第13話 ピザ問答:イタリア食堂『ぐらっつぇ』④
僕らは暖簾をめくって室内に戻る。
「相葉、正解したよ」
「おお!流石ですねえ」
相葉はそう言って感嘆する。
「麗子さん、そういうわけですからうちの後輩にこういうことするのは金輪際止めてくださいね」
「まったく、お嬢ちゃんは大事にされているねえ」
「えへへ、そうですかねえ」
相葉は少しだけ顔を紅潮させて、嬉しそうにはにかむ。対して、少しバツが悪そうにしながら、麗子さんは謝り始める。
「お嬢ちゃん、悪か……」
しかし、それを遮るように相葉は――調子を取り戻したように――元気な声を出す。
「はい私も答えます!」
「え?」
僕は虚を突かれたように、素っ頓狂な声を出してしまう。
「二枚目の方が美味しいです!」
自信たっぷりというわけではなさそうだが、少なくとも答えに迷っているわけではない。それが彼女の雰囲気から察せられた。
「お?」
予想外の答えに、麗子さんは謝るのも忘れて驚きの声を上げる。
「……」
答えは合っている。どうしてその結論に至ったのか僕は気になってしまった。これじゃあこのゲームを仕掛けてくる麗子さんと同じ穴のムジナだが、聞かずにはいられない。
「ちなみに、どうしてそう思ったんだい?」
相葉は右手の人差し指で自分の唇を触りながら、言葉を選ぶようにしつつ語り始める。
「んー……何となくですけど、こっちのほうが柔らかい感じがするのと、ソースの味が複雑な気がしました」
「へえ」
奇しくも、僕が着目したところとちょうど同じ。しかも、僕は3Dプリンターによる料理の特徴を知っていたという前提条件があったが、彼女はおそらく知らないだろう。それなのにちゃんと当てているのは凄い。
「って言いましたけど、実はほとんど後付けでして……」
感心したのも束の間、えへへ、と相葉は頭をかいてそんなことを言う。ど、どういうことだ?
「本当は左の方が温かい感じがした、っていうのが一番の理由です!」
抽象的、感覚的な味覚や嗅覚を超えた感想。しかし、彼女は推論の最も強い根拠をそこに置いているようだ。
「温かい?」
「はい。しっかり丁寧に作って、愛情が籠もっているようなそんな気がします!……だ、駄目ですか?」
僕らの反応が薄く、話しているうちに自信が無くなったのか、最後の方は小声になっていた。
「相葉」
「は、はい」
「君はすごいな」
心からそう思う。美味しいとか不味いとか、そういうことよりも大切な何かを彼女から教わった気がしてならない。本当は忘れてはいけないそういう感覚を、僕はいつの間にか捨てつつあったのかもしれない。
「えぇ!きゅ、急に褒めないで下さいよ!」
もうっ!なんて言いながら彼女の顔は少し紅潮して、手を団扇のようにして顔を仰ぎ始める。
「いや、本当にさ。最初は成り行きで君と食事に来るようになったけど……うん、本当に良かった」
ついついそんなことを言ってしまうが、最初は張さんの料理を『雑な味』とか言っていた彼女がそういう答えを言ってくれて、僕は本当に嬉しかったのだ。
「せ、せんぱい……あのっ」
相葉は少し目をうるませながら、さらに言葉を続けようとしたが、それは大きな笑い声に遮られてしまう。
「……ぷっ、あははははは!いやあ、アイリちゃんもやるじゃないか!二人とも良いコンビだよ!ゲームは私の負けっ」
麗子さんは爆笑で目尻に涙を溜めながら、降参したように手を上げる。
「それじゃあ、私のは正解ですかっ!?」
「ああ、正解も正解、大正解さ。その答えとお詫びも兼ねて、今日は私のおごりだよっ。好きなものを注文してくれ」
白い歯を見せ、実に楽しそうな麗子さんは太っ腹なことを言う。そして、「じゃ、すぐに準備するからっ!」と言って、ピザが乗った皿を持って退室していった。
「やったあ!でも、あんな答えで良かったんですかね?」
相葉は首をかしげつつ僕に質問してくる。僕の返答はもう決まっている。大切なものを思い出させてくれた彼女に、僕はこう告げる。
「ああ、最高の答えだったよ」
「えへへ、やったね」
照れ笑いを浮かべる彼女を見ていると、僕も嬉しくなってきた。
「よしっ、麗子さんの奢りみたいだし、せっかくだからお酒も飲まないか?」
めったに飲まない僕だが、今日はそういう気分だった。彼女とお酒を楽しみたい、そう素直に思った。
「あ、いいですねぇ!ワインとか行っちゃいましょうよ!」
「よし!お店の流儀にしたがって、今日は食べて飲むぞ!」
「おー!!」
僕らは無意味にハイタッチしつつ、テンションを上げていく。夜はまだ始まったばかりだけど、楽しくなるのは間違いない。
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