第17話 ピザ問答:イタリア食堂『ぐらっつぇ』⑦
『あ、頭が痛いです……』
壁に映されたディスプレイの向こうの相葉は真っ青な顔をしている。僕も結構頭痛がするが、彼女ほど顔色は悪くないだろう。昨晩、彼女はビールを数杯飲んでいたし、結局二人でワインボトルも一つ空けてしまった。そして、ビールもワインも『伝統的な製法で作られたもの』。つまり、最近の科学的製法なんてなんのその、歴史的に証明された現象に僕達は襲われているのである。
「完全に二日酔いだな……」
僕は冷蔵庫に入っていたグレープフルーツジュースをがばがば飲む。二日酔いにはとにかくビタミンCと水分だったはず……いや、肝臓を動かすためにタンパク質を取るんだっけ。頭痛に邪魔され、思考は鈍くなっている。
『うう……もう、お酒は飲みません……』
完全に相葉は懲りたようだが、酒好きのテンプレみたいなことを言われると何かの前振りのように感じてしまう。
「ま、まあしばらくは止めておこう」
『はあい……』
流石にいつもの元気はないようで、小さな声でかろうじての返事だ。
……恐らく、この様子なら彼女は帰り道のこと、特に別れ際のことは覚えていないだろう。僕のことをどきどきさせておいて、自分は亡失とはいい度胸だ――いや忘れてもらった方がいいな!
「とりあえず、今日はゆっくりするといい。僕も流石にお腹の調子も良くないし」
『いやあ、飲みすぎたし食べ過ぎたし……昨日はすごかったですねえ』
軽く笑顔を見せるその姿につられて、僕も笑ってしまう。
「そうだね。……昨日はありがとう、楽しかったよ」
『こちらこそ、楽しかったです!社交辞令じゃなくて、また行きましょうね!』
「ああ、是非行こう。お店のストックはまだまだあるから、さ」
流石に、食べすぎ飲みすぎの翌日だから、次回のお店はちょっと時間を置きたいが……彼女にお願いされたら、なんだかんだ言いながらまた行ってしまうだろうな。
気付けば、自分ひとりで楽しむはずだった『普通の食事』は彼女と一緒に楽しむものに変わりつつある。それを悪いことだとも思わないし、なんだか不思議な感じだ。
『うう……とりあえず、私は二度寝します……』
彼女は起きてすぐなのか、パジャマ姿である。はしたない、と普段なら注意しているが、彼女の状態が状態なだけにそういうことをするつもりにはなれなかった。
「ああ、おやすみ」
『おやすみなさい……って待って待って!』
「ん?どうかした?」
「先輩、昨日はありがとうございました!ゲームに困る私を助けてくれたりして……」
「まあ、僕が何もしなくても君は正解していたけどね」
流石に酔う前だったし、そのことは覚えていたか。
「それでもです!……ちょっと、かっこよかったですよっ!あとあと、背中が意外と広かったり、胸が固かったり――ハグしたことだって忘れてないですからっ」
顔色は悪いはずなのに、相葉の頬が少し紅潮していることが分かる。その言葉を聞いた瞬間、昨日のことがフラッシュバックし、僕の思考に空白が生まれる。その隙間を突かれ、僕が何か返事をする前に、相葉は話を打ち切る。
「じ、じゃあ失礼しますね!また誘って下さい、楽しみに待ってますからっ」
相葉は一気にまくし立て、ぶつんと通信が終了する。残されるのは、呆然としつつ、頬を赤く染める僕だけ。
後輩に振り回されるとは……。
昨日の彼女の笑顔や柔らかい身体、そしてそれに対するいろいろな感情が混ざり合い――最後には考えるのを止めた。酔いが残る頭で思考を回しても良い結果は生まれないに違いない。そんなのは言い訳なのは分かっているけど、今日だけはそうせずにいられなかった。
ちらりと時間を見ると、午前11時。今までの僕ならランニングでもして、どこかで外食して……という時間を送っていただろう。しかし、そんな気分になれるわけがない。
「……たまにはこういう日もいいだろう」
僕はそのままベッドルームに向かう。相葉の真似、というわけではないがたまには惰眠を貪るのもいいだろう。15分だけ、とかケチくさいことは言わず、アラームも設定せずにベッドに潜り込む。
ああ、次回の食事はどこに行こうかな。
結局、そんな無難なことを考えながら、僕は気持ちよく眠りに落ちていった。
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