第9話 カフェ訪問:純喫茶「もったり」⑥
ゆっくりと、その柔らかな感触を楽しみつつスプーンを沈め、一口だけすくう。こいつをどうしてやろうか……と一瞬だけ考えて一気に口に運ぶ。その瞬間、濃厚な栗の味が口に広がり、幸せを届けてくれる。
それを堪能してから、少し濃い目に淹れられているコーヒーを飲み、その奇跡的な組み合わせに心から感謝する。
「……そんな顔できたんですねぇ」
ちょっと呆れたように相葉は僕の方を見つめている。
「へへへへ、このモンブランとコーヒーの組み合わせはほんとーに最高なんだよねえ」
「えぇ……キャラが全然違う」
「ははは、相葉さん。正文君はこれを食べるといつもこうなんだよ」
波瀬さんは苦笑しながらそう解説してくれる。オムライス、コーヒー、そしてこの……モンブラン。波瀬さんが作っているのではなく、とある変わった名前のお店から仕入れているらしい。これらの三点セットを楽しむためにここの店に通っていると言って過言ではない。
「うんまぁ……」
自然と僕の広角は急上昇。にっこにこで少しずつケーキを堪能する。
「……かわいいとこあるじゃん」
視界の端で、かすかに笑った相葉の姿が目に入ったような気がするが、今は些事である。僕にとってはこのケーキこそが大事なので、食べることに集中しよう。
「あー大満足です!」
『純喫茶もったり』を出て開口一番、相葉は両拳を天に突き上げてそう言った。
「楽しんでくれてなによりだよ」
僕も久々のモンブランを堪能し上機嫌だ。
「しかし、コーヒーってあんなに美味しいものなのですね……あの、香ばしい、その……上手く説明出来ません!」
彼女のボキャブラリー不足は相変わらずだが……
「美味しかったならいいでしょ?」
「それはそうです!」
今日は細かいことを考えるのは止めだ。料理の本質は『美味しくて楽しいこと』。波瀬さんが改めて示したそのことを噛み締めれば良いのである。
「ね、正木さん……いや正文さん!」
「急にどうしたの?」
「親しみを込めて、です!次はどこに連れて行ってくれているんですか?!」
『ワクワク』という擬態語をこれでもかと全身からほとばしらせている相葉。その表情を見てしまったら、次なんてないよと伝えることはできない。それに、少しだけ、こうやって誰かとわいわい普通のご飯を食べに行くというのも悪くない、と思うようになっていたのも事実である。
「……そうだね。まあ次は……」
少し思案する。あそこがいいか、こっちがいいかなんて考えて、僕もワクワクしてくる。
「次は……どこなんです!?」
「……とりあえず」
「とりあえず?」
「午後からの仕事を終えてから考えるよ」
「……忘れてた」
相葉は一気に絶望した表情へ転落する。僕も全く同じ気持ちだ。これだから午前休みは嫌いなのだ。
「まあ、次があるって言ってくれただけでも良しとしましょう!午後からも頑張るぞー!」
「君は本当に元気だねえ」
彼女の元気に当てられて、僕の口元に笑顔が浮かぶ。ああ、こういうのも、本当に悪くないな。
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