなかったその答えにナイトメアは気の抜けた言葉が飛び出した。


「…イマサラニキニスルホドノコトカ?」


 若干呆れ気味な気持ちを含んだその言葉に大河は即座に反応する。


「気にするに決まってるじゃないですか!自分で提案しといてこんな事を言うのもあれですかど、これだけ密着してたら誰だって…」


 大河が真剣に苦悩の表情を浮かべながら胸の内を語っていると突然背後の彼女が噴き出した。


「…あの、何か?」


「イヤ、スマナイ。キミガアマリニモオカシナコトヲイウモノダカラ、ツイ。プッ…」


「確かに言い出しっぺなのにとは自分でも思いますが…」


「ソウデハナイ。サクヤノコトヲオモイダシテホシイ」


「昨夜って…あ」


「ドウヤラオモイダシタヨウダナ。ソウ、サクヤニオコナッテイタコトハマチガイナクイマイジョウノデキゴトダッタハズダ。ショウジキキハズカシサナドクラベモノニナラナイクライニナ。シカモソレヲジッコウシタノハホカナラヌキミジシンダ。ソンナイガイニモダイタンナコトヲヘイキデシテキタキミガコノテイドノコトデトリミダシテイルノダカラオカシクオモウノモヒツゼンダロウ?」


「た、確かに昨日の件は俺が迂闊だったというか不躾だったかもしれませんがあれはあくまでも貴女のことを男だと思い込んでいたからで。それに…」


「ソレニ?」


「なんというか、ほっとけなかったんですよ。あのまま一人にしてはいけない。なんとなくそんな感じがして」


「…………」


「メアさん?」


「!アア、イヤ。ソウカ、キモノキモチハワカッタ。ウン」


 なんか考え事でもしてのかな?明らかにカラ返事ぽいけど。


「マ、マアアレダ。ソコマデキニスルヒツヨウナンテナイサ。ベツニキノウノコトニクラベレバコノテイドナンテコトハ………」


「メアさん?」


 再びの沈黙。しかし背中から伝わってくる心音の急激な上昇と突如として表れた息遣いの荒さなどの肉体から湧き出たサインが彼女の変調を告げていた。


「あの~メアさん。なんか背中からドクドクいってる感じがするんですけど体調でも崩しましたか」


 一応質問を投げかけているものの大河自身も薄々その答えをわかっており、それに恐怖して声に戸惑いの色が感じられた。


「…ナアタイガ。モシカシナクテモコノタイセイハズカシイモノナノデハナイダロウカ?」


 先ほどまでの余裕すら感じられる状態から一転、180°内容の異なる台詞が彼女の口から飛び出した。


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