第7話 カフェ訪問:純喫茶「もったり」④
「おまたせしました」
キッチンからトレーを持った波瀬さんが戻ってくる。起用なもので両手にトレーを持っても抜群の安定感である。流石に雑誌を読むのにも飽きていたので助かった。
「当店おすすめの『オムライスプレート』になります」
そこに載せられていたのはシンプルなオムライス。黄金色に輝く卵がしっかり焼かれ、美しい丸い形に整えられている。上には波瀬さんオリジナルのトマトソースが掛けられており、黄色との組み合わせが実に色鮮やかだ。そして、その横にはちょこんとオニオンリングとマグカップに入ったスープが添えられており、箸休めに非常に丁度いい塩梅。
そのプレートが二つ運ばれてきたのを相葉は確認して、目を丸くする。
「正木さんと同じ?」
「そう、正文くんの大好物の一つがこのオムライスなんだ」
波瀬さんが我々の前にプレートを並べながら余計なことを言う。
「へえー、意外と可愛い食べ物が好きなんですねえ」
「ニヤニヤするな。別にいいだろう、オムライスが好きだって」
ちょっとだけムッとして、語調が強くなってしまう。しかし、相葉は全く気にしていないようで、「悪いなんて言ってないですよぅ」なんて言いながら、口の端をニヤついていた。僕はそれを無視するように、「いただきます」と言ってから、目の前のオムライスを口に放り込む。滑らかさを感じる卵の油分とさっぱりしたケチャップライスは口の中で撹拌し、混ざり合う。しっかり火の通された人参と香ばしいみじん切りの玉葱が楽しい食感を生んでおり、口に入れているだけで幸せな気分になる。
「どうかな?まだ私の腕も鈍っていないだろう?」
おどけたように波瀬さんは僕に笑いかけれる。
「この美味しさは波瀬さんにしか作れませんよ。いつもどおり、とっても美味しいです」
先程の不機嫌はどこへやら、僕は笑顔で感想を伝える。僕自身も自宅で何度と無くオムライスに挑戦しているが、どうしてもこのような味にはならない。平均点以上のものを作ることはできるのだが、一体何をどうしたらこの絶妙なバランスが生じるのか……おそらく経験とか直感とかそういった、まさに「料理人の腕」というものの違いなのだろう。やはり、波瀬さんも本物なのだ。
「うーん……」
そんな中、一口食べから相葉は不思議そうな顔をしていた。こんなに素晴らしいものを食べて、こいつはなんでそんな顔をするのか。しかし、美味しくないとかそういうわけではなさそうで、彼女はまた一口、また一口と食べて、今度は首をひねり出した。僕はそんな彼女の仕草に我慢ができなくなり、尋ねる。
「相葉、どうしたんだ?口に合わないのかい?」
僕の声に少し含むものを感じたのか、相葉は少しわたわたとし始める。
「あ、ご、ごめんなさい!すっっごく美味しいです!でも、なんというか……懐かしい感じがして」
「懐かしい?」
僕はあまりに予想外な答えにきょとんとしてしまう。
「はい。こういう硬めの卵のオムライスは初めて食べたはずなんですけど……なんででしょう?」
なるほど、それで不思議そうな顔をしていたのか。
「それは……どうしてだろう?」
全然理由は分からない。一番あり得るのは相葉も覚えていないくらい子供の頃に食べているという線だが、真実は闇の中である。
「ふふふ、まあいいじゃないですか。私としてはその不思議さを引き出すことができただけで、料理人冥利に尽きるというヤツですよ」
そんな僕らの様子を見ていた波瀬さんは本当に嬉しそうにそんなことを言う。
「いいんですかね?」
「いいんですよ。料理は美味しいのが一番。今回は美味しさにプラスアルファ、つまりある意味での『体験』が付加されたのですから、とっても良いことです」
波瀬さんは自信満々に断言する。
「そしてそんな相葉さんには……この後もう一つの『体験』をプレゼントしましょう」
波瀬さんはいたずらっぽい顔でそんなことを言うが、僕と相葉は二人で顔を見合わせて、一体何があるのかと疑問で顔をいっぱいにするしかなかった。
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