64話 王都定例会議
欠席者を除く会議の出席者が揃ったとの事でそれぞれが目の前に置かれた料理に手を付けていった。それらは蓋を開けるだけで匂いから脳を刺激し食欲をそそっており、当然味も美味という以外形容しがたい出来で、喜んでほおばるほどの物だった。しかしその中において1名。いや、約2名の本来ならこのテーブルに座る筈ではなかった人物たちは突然の状況に戸惑っていた。
(美味しい…のだとは思う。でも脳で感じる情報が今現在全て麻痺しているのか料理の味が全くと言っていいほど脳に伝達されてこない)
(な、何でこんなことに…あれ?スプーンの持ち方ってこうだったっけ?間違ってないよね?もしかして逆だった?ていうかスプーンってそもそも何に使うものだったっけ!?)
頭では理解はしていても体が追いつけていない大河と、突然の状況に緊張という檻から全く抜け出せておらず混乱の極みにあるアロネ。両者には到底料理を楽しむ余裕などあるわけもなく、只々この時を過ぎ去ってくれと切に願っていた。
そんな2人とは対照的に人々はそれぞれの作法で食事を進めていった。
「ボチボチ定例会議を始めるとしよう。それでは各地区の警備部隊から提示報告を」
「………」
「アロネさん」
「………」
「アロネさん」
「………」
「アロネ副隊長!」
「は、はい!すいません、すいません!よくわからないですけどすみません」
反応がなかった為に少し強めに呼んだフィレーゼだったが、その呼びかけにあまりに怯えた様子を見せるアロネの姿を見ると傍から見てもフィレーゼがアロネを脅迫している様に見えるくらい程怖がっており、状況に適応できず混乱状態にあるアロネもそのアロネに嫌われていると錯覚させるほど怯えられたヒィレーゼにも同情を禁じえなかった。
「あの、別に攻めているわけではありませんよ。ただ警備隊の現在の状況把握をしたいのでアロネさん経過報告をして頂きたいという事ですよ」
「な、何で私なんかが」
「アロネさんはシュヴァルト総司令官の代役で来られているので報告するのは必然的にアロネさんの仕事というか義務かと」
「そ、そうでした。お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
「いえいえ、初めての参加ですし緊張するのも当然でしょうからあまりお気になさらず」
「とりあえず深呼吸でもして落ち着いてください」
「そ、そうですね。すー、はー。すー、はー。すーはー…」
場に馴染めないアロネを見て皆それぞれ『自分も最初に参加したころは緊張で動揺しっぱなしだったしあんな感じだったのかな』などと思いながら彼女が落ち着くまで暖かく見守っていようと思っていた。深呼吸の回数が20、30と過ぎていくも続けている姿を見ても『まあアロネちゃんだし仕方ないね』と苦笑いをする余裕もあった。
しかしそれが50を過ぎて100に差し掛かってもなお辞める気配のない彼女を見ていると本人に全く悪気がないのはその場のほとんどが理解しているものの、流石にそろそろ話を進めなくては流石に会議後の職務に影響か出かねないと皆一応に思っていた。
「アロネ副隊長殿、一呼吸置くのはそれぐらいでよいかと」
「ま、まだ駄目です。落ち着いて発言するにはあと1万。いえ、1千万回
くらいの反復をしなくては」
「1千万回!?」
「それ下手したら今日どころか明日まで続きかねないのですが」
「普段からの習慣のたまものとも言えるかもしれませんが流石にこれは…」
「真面目なアロネさんらしいと言えばらしいですけど流石に容認しかねますね」
「アロネ副隊長。悪いですけど皆さんもそれぞれご多忙の身の上ですので心の準備はそれくらいで」
「そ、そうでした!私なんかのせいで時間を無駄にしてしまい申し訳ありませんでした!」
(((アロネさんは真面目で謙虚でいい人なんだけど、どうにもこの緊張しいというかあがり症な部分がな~)))
「では改めて各地区の警備状況をの報告をお願いします」
「えっと、えっと。報告ってどうすればいいのでしょうか」
「ああ~恐らく貴女が手に持たれているシュヴァルト殿が毎回持参される警備隊の記録書に詳細は書かれていると思われるので目を通していただけますか」
「あ、そうでした。又もお手数をおかけして申し訳ありません!」
アロネは急いで本を開きページに目を走らせる。
「あの、どの地区から報告をすればよろしいのでしょうか?」
「特に定められているわけではありませんがシュヴァルト殿はいつも北地区から報告されておりますよ」
「ありがとうございます。ええっと北地区は特に変わりありません。西地区は最近人に成りすまして通行しようとする魔族が複数発見された為、門での通過前のチェックを念入りにして行く方針のようです。東地区はひったくりや強盗といった類が増加傾向にあり見回りを強化しております」
「残り南地区は…」
「そういえば南地区といえばシュヴァルト殿のご子息が警備隊の隊長を務めておいでの部署でしたな」
「エイト殿のご子息も副隊長として同じ部署に配属されていましたね」
(へ~お偉いさんの息子が揃って隊長職ね。まるであの○〇コンビみたい…あ。ま、まさか…)
「あの、一つ訪ねたいのですがシュヴァルトさんのフルネームを教えて頂けないでしょうか」
「シュヴァルト・ベーカリーの筈ですがどうかされましたか?」
(やっぱりあの人か。てことはこの状況ってまさか…)
「えっと…南地区に関しては申し訳ありませんが色々問題が発生したため調査して後日報告に上がると仰っておりました」
「問題とはどのような?」
「申し訳ありません。それが私も詳細は把握していないのです。詳しくは教えてくださらなかったので」
(でしょうね。恐らくだけどあの変髪コンビの所業が原因なら中々口に出来ないでしょうしね)
「…記録簿やデータが盗まれたとか?」
「そのような可愛らしい理由ならばよろしいですがね」
「と、申しますと」
「総司令官さんが来られない程の事となれば余程の非常事態です。にも関わらず王都は所々のいざこざはあれどいつも通り平和そのもの。となるとやはりアロネさんのおっしゃっていた『家庭の事情』とやらが問題になってきます」
「まあ、そうなりますね」
「仮にその家庭の事情とやらご子息の危篤などが原因だった場合、王都の医療最高責任者であられるシュヴァルト殿にも話が届いており先程のアロネさんが言い出した時に口添えをしたはずです。ですがそうされてないということはそういった話にはなっていないのではないでしょうか」
「ええ、少なくとも私の方にはそのような情報は入ってきておりません。それにああ見えて愛好家であられるシュヴァルト氏ならばご子息にもしものことがあれば私に見てほしいと直接お願いされるでしょうがそういった事にはなっておりません」
「ああ見えて意外と親バカですもんねあの方」
(え?あれで親バカだったのあの人。俺の頭にはアイアンクロウで息子の頭部をトマトの如く握りつぶそうとしている映像が強すぎて厳格な父親以外のイメージが一切なかったんですけど。やっぱりかなり憤怒してたのね)
「それに総司令官さんの奥方様や親御さんもうお亡くなりなられており家族は息子さん一人の筈です」
「つまり?」
「病気等の理由とは別で息子さんによる何らかの理由で欠席されているということです」
「それも今回の警備状況の報告を後に回さなければならない状況付きでですからな」
「…息子さんが警備規則を破った…とか?」
(その通りです。バリバリ破ってます。というか順守している姿を目視したことがないです)
「それぐらいでは流石に…どうでしょう」
「仮に破ったとしてもその理由によるんじゃないか。市民を守るためとかならおとがめなしだろうけど、個人の私利私欲のために警備隊長という地位を利用したとなれば…」
「普段は倅に甘いシュヴルトのおっさんも激怒物だろうな」
(はい。実際に息子さんの頭部破裂10秒前でした)
「ま、まあまあ。まだ決まったわけではありませんし」
「確かに憶測には過ぎませんがシュヴァルト殿がこの場に居ない辺り、看過できない何かがあったのは確かでしょうね」
「ん、んん。まあとりあえず状況は分かったご苦労。それでは次に総ギルドマスター」
「はい。ここ最近の依頼件数と達成件数及び未達成件数ですが…」
その後もそれぞれの代表が近況報告を終えていった。
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