62話 王都定例会議前
扉を開けて現れた王女クラリスは寝間着か部屋着なのか、昨日着用していた衣装より大分緩い感じの服装だった。だがそれでも育ちの良さを感じさせる独特の雰囲気を醸し出していた。
「おはようございますクラリス王女。もしかして先ほどまでお眠りになられていまし…た…」
挨拶していた男性の声が驚きのあまり途切れ、他の者たちも釣られるようにその姿に目を疑った。何故ならその手には彼女の身分の高さには似つかわしくない手錠という名の彼女には一生縁がないであろう鉄の物体が長いチェーン付きで一緒に現れた連れのメイドと繋げられる形で嵌められていたからである。
本来ならありえないその状態に誰もが目を奪われ呆然としていた。そんな誰もが固まっているなかクラリス王女はそっと口を開いた。
「おはようございます父上、皆様方」
手慣れた動作でスカートの端を掴んでお辞儀する姿は板についている感じだったが、手錠とそれに付けられているチェーンがぶつかり合う僅かな金属音によって台無し感が増していた。皆思うところはあるものの口に出せずにいるといつもの変わらない感じで陛下が切り出した。
「おはようクラリス。おや?エルノアはどうしたんだ」
「あの子は昨日の余韻を醒ましたくないから部屋を出たくないそうです。朝食もいらないと」
「そ、そうか」
「まあ私も気持ちは非常によく分かりますが」
「え?」
「昨夜のあの光景…未だに脳裏に鮮明に覚えております。あの子の何とも愛らしい表情を見つめながら同じ苦しみを味わう甘美。ああ、今思い出しても体が火照ってしまいます」
「…そ、そう…か」
1人頬を染めて微笑む彼女とは対照的に陛下は頬を引きつらせ、他の集まった人たちも引き気味だった。
「私も昨日の事でおなか一杯と言いますか幸せいっぱいといいますか。なので私も朝食は結構です。挨拶もかねてその報告をしに参りました。それではこれで」
クラリスは幸せそうにその場を後にしたが他は何とも言い難いきまづい雰囲気が流れていた。
「ま、まあとりあえず娘たちを抜くと全員揃ったようだし食べながら会議を始めることとしようか」
「そ、そうですね」
「い、いや~王女殿下と席を共にできないのは残念ですな」
『何故一国の王女の手に錠が嵌められているのか』とか『昨晩一体何があったか』など皆それぞれ尋ねたいことはあったが、聞いた後に後悔しそうな感じがしたので断念した。
「あの…申し上げにくいのですがシュヴァルト殿がまだ到着されておられないようです」
「そういえばそうですね」
「珍しいですね。あの厳格な総司令官殿が遅れるとは」
(シュヴァルト?何処かで聞いたような気が…)
話し合っていると眼鏡をかけた赤茶色のロングヘアーの女性が今にも泣き出しそうな追い詰められた表情で慌てて入室して来た。
「す、すみません!遅くなりました」
「あれ?アロネちゃんじゃん。俺っちとのデートの時間にはまだ早いよ」
「えっ!そんな約束してましたっけ?」
「おいおいアロネちゃんから誘ってきたのにそれはないんじゃないか」
「す、すいません!すいません!全く覚えてなくてすいません」
「ははは、これからは気をつけてくて「フレイム」フギャー!俺の魂ヘアーが山火事みたいに!」
女性の指先から放たれた火の玉は男性の頭部に直撃した。燃える髪を慌てて振り払う男性の席の向かいにいる魔法を放った張本人のエルフの女性はやれやれといった感じで呆れかえっていた。
「全く相変わらず嘆かわしいことで」
「てめー何しやがんだフィゼーレ!」
「何処かのチンピラにも劣る下劣な男が詐欺の如く純粋無垢な少女に嘘八百を並べて騙そうとしていましたからね。見かねて止めようとしただけですがそれが何か?」
「『それが何か?』じゃねーよ!俺の大事な髪が大変な事になっているがお前には見えねーのか!」
「確かに髪型が何と言いますか、アフロというかマリモのように無駄にに存在感を放つものになっておりますね。無駄に口数の多い貴方様にはとてもお似合いかと思いますよ」
「てめー他に言うことはねーのか!」
「別に感謝入りませんよ」
「誰がそんなことするか!大体何で俺に向かって
「だって体に当てて万が一テーブルに飛び火してしまっては大変でしょう?だけど頭部なら貴方の髪の毛がボンバーヘアーになるだけで済みますもの」
「違うだろ。そもそも何で魔法で止めようとしてんのかって話だろう」
「???」
「どうしてここで疑問が出来るんだよ。普通人間相手に魔法とかもっと躊躇する…というか常人ならその発想自体に至らないだが?」
「え?スポラパッチさん人間だったんですか」
「おい!それどういう意味だよそそりゃ。俺の何処をどう見たら人間以外に見えるってんだよ」
「だってよくわからないことを口走られて皆さんを混乱させたり、全くと言っていいくらい空気を読まれない上にあまりに一般常識が欠如というか皆無なものでしたから人の形をした二足歩行型の人外にしては上手に人語を口に出来るモンスターの親戚か何かだとばかり思っていましたわ」
「こんの…てめ…」
言い返したいが日頃の態度自体に問題があるのは自覚していたため言われたい放題にも関わらず男性は言葉が出てこなかった。
「相変わらず賑やかじゃな」
「毎回毎回お2人のこのやり取りはお馴染みの光景ですからね」
「一種の風物詩にさえ感じられますな」
「片方には風情は微塵も感じられませんがね」
「…だけどそれもまた一興」
「そうですな」
それぞれの参加者たちがやり取りを花見の様に楽しんでいるのを大河は遠い目をして眺めているのだった。
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