110話 戦いは交わる前から始まっている

「それで俺が討ち取らないといけない大将とやらはどいつだ?」


「それは…まあ、戦っていればその内見つけられるだろう」


「それすら俺任せよ!先までの『私たちに任せてろ』オーラが消し飛んだな⁉」


「あ、あいつです!あの禍々しい首飾りを付けている魔族!アイツが魔王軍を率いている首謀者です!」


 そう示されたれたそちらに目をやる


 ああ、さっき手を差しのべたアイツか


「頑張ってくださいリーダー!」


「やっちゃってくださいリーダー!」


 すっかりリーダー扱いかよ


「先陣は任せたぞ!後ろとフォローは我々に任せろ!」


「はいはい、期待し過ぎない程度に期待しておくよ」


 そう言って立ち上がり始めている相手に向かって大河は駆け出した。

  


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「ウエルグ様。人間が一人、単身でこちらに突っ込んで来ます」


「何だと?この軍勢を相手にたった一人で特攻だと?ん、アレは…先程我々に危害を加えて私を騙そうとした小僧ではないか。一人で我々相手に向かって来ようとは意外に馬鹿な奴め。お前たち、さっきの報復と人間共への見せしめもかねて徹底的に痛めつけてやれ!ボイラム、部下を引き連れて先導し、あの小僧を地獄に導いてやれ」


「お任せをウエルグ様。聞こえたなお前たち、俺に続け!」


「ケケケ、やってやりますぜ」


「あんなガキ一人、あっという間に血祭りにしてやります」


「俺らの魔法で受けた苦痛を100倍にして返してやらあ」


「キィーッキッキ、お手並み拝見だな」



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「どぉお~しよ」


 敵と未だに一合も交えていないにも関わらず、既に愚痴をこぼし始めていた。


 沸き立つ冒険者たちの熱気に当てられ、エルノアに乗せられた気になり無理矢理テンションを上げて踏み出した大河だったが、前世やブライトたちの指導の最中でも熱くはなっても冷静さを欠くなという教えに従い、歩みを進める度に徐々に落ち着きを取り戻し冷静に状況を分析し始めていた。しかし、そのせいで精神が落ち着くを通り越して落ち込み始めてもいた。


 何せ人間サイドと魔王軍サイドとで両方倒れている数を入れるとざっと見た感じでも魔王軍側の頭数が人間側の3倍近くに上るのである。未だに爆発のダメージで立ち上がれない、立つのがやっとの者もちらほら見られる。しかしそれらを除いても優に倍以上の戦力差があったのは明白だった。


 それにもう少しで諦めるところだったと冒険者たちが言っていた辺り、人間こちら側もかなり負傷者を出し、消耗していた。敵も爆破のダメージでかなり戦力ダウンしているとはいえ、人数差を考えるとやはり劣勢とは言わざる得ない状況。


 その上先陣を切って敵部隊に突撃しようとしている自身が戦う前から既にボロボロ。凶悪コンボ爆発と落下で死ななかったの幸いだが、瀕死になっていないだけでそれにかなり近い状態である事には違いなかった。敵に止めを刺す前でも、中盤でもない。まだ始まったばかりの序盤からスタートなのである。


 まるで1試合丸々投げされられたにも関わず、ピッチャー不足で無慈悲にも2試合目も頭から最後まで投げさせられるのを前提でマウンドに送られたピッチャーのような心情だった。当然そんな事そうそうあるわけない非現実的な事なのだが、重症者レベルのダメージを負っている大河が先陣を切って戦わなければならない状況も充分現実離れした状況だった。


 何より大河のテンションを落している要因は、大河の後に誰もついてきていない事だった。希望をちらつかせられ、あれだけ奮起していた冒険者たちが誰一人として続いてこないことを不審に思いチラッと後ろ方に目をやると


「こっちの事は気にせず突き進め!」


 などと叫び、自分を前進させ続けようとする幼女エルノアの姿が。その横のを見るとクラリスが大河に続こうとしてしているのを両手を広げて制止している姿が目には入った。


 あれだけカッコよさげな事を口走っていた癖にまるで自分一人に丸投げしているようにしか思えない所業に今すぐ戻って王女姉妹をとっちめてやりたい衝動に駆られたが、二人がいつもと違い真剣な雰囲気だった事もあり


 あれは棒立ちきっと何かある、恐らく何かの作戦なのだろう。何かがある筈…寧ろそれ以外であってたまるか!


 と色々引っかかる部分を無視し、自分に無理矢理言い聞かせて足を止めずに突き進んだ。


 敵に向かって走っている間も自分の中の悪魔に


『このままだと一人無駄死にするだけだろうから、あいつら見捨てて逃げた方がいいんじゃない?上手いこと利用されてるだけだって』


 と、囁かれれたり


『冒険者はともかくあの二人のこれまで言動やら行動やらを考えて信用に値するかどうか判断しかねるから、先陣切るにしても一度戻って説明聞いてからにしたほうがいいじゃないか?』


 と、裁判長姿中立の立場の自分から提案されたりしたが、それらを聞こえないものとして振り切った。


 敵軍の100メートル付近まで辿り着き、ようやく無駄な前半戦精神的戦いは終わり、色々な意味で息を切らせながら本番を迎えようとしていた。


 敵は大河より一回り程小さなインプの群れが陣を組んで並んでおり、それら全員が大河を見下すようにニヤニヤと笑っていた。その後ろから一際大きな体格のインプが前に出てきた。


「俺は魔王軍分隊長補佐ボイラム。この軍勢を前に一人で向かってくるとは、貴様果てしなく『馬鹿』なのか?」


 ふ、言ってくれるじゃないか。俺もそう思う


「わかってないな。これは高度な作戦なのだよ」


 そう、高度過ぎて実行役の俺には全く理解が及ばない程の策だ


「高度な作戦?わざわざ一人単独で敵軍に突撃させる愚かな行動が作戦なのか?」


 あまり現実的なこと言うのやめてくれないかな。俺が冷静になって泣いてしまったらどうしてくれるんだい?


「敵に悟られないからこそ高度な策なのだよ」


 まあ、味方も理解できてないんだけど


「武器一つ持たずに突っ込ませるなんて愚直の極みにしか見えんがな」


「…ふん、好きに吠えるがいい。今に見ておくんだな」


 …どうしよう、材料不足で口戦で勝てる気が1ミリもしない。戦う前に精神LPがもう0で限界なんですけど心が白旗上げてるんですけど)


「それに貴様、戦う前から足元が震えているぞ。さては我々に臆したか」


「流石魔王軍の猛者、俺の緊張を見抜くとは。敵ながらあっぱれな洞察力」


「いや、今のお前を見れば誰でも分かる事だと思うぞ?」


 そう、これはアレだ。初めて冒険者として敵の軍勢を前にした恐怖や爆発のダメージで足が震えているんだ。別に決して後ろに控えている面々が加勢に来ないかもしれないという可能性に怯えて震えている訳じゃないさ。うん


 敵からの攻撃(正論)を前に色々と言い訳を並べ立てて自身を必死で誤魔化し続ける疲労で戦う前から色々と一杯一杯の大河だった。




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