第12話 ピザ問答:イタリア食堂『ぐらっつぇ』③

相葉はうーんと唸りながら「……どっちのピザも美味しそうですけどねえ」なんて呟く。

「まあまあ、まずはお嬢さん。お先にどうぞー」

きっと玲子さんはにやにやといたずらっぽく笑っているのだろう。その光景を想像して、少し腹がたった。せっかく『普通の食事』を楽しみ始めた後輩に、水を差すような真似は本当にやめてもらいたい。

「えっと、じゃあ……右のものから」

戸惑っているのだろうが、彼女の方からピザをかじる音がする。

「んー……まあ、もう一つも」

僕はこのゲームの趣向を知っている。しかし、それを知らない彼女がこれをクリアするのはハードルが高いだろう。案の定、彼女は「うーん……」と迷っているようだ。

相葉が眉尻を下げつつ、困った表情をしているところを想像して、僕はもう我慢ならなかった。

「相葉!僕に食べさせてくれ」

思ったより大きい声が出ていたようで、相葉は「は、はい!」なんて驚きながらピザを食べさせてくれる。

「……」

ゆっくり咀嚼して、そのピザの食感、香り、そして味を口腔内で確認する。

「次を」

最初の一口を飲み込み、それを忘れないうちに次のものを催促する。相葉もすぐにさっともう一枚を食べさせてくれた。

……なるほど。

「麗子さん。最初のが……」

「おっと、それは暖簾の向こうで聞かせてもらおうかな。君の舌が鈍っていないか楽しみだよ」

今度ははっきりムカついた。人の後輩をからかいながら何をしてやがるんだ、こいつは!

僕は両目を抑えている彼女の手を振り払う。そのとき相葉が戸惑ったような、どうしたらいいか分からず、眉尻を下げているのが目に入り、僕の中にさらに燃料が注がれる。

「ごめんね、さっさと正解してくるからちょっと待ってて」

「は、はい!」

相葉にそう告げてから勢いよく立ち上がり、僕は個室の入口に移動した。

「さあて、答えは?」

すぐに暖簾をめくってこちらに来た麗子さんのニヤついた表情を前に、僕は無表情で答える。

即答してやった。合っているだろうか、なんて不安は微塵もない。

「その根拠は?」

ほう、と感心したようにもらしてから彼女はさらに答えさせようとする。

「最初のものの方は口の中にほんの少し刺さるような感触があって、食感が荒い。これは3Dプリンターから抽出された食べ物の原料である『フードパウダー』が立方体型りっぽうたいがたの粒状であることが要因だ。もちろん、麗子さんがちゃんと調節しているから、味は悪くないけど。対して左は滑らかな小麦の食感。加えて、今朝挽いたばかりなのでしょう?以前に食べたものよりも、さらに小麦の芳醇な香りがします。ソースのトマトは日本のものとイタリアのものを混ぜている。そして、そのシンプルなソースの肝として隠し味に……」

ここまで言う必要は絶対にないのだが、苛立ちを言葉に変換するように僕は彼女に早口で捲し立てる。それを聞いていた麗子さんは慌てて僕の言葉を遮る。

「も、もういい!合ってるから!」

彼女のそんな表情を見て、僕は少し溜飲が下がった。

「まったく……せっかく目隠しまでしたのに、食感だけで3Dプリンターかどうか分かるのかい!」

呆れたように彼女は髪の毛をかきあげる。多分普通の人は分からないだろうが、大学生の頃に3Dプリンターとその原料を色々調べつつ、じっくり比較したことがあるのだ。そして、彼女が僕に目隠しさせた理由は、ピザの表面やその欠片を目を凝らしてよくよく見てみると、3Dプリンターの素材元であるフードパウダーのもう一つの特徴――立方体に集積しやすいというものが現れているからだ。これを確認してしまうと、食べる前に答えが分かってしまう。

「……連れがいるんですから、こんなことしないでくださいよ」

僕はむすっとそんな事を言う。彼女のゲーム。それは『3Dプリンターで作ったものと手作りのものを混ぜて提供する』というもの。厳密に考えると、色々な許認可的に不味いようだが、彼女はゲームにご執心なのだ。今回のもそれの亜種である。

「全く本当に恐ろしい子だねえ、アンタは。これ以上聞いていたら秘伝のトマトソースのレシピまで話しだしそうだ」

「レシピが分かったとしても僕には再現できません。それこそ、すばらしいあなたの腕のおかげです」

少し落ち着いた僕は、一応彼女の腕を褒めておく。実際、彼女の腕は確かなものなので、こういうゲームをしなければもう少し頻繁に通うのだけど。しかし、僕が怒っているのをみて、麗子さんはがしがしと頭をかいて少し申し訳なさそうにする。

「はいはい、ありがとよ。ま、アンタの連れには悪いことしちゃったね。お詫びに今日はおごりにするから、機嫌直してくれよ」

「相葉にちゃんと謝ったら直します」

僕の言葉に、麗子さんは苦笑して、「分かっているよ」なんて言う。


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