54話 王様はまともでした

 絶望によって意気消沈しかけていた数時間前とは違い、イライラの度合いが大きく、自ら自爆した元凶の2人が倒れている姿を目にしても大河はスッキリせず、やり場のない怒りを感じていた。


「あれてまさかウソビリくん!?てことは…」


「今ままでのエルノア様やクラリス様のおっしゃっていたことってやっぱり…」


 状況を理解しだした周りがざわつき始めていると気絶したエルノアが目を覚ました。


「あれ、私何で…あっ、そっか!やい犯罪者。今すぐ土下座しながら謝罪すればお前が私と姉上に行った暴力行為を許してやらなくもないぞ」


 目覚めて早々思い出した彼女は、己でも嘘と分かっている事を敢えて口にして、電流が身体全身に流れるのを今か今かと待っていたが一向に流れる気配が無かった。


「な、何で!?」


 不審に思ったエルノアは自分の腕に視線を落とすと付けられいたウソビリくんのベルトがいつのまにかなくなっていた事に気付いた。そして大河に掴みかかり逆ギレし始めた。


「最低!最低!最低!何でそんな人が嫌がることを平然と出来るだ!しかも何で私から幸せを奪っておいてしれっとすまし顔でいられる?少しは私に罪悪感とか悪びれる気持ちみたいな人としての心は無いのか?私何も悪い事してないのに意味わかんない!」


 エルノアが気が付く前に既に怒りのパラメーターが一杯一杯に振切られていた状態から更に彼女の罵詈雑言浴びせられ、大河の中でブチっと切れる音がし、フラストレーションによって怒りのメーターは軽々天元突破した。


「黙れ!この性癖歪みまくりのドM王女!何が『私何も悪いことしてないのに意味わかんない』だ!。あることないこと散々ほざいて人を犯罪者扱いしてたくせに度の口が言うんだ!この口か、この主人そっくに歪みまくったこの口か!ああん?」


 最早エルノアの戯言を聞き逃し、我慢など到底できる精神状態でなかった大河は我を忘れて、怒りのままに彼女の頬を力の限り両手で引っ張った。


「や、やめ。わらしを誰はと思って…はあぁぁ〜さっきのと違うけどこれもこれで悪くないかもぉ〜」


(何で頬が真っ赤になるくらいに引っ張ってんのにこの状態に快感を見出せるんだよ)


 大河は思いっきり怒りをぶつけている最中にも関わらず相手が痛がる素振りどころかマッサージでも受けているかのような緩み切った表情に怒りが収まるどころか益々自身の中で負の感情が膨張していくのを感じていた。


 すると気絶から回復していたレッドとブルーが殴りかかろうとしてきた。大河は自分に向かって飛んでくる拳を掴み引き寄せてそれぞれに怒りに任せに頭突きを食らわせた。鈍い音を響かせながら2人供頭を抱えながら痛みにもだえ苦しんだ。


 2人を地面に転ばせた後少しだけ落ち着きを取り戻すとともに、今自分が置かれている状況とその状況下で怒りのままやらかしてしまった事を自覚した。


(ヤバイ。怒りでこいつら仮にも王女だったの忘れてた。しかも陛下の目で…)


 自分のしでかしてしまった事を理解すると、これまでの怒りと熱がスーと冷めていき背中から否応無しに冷や汗が吹き出していた。


(もしかして死刑?いや寧ろこの陛下の前で王女に手を挙げた状況で他にあるか?…なんかの間違いで罪ににならないとかないか?ああ、もう完全にやらかしたー!)


 大河が頭の中でぐるぐると下されるであろう処罰について現実逃避をしながら後悔を抱いていると、数名のメイドと兵士がそれぞれその場に動けなくなった王女姉妹とトンガリコンビを連れて行くと共に残りのメイド兵士も後を追う形で部屋を後にした。


 直後咳払いした陛下が話しかけてきた。


「その…何から詫びればいいのかわからないが、とりあえず親としてあの子からしてかした事について謝罪させていただく。すまなかった」


 軽くではあるものの頭を下げて詫びの言葉を口にするその姿に大河は心底驚いた。


(この人本当にあの宇宙人姉妹の親御さんか?真っ当な人間というか…)


「いえ、疑い晴れたのであれば俺は大丈夫ですから。特になんとも思ってないので」


 今まさに皆の前で怒りのままに暴れてしまっただけにかなり苦しい言い訳だなと自分で思うものの流れ的にそう言う他になく、仕方ないと思うと同時に眼前で娘の頬を引っ張った件について即座に言及されなかった事に大河は心の中で安堵した。


「それにこれでもう炭鉱送りにされることもないでしょうからホッとしてます」


 無実の罪で連れてこられた件は当然無罪だろうが、一国の王女に対して暴行と取られても仕方のない行為を自ら陛下の眼前で晒してしまった事については弁解の仕様がないため、その件で結果的に刑が執行されることを危惧した大河は敢えてその話題に触れ『そんなことはしませんよね?』と、遠回しに釘を刺した。


「実はそれは嘘でのう」


「え?でもさっきは…」


「お主も薄々気付いとるじゃろうが娘達の…その、な部分が問題で勝手に城を逃げ出したり、外出中護衛の目を盗んでは無断で単独行動したりしては問題を起してはそれを止めたり、仲裁に入ってくれたものを腹いせとして連れてくるのじゃ。本当は親としてこのような行いは罰しなくてはならないのじゃが、情けないことに中々口に出せず指摘できなくてのう」


(そりゃ実の娘に歪んだ性癖直せと面と向かってはさぞ言いずらいだろうな)


「分かっておるのだか我が娘とはいえ一国の王女に被害に遭われたと言われたら相手側の無実が完全に立証出来る証拠でもないと無罪放免は厳しいからのう。前に深く追求しようとしたら『酷いですわお父様!確たる証拠もなしに私とエルノアを陥れた薄汚い犯罪者の言葉に惑わされて実の娘に疑いをかけるなんて、うう…』と涙ながらに訴えられた過去があってな。情け無いがそれ以降何も言えなくてのう」


「そ、そうですか」


「出来れば私が罪人とされてしまった者達を監獄へと郵送するとか理由付けて適当に逃がせれば良いのだが、あのレッドとブルーが真っ先に王女様方の居場所を探り当てて私らが捜索しだす前に連行して城に連れてくるものだから陛下に形だけ罰を決めてもらい、後で輸送すると偽って迷惑をかけた謝礼を渡して解放するといった形をとりざるえなくてな。はあ〜」


(溜息の長さからその気苦労が手に取るように分かりそうだ。立場上山のように政務をこなさなきゃならんだろうに、無駄に仕事を増量されて大変だな)


 エルドの流す溜息の長さが壮絶な苦労を物語っているように感じられ大河は同情せずにいられなかった。


「でも王女に目を付けられたってことは結構ヤバい事ですよね?見つからないようにこの街からも出て行かなきゃいけないかもしれないですし」


「それは大丈夫だ。最初こそ因縁深く恨みをお持ちになるが、数日たてば相手の顔などすぐ忘れてしまわれますからな」


「そうなんですか?」


(少し意外だな。あのおチビ王女エルノアは別としても、あの一見まともそうに見える超特殊型ド変態クラリスは博識っぽかったからそう簡単に記憶から消えるとは考えずらいんだか」)


「また勝手に脱走して色々あって正義感から止めに入っただけででっち上げられた哀れな被害者を連れてきて怒りの矛先がその者に向けられて前の者など欠片も関心を残さないからな」


(王宮レベルの警備ならザルな事もないだろうにそんなに頻繁に脱走しているのかあの姉妹は)


「でも連行された時点で街の人達には最悪の印象を与えるでしょうし、いろいろ噂とかされること考えたらどの道この街にはいられなくないですか?」


「それも大丈夫だ。そういった非難の的に合わせない為にも毎回大抵の者を覆い隠せるほどのマントを被せてから着いてきてもらうことにしているからな」


「そういう意図があったんですね」


(なんだ、てっきり見えない中で黙々と歩かさせて恐怖心を与える陰湿な罰なのかと思ってた)


「それと色々あった後で聞きづらいのだが、その足枷はどうしたんだい?」

「ス…悪ふざけで付けられました」


(流石にスキルでこうなりましたとは言えねー)


「囚人番号は振られていないみたいですし、レッドが騒いでいたように脱獄囚であることはないと思われます。服装と着色が少々気に

 なりますが」


「ふむ。とりあえずエルド、彼に付けられた足枷を外してあげなさい」


「はっ」


 エルドは大河の左足にはめられている足枷を両手で掴むと左右に引っ張った。『ギギギギ』と鈍い音を奏でながら強引に捻じ広げられ、そのまま手を離して重力のまま落下し、着地と同時に『ゴン』と独特の金属音を響かせた。


「あ、ありがとうございます」


(何でプラスチック製品みたいに簡単に素手で曲げられるの?ゴリラなの?この世界の兵士の握力はゴリラ並みなの?)


「どういうルートで入手したものかわからないが極めて性質が本物に近いな。随分質の悪い悪戯に遭ってしまったみたいだね」


「そ、そうですね。ありがとうございます」


 『史上最悪の邪神にお遊びスキルによって着けられたものなんです!』とは言えない大河は笑顔で語りかけてくるエルドに対して苦笑いを浮かべながら頬を引きつらせていた。

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