69話 冒険者登録

 目を開くと心配半分、ヤバイ人見ている感が半分といった慶応し難い表情でこちらを見つめるマイナの姿があった。


「あの…大丈夫ですか」


「ご心配をおかけして申し訳ありません」


「もしかして通信魔法を使ってらしたのですか?」


「まあ何といいますか大体そんな感じのものです」


「それで何があったんですかね」


「それはですね…」


 大河は王都に連れてこられた経緯を所々変えながら説明した。


「つまりタイガさんは始まりの地であるスターダストシティーにで冒険者稼業をスタートするつもだったと」


「はい」


「それで知り合いに王都こそがその場所だと嘘吹き込まれたと」


「はい」


「そして間違った知識を受け付けられた挙句わざとスターダストシティーではなくここ王都のアルムタントに転送されたと」


「はい」


(本当は転生だけど)


「それは何といいますか…災難でしたね」


「自分でもそう思います」


(あのクソ神は本当にどうしてくれようか)


「とりあえずその件は置いておいて、冒険者登録をさせてもらってよろしいですか」


「はい、もちろん構いませんよ。ではこちらの口の中に頭を入れてください」


(え?これに?)


 それを目にした瞬間大河困惑した。何故なら受付嬢が示したものがライオンの形を模した石像だったからである。

 その石像にに手を入れるのならばまだしも口の中に頭を入れろと言うなのだ。動じるなと言う方が無理があり、否が応でも恐怖心が飛び上がった。しかもタチの悪い事に外は色を塗られていないためか全身真っ白になっているにもかかわらず目の部分だけが真紅の色を纏っており、いっそ恐怖心を引き立たせる要因となっていた。


(入れた直後にパックリいかれないよね?)


 不審な顔で受付嬢の方を見るか特に何も口にせず無言のままニコニコとした表情を送り続けていた。


「顔を入れた途端に何かされたりしませんよね?」


「………」


「あの…なんで無言のままなんですか


「申し訳ありませんこの手の質問については受け付けない規則になっております」


「何ですかその規則!」


(何で水晶に手をかざして図るとかそういうタイプじゃないの?わざわざこんな恐怖を与えるようやり方にする必要あるんですか?仕組みといい、受付への対応のさせかまといい、これ考案した人絶対性格ねじ曲がってる)


 大河は計測中の間よくわからない恐怖と戦う羽目になり、心の中で名も知らぬ考案者へ悪態を突きながらさっさと終わってくれと切に願っていた。しかしすんなりとは終わってくれなかった。


”ガッオーー”


「!!」


(なに?なに!なに!?)


 石像の口内に頭部を入れて10秒ほど経ち、ん大河が何も起こらないことに安堵していた時、突然猛獣の様なけたたましい唸り声が口内に響き渡った。気を抜いているところに唐突に恐ろしい声が流れて来た事で慌てふためいた。しかもそれが猛獣の形を催した口内に顔を入れている時に起きたものだからその時の動揺は今日一のレベルだった。


「計測完了しました。もう離れていいですよ」


「はぁはぁはぁはぁ」


「大丈…いえ、何でもありません」


 マイナは大丈夫ですかと問い掛けようとして断念した。何せ聞くまでなく目の前の人物の状態が物語っていたからである。


(無駄に精神が摩擦された感じがする。まだお昼も遠いというのに今日既に3回目なのですが?それとも本日に限ってのみそういった特売が行われているんですかね?俺限定で)


「それでは次に両手の親指を石像の目に押し当ててください」


 大河は何も考えることなく言われた通り深紅の瞳に親指を重ねた。


 ”ブゥーーー、ブゥーーー”


 さすがにもう変な仕掛け等はないだろうと思っていた矢先、彫刻から警報ブザー音に似た音が大音量で流れ出し、ギルド内に響き渡った。ブザー音は徐々に小さくなっていき、鳴りやむと同時に『チーン』とベルの音が鳴り石像の差込口から一枚のカードが現れた。


「パンパカパーン!おめでとう。これで貴方も冒険者の仲間入りです。これからはモンスターをグッチャグッチャのミンチにしたり、或いはあなたがモンスターとの戦いで命を捧げてミンチになることで世の中の平和の礎となる事を祈っています。死ぬまで命を燃やして頑張ってね、チャピン」


 クラッカー音の次に聞こえてきた良く言えば可愛らしい、悪く言えばぶりっ子の様な女の子の声が新たな冒険者の誕生を祝福するといった感じものだったが、内容的には本当に祝福しているのか疑わしいものだった。そして大河は時間にして僅か1分足らずで色々と起こり過ぎた出来事に思考が追いつかず整理できずにいた。


「あの…色々聞きたいことはあるんですけど、とりあえずなんですか?」


 大河は石像の方を指さしながら不満たらたらの表情で尋ねた。


「もしかしてご存じありませんか?こちらは初代ギルドマスターにしてギルド創設者。ホークス・ボルネル氏の愛獣。ケテリーをモデルにして作られた石像でギルドの冒険者登録機ですよ」


「何で頭なんですか?手とかでよくないですか」


「頭部は脳がある器官ですから一番情報が集約されていますし、単純に頭部の方が登録時に必要な個人情報を纏めるのが早いからですね。手では1時間、或いはそれ以上かかってしまう把握時間も頭部からだと1分程でおわります。それに他の部分では細部まで個人情報の把握が行えず見逃してしまう恐れがありますから」


「冒険登録時における情報収集が頭部からのほうが効率が良い事なのは理解しましたが、あの猛獣みたいな石像の口に頭を突っ込まないといけない理由ってあるんですか?」


「それはホークス氏が冒険者になる者の為に作ったとされる一種の儀式、通過儀礼というものです。『これから幾重にもモンスターとの戦いに身を投じるというのなこれくらいの事が起きても動じる者であってはならない。最低でもこの試練に逃げ出さず耐えられぬ者でなければ冒険者になる資格はない』これ初代ギルドマスターの教えであり絶対の規則です」


「口の中に頭を入れた後に聞こえてきた猛獣みたいな唸り声も試練なんですか」


「そうですね」


「その後のけたたましいブザー音もですか?」


「そうですね」


「最後の歓迎セレモニー的な奴も一種の試練だったんですかね」


「いえ、あれは普通に祝福として流しているものですよ。ギルドマスター曰く試練を耐え抜いたご褒美だと」


「ご褒美?内容の後半が祝福というより自爆特攻してでも戦えと言っているようにしか聞こえなかったんですけど」


「それくらいの気迫で頑張れって事ですよ」


(だったら素直にそう言ってほしいものである)


「私も以前登録しに来た事がありますがその時は私もタイガ殿と同じく色々と理解が追いつかず困惑してましたよ」


大河の心情を悟ってか当時の事を懐かしむように語ってくれた。


「そちらも色々と大変でしたね」


(被害者が俺だけでないと思うと少しは楽になるな)


「ホークス氏によると冒険者とは猛獣に頭をかみ砕かれそうになっていても笑っていられるの理想だったらしいです」


「そんな人絶対いませんからね」


(やっぱりこれの考案者は変人だったか)


「すみません、これらの事通過儀礼は冒険者になる前には教えてはならないと言われていたのでこの手の事に関しての質問にはお答えできなかったんです」


「まあ、これまでの流れからすればそうでしょうね」


(少なくとも非はない目の前のマイナさんに当たるのお門違いだしな)


「何はともあれ、これでタイガさん冒険者として登録完了しました。おめでとうございます」


「ありがとうございます」


 カードと共に笑顔と祝福の言葉を送るマイナを見ながらこれまでの道のりを思い出しようやく冒険者になれたなと若干の感動に浸りつつも、これがまだ文字通りのスタートラインでしかないのだと落胆する気持ちの半々という微妙な気持ちを抱いていた。

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