59話 夜景と温泉にメイドと混浴?2
体を癒す為に入浴している筈がいつもの間にかイライラと精神的疲労の蓄積具合が減少どころか上昇しつつあった。
(付き合ってられねー)
大河は無言のまま湯船から出ようとしたところをリリカとルルネの双方から両手腕を掴まれた。
「何で何事も言わず立ち去ろうとしているのですか」
「何でも何も、そもそも女性が同じ浴場で入浴している所に平然と居座る方が問題だと思うのですが」
「私たちは構いませんよ。ね、ルルネ」
「ええ、リリカ。別にタイガさんがいらしても何の問題もありませんわ」
(さっきまで思いっきり問題視してたの癖に)
「俺は構うので、それじゃ」
「待ってください。私たちはタイガ様にお話しがあってここに来たのです」
「話ならもう散々したと思うのですが」
「いやですわ、あれはあくまで前座。ほんの戯れです」
「本題はこれからです」
(あれで前座とか…これ以上話をするのが恐ろしいのですが)
「というか話なら別に浴場じゃなくてもよくないですか?」
「本心を語るには裸のお付き合いが必要ですので」
「…正直俺には必要性を感じないので上がってもいいですかね」
「そんな!か弱い美女が勇気を振り絞って足を踏み入れたというのに」
「勇気?」
「何ですかその反応は。まさかタイガ様は私たちが軽い気持ちで入浴したとお思いなのですか」
「え?違うんですが」
特に他意はなかった。本来であれば女性に対してここまで失礼な発言はしなかったであろう大河だったが、目の前の2人メイドたちの理不尽やら非常識に慣れてしまったのか、大河は特に考えずありのままほぼ反射で答えてしまっていた。
「そんな…女の子が野獣のごとき男性に襲われてあられもない姿にされるかもしれないのを覚悟してきたというのにその覚悟を軽んじられるなんて。うぅ…」
「バスタオル一枚の姿の時点で十分あられもない恰好だと思うのですがね。というかもうこの手の下らないやり取りはウンザリなのでとっと本題に入ってください」
「乙女の覚悟をくだらないだなんて、なんて酷い人なんで…ああちょっと!話します。ちゃんと話しますから待ってください」
またしてもダラダラと話が長引きそうだと感じ取り無言で浴場を後にしようとする大河をルルネとリリカは必死で引き留めた。
「率直に申し上げるのなら王女様方と結婚していただきたいのです」
「すいません、今なんて言いました」
「王女様と結婚してほしいと言ったのです」
(ついさっきも同じようなセリフを耳にしたのですが…)
「一応理由を聞かせてもらってもいいですかね」
「タイガ様と王女様たちは結ばれる運命だと私の直感が囁いているからです」
「そんな役に立たない感は今すぐゴミ箱にでも捨ててきてください」
「そんな…リリカ、タイガ様が今までの腹いせに私をイジメてきます」
「よしよし可哀そうなルルネ。タイガ様、そのようにルルネを罵倒し追い込むのは止めてください。それにこの子の直感は外れたことがないのですよ」
「え?マジで」
「ええ、マジです」
(噓…だろ)
大河は一瞬視界に闇に覆われていくような感じを体感し、同時に途方もない脱力感から体中に力が入らず転倒しかけた。
(つまりこれからあの罵詈雑言を浴びせてくる姉妹と付き合っていかねばならないという事か。うぅ、眩暈が)
色々な出来事が起こりすぎた1日だったとはいえ僅か数時間足らず自分の精神を削りに削っり、ぶっちゃけできるなら二度と関わりたくない王女姉妹とこれから生涯を共にしていかねばならないなど大河にとって死刑宣告に等しかった。
「因みに直感て今まで何回当てて来たんですか」
一縷の望みにすがる尋ねた。すると…
「0回です」
「は?」
あまりに予想外の返答に大河は間の抜けた声を出してしまった。
「ですから0回です」
「さっき今まで直感を外したことがないって言ってなかったか?」
「今まで直感を感じたことがなかったので噓ではありませんよ」
「今までルルネが直感がどうのこうの言ってきた事はありませんから嘘は言っていませんよ」
「そんなくだらないトンチは求めていないんですが」
「タイガ様が結婚してくださらないとタイガ様や王女様たちに災いが起こるかもしれないのですよ」
「別に俺は構わないです。あの2人と婚約などしてしまってはそれこそ災いが起こりかねませんから。少なくともあの2人と共に歩まなければならない運命以上の災いなどまず怒らないでしょうからね」
(きっとストレスによる急性胃腸炎やうつ病、パニック障害を引き起こし、更に様々な病気の発言と悪化を繰り返し、精神疾患やら脳梗塞、或いは心労がたたって心臓麻痺でポックリ逝く可能性も充分に考えられる)
大河はもしも一緒になってしまった場合の可能性を想像するとそれだけで精神的に負荷がかかり過ぎた胃がキリキリと痛みとしてこれ以上は危険だと信号を送信してきた。
「というかなんで王女様方なんですかね。婚約なんだからどっちか片方とだけでしょうに」
「知らないのですか?この国では重婚が認められております」
「ですからクラリス様、エルノア様の王女ご姉妹と婚約することも可能です」
(人によっては『合法的にハーレム作れる、やったー!』とか歓喜する場面かもしれないけど今の俺には全く嬉しくない)
「さっきはショックで頭が回りませんでしたけど第一そういった国を左右しかねない王族の婚姻とかって国王陛下とかが決定権を握ってるもんじゃないんですかね。仮に運命とかで結ばれていたとしても陛下が承諾されないなら…」
「何言ってるんですか、承諾どころか陛下からタイガさんに縁談の申し込みをされていたじゃないですか」
(あの部屋には俺と陛下しかいなかったのに何で他の人間がこの情報を得てるんだよ)
「ありもしない空想話をしてはいけませんよ。勝手な発言をしていると処罰されてしまうやも…」
「盗み聞き…いえ、偶々耳にしてしまったメイド長が教えてくださったので間違いありませんよ」
(締め出されているあの状況でどうやったら室外から偶々耳にできるのだろうか)
「部屋での会話の内容を把握していらっしゃるなら俺が断ったことも知っていますね」
「それはまだ王女様方をよく知らないからこその決断だった筈です。これから一緒に生活を共にしていけば大丈夫です」
(身分の差とか俺が上げた問題点に関しては聞かなかったことにしてスルーですか)
「そもそも何でそんなに王女様たちと俺をくっつけたいのですか?」
「勿論王女様方の幸せのためにタイガ様と結婚なさるのが一番だと思うからでございます」
「はあ、それで本音は?」
「ひ、酷いです。私たちの王女様への忠誠心を微塵も信じておりませんね!?」
「言葉に全く気持ちが込められていないように感じられたので」
(仮にその言葉が本当でそれだけが理由でここまで行動しているのであればそれはそれでかなりヤバい人なんだよな~このメイドさんたち)
「これまでの話のどこまでが本当でどこまでが貴女方たちの言うお茶目なジョークなのかはわかりませんが少なくとも、お2人があの王女様方の幸せの為だけにここまでするとは思えないので」
「ふう、そこまで見抜くとは合格です。ようやく本心を語れそうです」
「まさか今までのくだらないやり取りがこの為だったとか言わないでしょうね」
「いいえ、今までのは単に私たちのストレス発散に手伝ってもらっただけでございます」
(ブチッ!)
大方予想していたことではあったがあまりに清々しい笑顔で憎たらしい言葉をサラッと口にしてしまうメイド姉妹に頭が来た大河は一目散に逃げだそうとするもそれぞれに腕を掴まれて立ち去れなかった。
「おふざけはもう致しませんのでもう少しだけお付き合いください」
「なるべく時間は取らせませんので」
「それはついさっきも耳にした気がするのですが」
「今度こそ本当です」
出来れば無視して振り切ってしまいたいところであったが振り切ったところで城の事などまるで把握しているわけもない大河が1人になったら事実上迷子も同然だったため仕方なく話を聞くことにした。
「ありがとうございます大河様。愛してますよ」
(一応愛を囁かれたの初めての経験なのに嘘臭さが凄すぎて感動味がまったくないから微塵も心に響かないな)
「それでは話を続けますね」
「なるべくはっきりと簡潔にお願いしますね」
「簡潔に…分かりました。タイガ様に王女様方と結婚してもらいたい理由は…私たちがピンチなので助けてくださいという事です」
「………」
(簡潔を意識しすぎて中身殆どすっ飛ばして説明…というか願望が飛んできたな。まあでも…)
「まあ、何となく分かりました。とりあえずこの話はまた後日行うことにしましょう。もう頭と体の疲労がパンパンに溜まり過ぎて抜けないので正直これ以上は話を聞いても頭に入ってきませんから」
「仕方ありませんね」」
「温泉に浸かっているのに疲れが抜けないなんて変わった方なのですねタイガ様は」
(誰のせいだと思っているんですかね?)
「きっと相当苦労されているのでしょうね」
(その苦労の上乗せをしている自覚はありますよね?)
大河は大きな溜息を吐きながら先に風呂を上がり、ルルネとリリカが入浴を終えるのを更衣室の外で待った。そして上がってきた2人に客室に案内されてそのまま一人になった後ベットにダイブする形で飛び込んだ。
そして脱力感と共に緊張の糸が完全に切れて、今日一日の疲労か思い出したかのように一気に肩や背中にのしかかってきた。それから1分もしない内に夢の中へと堕ちていった。
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