32話 少女を助けた筈が…

 辺りが暗くなり始めている中、四季山を下り終えると


「私は少し寄る所ががあるのでな、一旦ここでお別れじゃ。依頼報酬分はギルドに渡してあるので先に行って受け取っておいてくれ。後から渡したい物もあるのでな」


 そう言ってボヘムは街とは少し違う方向へと進んで行き、大河は街を目指して再度始めた。


 それから1人で歩き始めてから少しすると何やら大きな声が聞こえてきたので気になり声のする方へと進んだ。すると林の中で盗賊の様なガラの悪そうな男達に囲まれている2人の少女を発見し、大河は咄嗟に近くの岩陰に身を潜めた。


 距離があったのもあり何を話してるのかまでは聞き取れなかったが、相手のリーダーらしき男が何かを叫んでおり緊迫した状況であった。


(どうするか…できれば助けたいけど)


 大河は迷った。まだ対して実力をつけていない自分の力で戦力が未知数な上に多数の相手に挑んで2人の少女を救出できる自信がなかったからである。


 しかし大河が助けるために踏み込むべきかどうか躊躇しているとまるで何かを懇願するようにリーダーに詰め寄っていた女の子が平手打ちを食っていた。それを目にした瞬間に大河は思考を放棄して飛び出していた。


 大河は慌てて駆け出して先ほど手に入れたフライパンをリーダーの頭部に叩き込んだ。


「ギャーー!!頭が、頭がー!」


 攻撃が直撃し、鈍い音が鳴り響くと同時に相手は予期せぬ激痛に苦しみながら頭を抑え泣き叫んだ。そして彼の仲間達も突然の事態に困惑し慌てふためいていた。


「なんだこいつは!どこから湧きやがった」


「おい、色々やべーぞ」


「とっととずらかろうぜ」


 大河の予想に反して盗賊達は特に反撃を試みることもなく激痛にもがくリーダーを背負って早々に立ち去った。 


(あれ~?これから激怒した連中と乱闘になると思ってただけにかなり拍子抜けだな。まあ無傷で助け出せたから全然いいんだけど。それより…)


 大河はぶたれた方の少女の下へと駆け寄った。女の子は見た目100cmもなさそうな身長で金髪のツインテール。パッと見た小学生になってるかなってないかくらいの幼女だった。


「大丈夫か?叩かれていたみたいだけど怪我はないか?」


 大河は優しく声をかけ顔を見ると右側の頬が赤く腫れていた。可哀想にと同情するも、その幼女と目を合わせた瞬間にその感情は消し飛んだ。何故なら助けたはずの相手がこちらを無言のまま激怒した表情でにらめつけていたからである。


(え?何で俺睨まれてんの?助けたよね俺?あの悪そうな連中から。なのに何でこんな『邪魔しやがってチクショウ』みたな顔でにらまれなきゃいけないんですかね。別に感謝してほしいとか思ってるわけではないけど少なくとも窮地を救ってもらった相手にする顔ではないよねそれ?)


 金髪幼女から送られて続ける謎の怒りを浴びた視線大河が困惑しているともう一人の黒髪ロングの美少女が大河に近づいて来た。


「この度は助けていただきありがとうございました。私はクラリス・クレイシー。そっちの可愛い美少女が妹のエルノア・クレイシーです」


 言葉だけ取るのであればごく普通の丁寧なお礼と自己紹介なのだが、言葉とは裏腹にその表情は妹と同じく凄く怒っているのか絶対零度のような冷たい視線を大河に向けて送っていた。


(お前もかよ!何でセリフと表情がこんなに一致してないの?本当に何で助けた筈なのにこんなに睨まれないといけないんですかね?それともあのまま悪党に取り囲まれていた方がよかったとでも言うんですかね?)


 大河が状況を理解できない間も妹が睨み続けていると姉が諭した。


「エルノア、きちんとお礼は述べなければなりませんよ」


(いや、別に感情まるでこもっていないお礼とか正直要らな…)


「例えこの人の行動が薄っぺらい正義感にかられたクソみたいな余計過ぎるおせっかいで私達にとって迷惑以外の何物でもないものだったとしても一般的には助けてもらった事に分類されてしまうので、『善人ぶったヒーロー気取りみたいなクソ迷惑な偽善者的行動などとるな』と罵詈雑言を浴びせたい気持ちは私も同じですがここはその気持ちは悟られないように押し殺して、心は込めずとも一応形だけは『ありがとう』と感謝の言葉を嫌々ながらも世間的な体裁を保つためには言わなければなりません」


 陰口どころか本人前にして口にしてしまっているそれは当然大河の耳に入っており、遠回しなようでほぼ直球に言い放たれた姉の暴論の数々はどう考えてもお礼ではなく只々鬱憤晴らしの嫌味にしか聞こえなかった。


(い、言いたい事がありすぎてどこからツッコめばいいのかわからないのだが…)


「あ…あ…」


 大河が驚愕過ぎる姉の発言に唖然としているとクラリスが何とか口を動かそうとするも言葉が後に続かなかった。


(形だけでもよっぽどお礼を言いたくないみたいだな。どれだけ助けられたくなるったのだろうか?)


 大河が困惑する中でエルノアが掴みかかってきた。


「…だったのにあんたのせいで!」


(この鬼気迫る様な感じ、どうやら本当に助けられたくなかったらしい。もしかして囮捜査的なやつであの連中の組織的なものに潜入していたのか?だとしたら確かに手を出すべきではなかったし、本当に余計なことをしてしまったことになるな)


 大河にある疑問が浮かんだ。


(でも発見時は取り囲まれてたし雰囲気からしても仲間というよりは敵対してたっぽいし潜入してたのがバレた後だったように思えるけど、それでも何とか取り繕って潜入を続けようとしてたとこに俺が介入してしまったのかな?正直考えが飛躍し過ぎな気もするけど…)


 自分の考えを否定しようとするも眼前で必死の形相で睨みつけて胸元を掴んでいるクラリスを目にすると簡単にはないと決めつける事が出来なかった。


(それとももしかして自殺志願者とかで覚悟を決めてわざと連中に捕まり死を待っていたとかだったりする…のか?ありえないような話だと思うがこの子のこの必死で訴えるこの感じからしてもそんなに外れていないように思えてしまう。俺の想像が当たっているか別としても彼女らにとって俺の行動は相当良くない結果を招いてしまったのは確かなようだな)


 助ける為だったとはいえ大河は事情を知らずに首を突っ込んでしまった事を悔やんだ。もっと慎重になりいきをみてから行動すべきかどうかを判断すべきだったと反省した。


「その…すまん」


「すまんの一言で済めば苦労はしないのよ!あんたの余計なおせっかいのせいでこれまでの全てが台無しよ!」


 妹の生死をかけているかのような必死の訴えが彼女らのこれまでの努力や苦労、或いは決意を自分の行動によって踏みにじってしまったような感覚にかられ罪悪感から絞り出すように謝罪の言葉を口にし、妹はそんな彼の発言を怒涛の勢いで攻め立てた。


「後ちょっとで…後ちょっとで…」


 俯きながら涙を流し枯れるように呟くその姿に心を引き裂かれそうな痛みが生じ、胸を強く痛めた。が…


「後ちょっとであいつらに虐めてもらえたのに!」


「は?」


 予想外すぎる妹の発言によって大河は言葉を失い、一瞬何を言われたのかわからず頭の中が真っ白になった。


 

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