第23話 食事と旅行と二人の関係:純喫茶「もったり」謹製ホットサンド①

「……荷物多くない?」

「女の子の場合、一泊二日でもこんなもんですよ!」

僕は少し大きめのリュックサックだけ。他方、相葉は小さめのリュックにスーツケースという装備である。服装も僕はいつものように、ワンポイントの入ったポロシャツなのだが、彼女はノースリーブシャツに膝が見えるくらいの短いスカートという、まあ有り体に言えば、気合の入ったお洒落をしている。足元はヒールのないサンダルになっており、以前の反省を活かしているのかもしれない。

「えへへ、似合ってます?買ったばかりのおにゅーですよっ」

彼女はそんなことを言いながらくるりと一回転する。その勢いで少しだけスカートが持ち上がり、慌てて目を逸らす。

「……あー、とても可愛らしいと思うよ」

僕はそれしか言うことが出来なかったが、彼女は満足そうに笑っているのでいいだろう。

「んじゃあ、行こうか」

「はいっ!」


「って、『もったり』じゃないですか」

タクシーから降りて、相葉は不思議そうな顔をする。あくまで一時停止ということで、荷物はタクシーに置きっぱなしである。

「ああ、朝食兼昼食と思って波瀬さんにお願いしておいたんだ」

もったりは朝8時から。今は午前10時なのでばっちり営業時間だ。

「おはようございまーす」

挨拶しながら店内に入ると、カウンターの席に座って紙の新聞を広げる波瀬さんが出迎えてくれる。

「ああ、おはよう。準備は出来ているよ」

紙面から顔を上げて、にこやかに紙袋を渡してくれる。「もったり」のマーク(猫と犬が並んでいるもの)が付いており、中にお願いしていたものが入っているのが伺える。

「ありがとうございます」

「ありがとうございますっ」

二人で頭を下げてお礼を言うと、「なんのなんの。仕事だからね」と波瀬さんは笑う。

「今日から旅行だって?すっかり仲良くなったねえ」

「……まあ、流れで」

「えー!正文さん冷たくないです?」

「僕はいつもこんなもんだろ」

僕らのやりとりを見ていた波瀬さんは、「やっぱり仲いいね」とニコニコしている。

「旅行ってことは『あそこ』に行くんでしょう?」

「はい。年に一度は行きたい場所ですから」

波瀬さんもときどき『あそこ』を利用しているので、そんな風に聞いてくるのだ。

「いいねえ。私は、年末かなと思っているよ」

「冬のメニューもいいですよね」

「……なんか、仲間はずれにしてません?」

じろっと僕らの方を見ながら相葉はそんなことを言う。

「いや、明日のランチに予約しているお店の話さ。あんまり話しちゃうと驚きが薄れちゃうし、これくらいにしておこう」

「はーい、楽しみにしてます!」

あっさりと相葉は引き下がってくれた。

「二人とも時間は大丈夫かい?」

「ええ、申し訳ないのですがそろそろ行きます」

時間は余裕があるものの、ある程度早くに駅に着いておきたい。時間ギリギリだと落ち着かない性分なのだ。

「うん。それじゃあ、二人とも気をつけて、楽しんでね」

「はい、行ってきます」

「行ってきます!」

手を振る波瀬さんに僕は頭を下げて、相葉はびしりと敬礼する。そのままお店を後にして、再度タクシーに乗り込む。

「あ、いい匂いしますね!」

タクシーが発信するなり、相葉は鼻をくんくんと鳴らしつつそう言う。犬みたいな仕草だが、妙に様になっていてちょっとおかしい。

「本当にそうだね。お腹が空いてきちゃう」

僕は朝食を食べていないし、相葉にも「お弁当を購入して、新幹線の中で食べよう」と伝えているので同じだろう。

「中身は……サンドイッチと予想しますっ!」

びしりと、彼女は僕の鼻先に指を突きつける。名探偵のような仕草だけど、この狭い車内でそれをやるのは止めて欲しい。

「半分だけ正解かな」

僕は顔をそむけて正面をみつつ、そう答える。

「半分かあ。何なのか楽しみー」

相葉は鼻歌まで歌い出し、にこにことフロントガラスの向こうの景色を眺める。今日のタクシーは新しい型のもので、運転手席と助手席が存在しないものだ。僕らのシートからはフロントガラスを通して雲ひとつ無い空が見え、これからの旅行が実に楽しみになる天気だった。

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