第11話 ピザ問答:イタリア食堂『ぐらっつぇ』②

店内はざわざわ、がやがやと大変繁盛している。男性客が若干多いようだが、仕事帰りのサラリーマンかどうかは分からない。今どきスーツでネクタイを緩める人達なんてそんなにいない。その他には家族連れ、大学生らしき若者、カップルなどなど様々な人がいるが、みな一様に笑顔でピザを楽しんでいる。

「マサ、久しぶり! いらっしゃい!」

白シャツにベージュのエプロンの女性が僕を見るなり笑顔で出迎えてくれる。張さんと同じくらいの年齢で、長い髪を後ろできつくキュッとまとめている。

「麗子さん、こんばんは。ご無沙汰しています」

店主の村丸麗子むらまるれいこさんだ。イタリア人のお父さんと日本人のお母さんのハーフで僕と同じくらい背が高い。彼女はいつも大きく笑っていて、実に闊達な女性なのである。

「おっと、そちらが連れのお嬢さんだね。初めまして、ここの店主の村丸麗子だ。よろしく!」

がははと豪快に笑いながら麗子さんは相葉に握手を求める。予約のときには二名で行きます、と連絡していたのだが、どうやら女性連れと読んでいたようだ。

「初めまして、相葉アイリです。よろしくお願いします!」

相葉もがしっとそのを掴み、返事をする。

「可愛らしいお嬢さんじゃないか!正文も隅に置けないねえ」

「そういうのはいいです。適当に座っていいですか?」

そういういじられ方は結構だ。僕は適当にスルーして、座れる席を探す。

「いんや、個室を使っていいよ。あっちにあるから」

麗子さんが指し示す方を確認すると、確かに奥へと続く道がある。僕と相葉は一瞬だけ視線を合わせてからそちらに向かった。


暖簾をめくってみると、そこには半個室のこじんまりとした席があった。三人ならぎりぎり、四人だと肩同士がぶつかるというサイズ感だ。もっとも、わりとちゃんとしたテーブルと椅子があるので、僕と相葉の二人ならちょうどよく使えそうだ。相葉を奥の席に座らせ、僕は手前の席に座る。

「うーん、なんだかイタリアンというよりは居酒屋っぽい雰囲気ですねえ」

相葉は早速手元のメニューを見ながら呟く。

「そうだね。気取ったイタリアンじゃなくて、あくまでお酒を飲みつつ、ワイワイ楽しく食べられるように、っていうことらしいよ」

僕ももう一つのメニューに目を落としながらそう返答する。今日のおすすめは……照り焼きチキンのピザか。店主の方向性を如実に現した、実にお酒が進みそうなメニューである。

「えー、メニューがたくさんありすぎて選べないんですけど!」

相葉はばっと顔を上げてすがるように僕の方を上目遣いで見てくる。

「ほんとに多いな。僕が前に来たときの1.5倍くらいになっているような気がする」

確かに、元から実験的なメニューに挑戦する気風のある人だったが、さらにそれが加速しているようだ。『納豆チーズピザ』という変わり種に目が持っていかれるが、絶対に注文してやらん。

「まあ、お腹の具合を見つつ適当に食べよう。ここのは小さめのを出してくれるし、ハーフアンドハーフにすれば色々な味を楽しめると思うよ」

「あ!いいですね、それ!」

テーブル席の方から聞こえてくる大きな声たちに負けないように、僕らも大きめの声で話す。

と、そこに麗子さんが水と二枚の皿を持って現れた。当然ながら、まだ注文はしていない。その皿を見た瞬間、嫌な予感に襲われる。

「麗子さん、それは……」

「はい、正文は見ちゃ駄目ー」

僕が訪ねようとした瞬間、さっと机の上にピザを置いてから、麗子さんは後ろから僕の両目を掌で塞ぐ。「むっ……」という声が正面から聞こえて来たが、僕は嫌な予感が確信に変わりため息をつく。

僕が指摘する前に、麗子さんは話し始める。

「さあて、二人とも今日は来てくれてありがとう!早速メニューを……と言いたいところだけど、ちょっとだけゲームに付き合ってもらおうかな」

「ゲーム?それにこの二枚のピザはなんです?」

相葉は少し棘のある声で麗子さんに尋ねる。

「ゲームの内容は……『どっちのピザが美味しいでしょうか?』というものさ!」

それに対して、麗子さんは実に楽しそうだ。ああ、麗子さんの悪い癖だ。こんなことをしているから張さんと犬猿の仲なのだと言うのに、彼女はやめるつもりが全く無いようだ。


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