第22話 お誘いとほうじ茶:甘味処「私雨」③
「お待たせしましたぁ……って、ごめんなさい。邪魔しちゃったかしら」
僕が口から答えを漏らすまさにその瞬間、翠さんがお盆に羊羹と抹茶を載せて現れた。
「あ、いや……だ、大丈夫です」
「……うぅー!」
相葉の方は見れない。絶対また不機嫌になっているに違いないからだ。翠さんが「あらあら」なんて、少しだけ困っていたので、
「気にしないで下さい」
と助け舟を出す。
「そう?でしたら、おふたりともご賞味下さい。ごゆっくりぃ」
彼女は僕らの前にお盆を設置して、また忙しそうに去っていってしまった。
「ぐぬぬ……」
相葉は女の子がしちゃだめな表情をしている。具体的には、ギラリと半眼で睨みつつ、歯を思い切り食いしばるというものだが……まあ、彼女がやる分にはどことなくコミカルな感じがあるのは否定しない。
「相葉、まあ、食べよう」
「……はーい」
ふてくされたように口を尖らせるものの、彼女は同意してくれる。二人で「いただきます」と手をあわせてから、つややかな黒茶の羊羹を竹製の二股串で切り分け、一つ口に入れる。ねっとりとした食感にすっきりした甘み。白糖は多すぎず、少なすぎずという塩梅に見事に調整されているのがよく分かる。小豆の香ばしい香りと残る皮の食感がまた楽しい。
それを飲み込み、この味が残っている間にすかさず抹茶を口に含む。小豆の香りに抹茶の爽やかな苦味が混ざり合い……大満足である。
「うん、美味しい」
口から出るのはそんな蛋白な感想だけど、色々味わった結果なのである。
「……ああ、求めていたのはこれですねえ」
相葉も先程までの珍妙な表情はどこへやら、とろけるような笑みを浮かべている。彼女がようやく落ち着いてくれたようで、一安心だ。
「美味しい?」
「はい、とっても!さっぱりした甘さ、というのはさっきのパフェと同じですが……こんなに違うんですねえ」
一口抹茶を飲み、相葉は感嘆したように言う。
「そうだね。もちろん、プリンターが悪いとかそういうことじゃないけど……」
「こっちの方が私達の好み、っていうわけですね」
さらりと相葉はそんなことをニコニコしながら言う。彼女もすっかり染まってしまったが、個人的には仲間が増えたようで嬉しい限りだ。
ニヤニヤしてしまったのを、「何笑っているんです?」なんて相葉が突っ込んでくるが、僕はそれを抑えることはできなかった。
「大!満!足!」
きらきらと笑う彼女は、とても可愛らしい。素直にそう思わせるほど、夕暮れのなかの彼女の笑顔は魅力的だ。
「それなら良かったよ」
「はい!」
私雨からの帰り道、僕らはタクシーに乗らず、腹ごなしにこのあたりを散歩していた。パフェの後に羊羹、お茶にコーヒーと結構お腹いっぱいだ。晩ごはんは食べるとしても軽いものだけにしよう。
「いやあ、やっぱりいいものですねえ」
なにが、なんて聞くまでもない。プリンター料理ではなくて、普通の料理が、ということだろう。
「……相葉」
だから僕は流れてしまった話の続きをすることにした。
「なんですか?」
彼女は僕の顔を少しだけ下から仰ぎ見る。彼女は僕が振る話題が想像もできていないようで、その様子はいつもどおりだ。
「明日からの旅行、その、一緒に行くかい?」
彼女からの返事は……ない。でも、「やったー!」なんてはしゃぎながら、そのテンションに身体を任せて僕をハグしてきたんだから、そういうことなんだろう。
そういうわけで、この夜、色々電話して予約人数を増やすのに奔走する羽目になったのだが、それは別の話である。
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