第26話 食事と旅行と二人の関係:旅館飯②

お風呂上がりといえばコーヒー牛乳。これは昔から変わらないものである。しかし、夕食がすぐにあるということで、僕はそれを諦めた。そしてもう一つ変わらないもの。それは……

「浴衣なんて初めて着ました!」

相葉はとくるくる回る。無防備なのか、あえて見せているのかは知らないけれど、艶めかしい脚がちらちらと見えて心臓に悪い。

僕はそこから顔を逸らしつつ、窓の外を見る。昼間はあんなに美しかった海も夜の闇の中では少しだけ恐ろしい。満月の輝きが怪しく光り、それが海の暗さをより引き立ててしまう。

「ちょっとくらいこっち見て下さいよ!」

怒ったように相葉は言葉を発するが、本気ではないだろう。

「だったら浴衣の乱れを直してくれ」

「むう……」

がさごそという衣擦れの音がして、静かになったところで僕は彼女の方を振り返る。ちゃんと彼女はしっかり浴衣を綺麗に着ていたので少し安心した。

「そろそろお腹が空いたな」

「そうですねー。ところでここの料理って……」

「ああ、普通の料理だよ。海が近いから海鮮がメインだ」

こうした港街の宿場では意外と3Dプリンターの導入が進んでいない。これは料理人の意地とか誇りとかいう問題ではなく、純粋にコストの問題らしい。海が近いからそこで海産物がたくさん取れるし、この街は農業も盛んなのだ。誰もが予想していなかっただろう地産地消の形が生まれている。もっとも、最近ではどんどん3Dプリンターの本体及び原材料の価格は下がっており、地産地消が消滅するのも時間の問題だろう。

「失礼致します。おゆはんをお持ちしました」

もしかしたら近々消滅するかもしれない、天然物の普通のご飯が運ばれてくる。

「わあ、ありがとうございます!」

相葉もうきうきしながら座席に着く。

テーブルにはぼたん鍋、白身のお刺身という豪華なものが並ぶ一方で里芋の煮っころがし、ほうれん草のおひたしなどの素朴な小皿もある。人によっては地味と笑うかもしれないが、僕はこうした昔ながらの旅館料理がとても好きだ。特に地元のものが並んでいるというのならなおさらである。

「いただきます」

まずは、お刺身。お醤油を軽く付けて一口で頂く。こりっとした歯ごたえがあり楽しい食感である。

「煮物をいただきますー」

なかなかに渋いチョイスだ。彼女は軽く迷った末にたけのこをパクリと食べる。

「んー、ちょっと甘めの味付けでいいですねえ」

「口にあったようでなにより」

僕はふつふつと音が出始めていた小鍋を開ける。暑い日に熱い鍋も悪くない。むしろ旅館で食べるという風情もあって、食が進む。

僕らはこっちが美味しい、あっちが美味しいと騒ぎながら楽しい夕食時を過ごすことができた。


食事も終わって一休み、というところで相葉が神妙な顔で僕に話しかけてきた。

「先輩」

「どうかした?」

「……腹ごなしに散歩でもしませんか」

特に断る理由もない。しかし、彼女の表情からあるような気がして、少し気後れしてしまう。

「えーっと……」

「……お願いできません?」

そこまで言われると断ることはできない。

「分かった。その辺りをぶらぶらしようか」


この選択がちょっとした……いや結構な波乱を招くのだが、起こってしまったことは仕方ないのである。

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