第14話 ピザ問答:イタリア食堂『ぐらっつぇ』⑤

僕と相葉はグラスに注がれた白ビールを掲げて――

「乾杯っ!」

「かんぱーい、お疲れさまです!!」

かつんと音を鳴らし合い、一気に三分の一ほど流し込む。今日は特別暑かったので、爽やかな苦味のビールが非常に美味しい。伝統的な製法で作られている著名なビールで、僅かな柑橘系の香りが鼻から抜け、後味も実に爽やかだ。

「うーん、美味しいです!」

相葉もいつもよりもにこにこと実に楽しそうだ。

「久々だけど、たまにはビールもいいねえ」

「正文さんは家で晩酌しないんですか?」

「全然だ。そういう相葉は?」

「私もぜんぜんですねー。あんまりお酒って好きじゃなかったんですけど……今日はなんだか美味しいです!」

そういって相葉はぐいとビールをあおる。そのグラスにはもう半分程度しか残っていない。

「お待たせー。色々持ってきたからじゃんじゃん食べな!」

麗子さんが個室に入ってきて、通常よりも二周りほど小さいピザをどんどん並べてくれる。おそらく色々な種類を楽しめるようにと気を利かせてくれたのだと思う。

「やったあ!もう見ているだけで楽しいですね!」

相葉は非常に上機嫌で、どれから食べようかと舌なめずりしている。

「ここまで多いと迷っちゃうけど……」

普段なら遠慮してしまうが、先程の件もあるしさらにはお酒も入っているので、遠慮なんて気持ちは全く沸いてこなかった。

「オススメの照り焼きにしましょうよ!」

「おっ、いいね」

相葉は自分の分を一枚取ってから僕に皿ごと渡してくれる。僕もそこから一枚とって、二人で「せーの」なんて言いながら一気に頬張る。甘辛い醤油ベースのソースと濃厚なチーズがぶつかり合わずに引き立て合っている。

「上手い!」

「最高ですよっ!」

そして二人でまたビールをあおる。ピザ、ビール、ピザ、ビール……と繰り返せば、無限に幸せを噛み締められそうだ。

「あっと、無くなっちゃいましたぁ」

僕はまだ半分ほど残っているが、相葉はもう飲み干してしまったようだ。

「ペース早いけど、そんなにイケる口だったの?」

相葉とこうしてお酒を酌み交わすのは初めてなので、彼女が強いかどうかも知らない。

「えへー、そうみたいですね」

「そうみたいって……自分の許容量とか把握していないのか?」

「そーいうのは、普段、個人端末に任せっぱなしですからねぇ」

彼女はそう言って左手首について、ワンピースとおそろいのターコイズブルーのブレスレットをひらひらと見せてくる。

「ああ、なるほどね」

確かに、個人端末で管理すれば飲みすぎることもないし、そもそも最近のお酒は改良に改良が重ねられ、仮に飲みすぎても地獄のような二日酔いに襲われることもない。

……なにか忘れているような気がしたが、お酒で鈍り始めている僕の思考回路では思い出すことはできなかった。

「もう一杯いっちゃいますけど、正文さんもどうです?」

「飲み干してからにするよ。それよりも、この『納豆チーズピザ』を食べてみるべきかどうかが問題だ……」

見た目も匂いも異彩を放つ一皿に顔を近づけて、僕はそいつとにらめっこする。実験的な新商品だと思うし、麗子さんだって試食くらいはしているはずなのだが……。

「せんぱぁい、こういうときは……とりあえず行ってみてから考えましょう!」

相葉は無責任に「ごーごー!」なんて囃し立てる。普段なら嫌な顔の一つでも返している僕だが、お酒の勢いというやつで、それを一口かじってみる。

「……」

「どうですか?!」

「まあ……美味しくなくはないけどさあ、やっぱり納豆にはご飯かなあって」

「うーん、やっぱりそうですよねえ……いや、でも『ピザに納豆は合わない』という新しい知見を我々は得たのです!人類の進歩万歳なのですよ!」

「君は食べてないだろっ!」

そうやって我々はぎゃぎゃあと大声で話し、笑いながらピザを食べて、お酒を飲み、大いにこの宴を楽しむ。

麗子さんが言うところの『食事は大声で笑いあって皆で楽しむもの』という理念に共感こそしていたが、実感は伴っていなかった。しかし……彼女の理念がようやく身体に染みてきた。目の前の相葉は本当に楽しそうで、僕も同じように笑っているだろう。そんな状況での食事は、改めて言うまでもなく、最高に楽しかった。

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