第18話 閑話:ある日の外食①

『そうか。それなら、今日はもう上がっていいぞー』

「え、まだ15時ですよ?」

『だけど、そっから帰ったら終業時間過ぎるだろ?明日から三連休なんだし、いいって』

「分かりました。それではお言葉に甘えて……外食でもしてから帰ります」

『おう、そうしてくれ。今日はお疲れ』

「はい、失礼します」

僕は上司に会議の報告を終えて通話を終了する。薄くて頑丈なデバイスを耳から離して、相葉に話しかける。

「聞こえていたと思うけど、もう上がっていいって」

相葉は「やった!」とガッツポーズをする。今日は中々の酷暑なのに、我々はしっかりとジャケットを羽織っているので、額にはじっとりと汗をかいていた。

「微妙な時間だけど、ご飯でもどう?」

「お!正文さんのオススメのお店ですか?」

相葉は期待の籠もった目で僕を見てくる。

「いや、流石にこの辺に知っているお店はないなあ」

ここは昔ながらのオフィス街。背の高いビルに囲まれており、食事処は見当たらない。それに普段はこんなところに来ないし、ある店も『早い安い』という系統のところが多く、僕の好みの食事はない。

「あ、でしたらこの辺に以前に行ったことがある甘味処があるんですよ。微妙な時間ですし、間食にどうですか?」

おそらくプリンターによるお店だろうが……相葉のオススメということであれば興味がなくもない。

「じゃあ、どこに行ってみようか。案内をお願いしても?」

「もちろん!じゃあ行きましょう!」

明日から三連休、しかももう仕事は終了。ということで、相葉は舞い上がっているのかそのテンションは高い。周りにサラリーマン風の人達がいるのに、片手を勢いよく突き立てて宣言するものだから、少しだけ恥ずかしかった。


「あ、ここですよ」

相葉の案内で地下に潜り、そのレストラン街の一画にあったのはいかにも『女性向け』という見た目の洋菓子屋だった。なにやらお洒落な店名が書いてあるが、デザインに凝りすぎていて僕には読めなかった。

「随分可愛らしいお店だ」

僕一人では間違いなく入らないし、入れないだろう。

「ここはパフェがんですよ!」

相葉はそう言いながら店内に入る。ドアの向こうは、ちょっとした異世界のようで、スーツ姿の我々、特に僕はこの空間に存在してよいのか疑問に思ってしまう。

しかし、相葉は気にした様子もなく店員に案内されるまま席の方に行くので、僕もその後を追うしかなかった。

「珍しく、私はもう決まっていますよ!」

いつもメニューに悩む素振りを見せる彼女が自信満々にそう告げる。

「へえ、何にしたの?」

「季節のフルーツパフェです!この時期のものがたっぷりなのがいいんですよー」

果たして、3Dプリンターを利用しているのなら味や季節のものなんて自由自在だ――なんて、彼女の上機嫌に水を指すような真似はできない。「へえ、じゃあ僕もそれにするよ」と軽く同意するに留める。それに、この季節らしいものを食べたいというのは全くそのとおりだ。

相葉は慣れた様子でテーブルにセットされた端末に入力していく。今日のデバイスはペンダント型のようで、首元についたそれを外し、端末に近づけ、季節のフルーツパフェとアイスコーヒーのセットを注文する。僕も自分のプレート型の端末をポケットから取り出し、同じようにする。

「そういえば三連休はどうするんです?」

相葉は水を一口飲みながら、話を振ってくる。

「僕は旅行の予定だよ。一泊二日で隣県まで」

「ええ!?」

「……なんでそんなに驚く?」

僕が旅行というのが変か?

「せっかくまたどっかのお店に連れて行ってもらおうと思ったのにぃー」

相葉は両手を前に放り出して、机に突っ伏す。そう言われても困る。僕だって予定というものはあるのだ。

「すまないが、そういうことだから」

「うう……どうせ正文さんのことだから、どっか美味しい店を紹介してくれると踏んで、三連休の予定がなくなってしまいましたよ……」

「確定していないことを予定に組み込むなよ……まあ、悪かったよ。今度、適当なお店を紹介するから」

そこまで落ち込まれると、僕が悪いことをしてしまったような気になってくる。埋め合わせ、というわけではないが気軽にそんなことを言ってしまう。

「ぜ、絶対ですよ!?」

ガバっと起き上がった彼女は、腰を上げてぐいっと僕に顔を近づけてきたので、少しだけ息を飲んでしまう。彼女の長いまつ毛と綺麗な鼻筋がくっつきそうな距離にあり、慌てて僕は顔を逸らす。

「わ、分かったから。少し落ち着け」

「え、あ!?ご、ごめんなさい……」

相葉も自分がしていることに気づいたのか、しおしおと恥ずかしそうに席に戻る。なんとも気まずい雰囲気が漂い、沈黙が続く中、それを破って店員さんがパフェを運んできてくれる。

「さ、さあ!食べましょう!」

相葉は空気を変えるように、いつもより元気にそんなことを言う。まだその顔には赤みが差しているが、僕もそれは一緒だろう。

「あ、ああ……いただきます」

それでも、いつもどおりに戻るべく、僕らは同時に背の高い豪奢なパフェにスプーンを刺し、たっぷりのクリーム付きの果物を口に運ぶのであった。


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