第25話 食事と旅行と二人の関係:旅館飯①

「すっ……ごくいい景色ですねー!」

相葉は旅館の窓を開け放して、身体を半分ほど出しながら大きな声を出す。

「……そうだね」

それに対して僕のテンションは低い。僕の一番お気に入りの旅館に泊まれたこと自体は嬉しい。天気も非常に良いから、窓から見える海も輝く太陽光を反射し美しく、申し分ない。

「正文さん、どうしたんです?テンション低いですよ?」

彼女は振り返り、窓を背に僕に話しかける。入り込んでくる風で彼女の髪がふわふわと浮き、その魅力を引き出していると思う。

「……相葉は元気でいいねえ」

「いや、もうここまで来たら楽しまなきゃ損です!」

なるほど、そのテンションの高さは、彼女も自信、緊張をほぐそうとしているからなのかもしれない。僕はため息を付いて返事をする。

「いや、だってねえ……んでしょ?」

「……イヤですか?」

「嫌じゃないけど、未婚の男女が同じ部屋で二人だよ?意識するなって方が無理だよ」

予約のミスにより、結果そういうことになっていた。他の部屋は満室、近隣の旅館も無理……不味いどうしよう、というところで「じゃあ、二人一緒で大丈夫ですっ」と相葉が宣言してしまったというわけだ。ここで強く僕が拒絶すれば良かったんだけど、彼女に押し切られてしまったのである。

「……優しくして下さいね」

右目をパチリととじて、ウィンクとともに彼女は冗談めかそうとする。

「……やめてくれ」

彼女の気持ちを――おこがましい勘違いかもしれないが――なんとなく推測している僕としてはどう反応してよいかわからなかった。

「全く……先輩!ここでこうしても仕方ないし、観光に行きましょっ」

相葉は僕の手を引っ張り外に連れ出そうとする。彼女の手と僕の手が触れ合い――少しだけ、彼女の手が震えていることに気がついた。

「……そうだな、行こうか」

それには気づかなかったふりをしよう。少なくとも、彼女はそれを隠そうとしているし、僕に対して気遣いを見せているのだ。これ以上何かを言うのは野暮になってしまう。

「案内するよ。旅館でパンフレット貰ってさ、君が気になるところがあれば適当に回ろう」

無理して僕は笑顔を見せるが、彼女もそれに答えてくれて大きく笑う。

「はいっ!」

さて、色々なことに思考が遮られるものの――とりあえず、彼女の手をぎゅと握ることから始めようと思う。


「おっきい魚ですねえ」

「そうだね。流石海沿い、見たことのない魚がたくさんいるよ」

「……美味しいのかな」

「お腹減ったの?」

ぼそりと相葉が言ったことを僕は聞き逃さなかった。彼女は照れたように「えへへ」と笑う。水族館に行きたい、ということで案内したらこれだよ。

「そのへんで軽くつまもうか」

「はいっ!」

流石に普通の食事のお店は見つけられないので、水族館の入口にあったアイスクリーム屋さんで適当に食べた。相葉は口に入れた瞬間は微妙な顔をしていたが、なんだかんだ普通に食べていたと思うので、おそらく普通の食事とプリンター料理の折り合いを付けられたのだろう。

「これはこれで、美味しい気がします」

相葉は得心がいったように頷いている。

「別に不味いものじゃないからね。実に健康的な味だけどさ」

「あー、やっぱりさっぱりがっかりという感じです」

ちょっと上手いと思ってしまった。


「でっかい!」

「そうだね。立派なお城だ」

僕らは目の前にある巨大な石垣を眺めている。上半身くらいはあるその巨岩は、いつ見ても圧倒されてしまう。

「触って良いのかなあ」

「大丈夫じゃない?」

「じゃあちょっと失礼して……」

彼女はおそるおそる、苔むす大岩を撫でる。

「うーん、岩です!」

知ってる。そんな分かりきった感想を言われても反応に困る。

3分ほどそうしていたと思ったら、僕の方をくるりと振り返る。

「……次に行きましょうか!」

相葉は満足したのか、促してくる。一つのものをじっくり眺めるのではなく、とにかく色々なものを見るタイプなのかもしれない。好奇心旺盛な彼女なのだから、そのような感じも特に違和感はないけどね。

僕は彼女に促されるまま次のスポットに向かう。


あっちこっちであーでもないこーでもないと特に意味のない雑談に興じながら観光名所を巡った。何度か訪れたことのあるところばかりだったけれど、相葉と一緒だと新鮮で、楽しかった。

結局17時頃まで歩きっぱなしだったので、僕も彼女もへろへろで帰りはタクシーで楽して旅館に戻った。

「ご飯は何時でしたっけ?」

「19時だったはず。それまでに僕は汗を流したいよ」

「あー、私もそうします。ちゃんとゆっくりお風呂に入って、脚をマッサージしないと筋肉痛になりそうです!」

彼女は脚をさすりながらそんなことを言う。僕よりも4つか5つは若いはずだろうに。

「あーそれじゃあ、行ってくるよ」

しかし、彼女のその言葉に突っ込むほど元気が残っていなかったので僕はさっさと温泉に向かった。

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