第10話 ピザ問答:イタリア食堂『ぐらっつぇ』①
『ピザが食べたいです!』
相葉は壁に映し出されたモニターの向こうで力強くそう言う。終業時間ぎりぎりに『すいません、個人的に相談したいことが……』なんてメールを送ってきたから、私的な連絡先を教えて、慌てて対応したのに……。
「え、個人的に相談したいことってそれなの?」
僕は呆れてついそんな口調になってしまう。
『はい!正文さんオススメのぴっつあが食べたいです!』
相葉は実ににこやかだが、僕は多少ぶっきらぼうになってしまう。彼女と食事に行くこと自体にはもはや抵抗は全然ないのだが、今週の月曜日に行ったばかりだ。明日からまた土日休みとは言え、流石にペースが早すぎないだろうか。
「確かにいいところはあるけどさあ……」
『えー、じゃあそこに行きましょうよ!』
彼女は押せ押せムードだ。ここに張さんがいたら『鉄は熱いうちに打て!』とか絶対に言っているに違いない。
頭の中で今週のカロリー収支を計算し、土日でランニングを長めにとると……まあ、全然問題ないな。
僕はため息をついてから彼女に答える。
「分かったよ。でも、電話してみて無理だったらまた今度ね」
『いやったあ!ありがとう正文さん!』
その後、明日土曜日の夕方に待ち合わせることだけ決めて、通話は終了した。
まあ、いいや。とりあえずお店に電話してみよう。デバイスを通じて登録している番号を呼び出し、ディスプレイにお店の主人の顔が映し出されるのを待ち――。
「おつかれさまでぇーす」
相葉はお洒落な格好に身を包み、僕に向かってびしっと敬礼する。国外の海を切り取ったような爽やかなターコイズブルーのロングワンピースに見を包み、足元には少し厚底のサンダル。その色は実に彼女に似合っていて可愛らしいのは間違いない。
しかし、なんとなくそれを素直に褒める気分にならず、僕はいつもどおり対応する。
「おつかれ。随分早い到着だね」
「いやあ、先輩を待たせるなんて不躾なことできませんって!……まあ、楽しみでつい早くに着いちゃっただけなんですけど」
彼女はおどけるように舌を出して笑う。どうしてこの子は、子供っぽい表情がこんなに似合うのだろうね。
「そっか、待たせてごめん。ちょっと早いけど移動しよっか」
「はーい」
時刻は16時半。ここから軽く歩いて17時前には着いてしまうだろう。予約は夕食にはちょっと早い17時過ぎ。どうやら繁盛しているようで、この時間しか予約がとれなかったのだ。
「今日のお店はどんなところなんです?」
「本格的なピザのお店。張さんが『日本であんな窯を設置している馬鹿はあいつしか居ない』と苦笑いされるような店主がやっているところ」
「張さんのお墨付き!」
「いや、二人は犬猿の仲に近いんだけどね……料理人としてはお互い認め合っているんだけど、なんか相性が悪いみたい」
二人は顔を合わせればお互いに文句を言い合う。やれ『中華は雑すぎる』だの『イタ飯なんかトマト載せときゃ満足なんだろう』とかそんな感じだ。まあ、お互いのお店に結構顔を出しているみたいだから、本当に仲が悪いわけじゃないんだけどさ。
「へえー、それはそれでどんな感じか楽しみですねえ」
分かったような分かっていないような口調で相葉はぼんやりと言う。
「腕は確かだから」
「正文さんオススメならなんの心配もないですねっ」
にこにこ、あっけからんと相葉は笑う。いつの間に彼女からそんなに信頼を勝ち得ていたのやら。まあ、悪い気はしない。
そんな感じで雑談をしながら僕らは店に向かって歩く。履き慣れていないサンダルなのか、彼女はいつもよりゆっくり歩くので僕もそれに合わせてのんびり歩く。
結局、予想よりも少し遅い17時丁度に店に着くことになった。
「い、イタリア食堂?」
相葉はびっくりした表情で店の名前を読み上げる。そのお店の外観はどうみてもレトロレトロな大衆食堂といった感じなのだ。おそらく一見でここに入ろうとするのはよほどの物好きだろう。
「イタリア食堂『ぐらっつぇ』。ちゃんとしたところだから大丈夫」
「うー、正文さんと一緒じゃなきゃ絶対入りませんね……よしっ、行きましょう!私の口の中は完全にピザなのです!」
彼女は勢いよく、その扉――若干立て付けが悪くて、ボロいやつ――を勢いよく押し開けた。
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