第6話 カフェ訪問:純喫茶「もったり」③


相葉と連れ立って雰囲気のある喫茶店に入る。ドアをくぐった先には8席あまりのカウンターと二人がけテーブルが4つというこじんまりとした室内。壁面には趣味のいい絵画や開店当時であろう、似合わない口ひげを生やした男性と品の良い女性が仲良く店の前で立っている写真などが飾られている。

「いらっしゃいませ……おお、正文君、こんにちは」

カウンターに居たのは真っ白な髪に口ひげ、のりのきいたカッターシャツにベストとタイを合わせた壮年の男性。室内には彼だけで、お昼時というのにガランとしている。

「こんにちは、波瀬さん」

「こ、こんにちは!」

彼はにっこりと柔らかい表情を浮かべて出迎えてくれる。

「ははあ、こちらの彼女が例の女の子だね。ここの店主の波瀬是人はぜこれひとと言います」

と言うのが気になるが、恐らく張さんがあることないこと吹き込んだのだろう。ご近所さんだから、張さんや花さんに言ったことは大体波瀬さんにも届いているという構造なのだ。

「はじめまして、相葉アイリです。今日はよろしくお願いします!」

「若い子は元気でいいねえ。さ、カウンターにどうぞ」

室内には僕達以外の客はおらずテーブル席も空いているが、あえてだろう、彼はカウンターを手で指し示す。僕らはそこに座り、メニューを広げる。しかし、僕はそれに目も向けず、相葉に水を向ける。

「相葉はどうするんだい?」

「もう決めたんです?!」

「ああ、食べたいものがあるからね」

一番気に入っているプレートがあるので、ここのお店に来ると決まった段階でそれを食べることしか頭に無かった。

「ちなみにそれは……」

「食べたいものを食べた方がいい、僕のオススメじゃなくてね」

「む。それはそうです。えーと、うーん……」

天人五衰でも思ったが、相葉は意外と選ぶのに時間がかかる。まだまだ時間的な余裕があるとは言え、待っているのは暇なものだ。と、そう思っているところで、波瀬さんが助け舟を出した。

「相葉さん、もし嫌でなければお店の一番オススメのメニューがありますよ」

「え、それにします!」

オススメが何なのか聞く前に彼女は即断してしまう。こっちは決断力があるのか。なんだかちぐはぐな印象なように思える。そのオススメメニューについてちょっと聞きたいことがあるが……まあ、いいか。

「正文くんもいつものやつでいいんだよね?」

「はい。コーヒーは食後でお願いします」

「了解。お嬢さんも同じタイミングでいいかな?」

「はい!私もオススメのやつ、いつもの感じでお願いします!」

君はここに来るのは初めてだろうに。覚えたばかりの単語を使いたがる子供のように、堂々と彼女は宣言する。

「ふふ、面白いお嬢さんじゃないか。なあ、正文くん?」

「僕に同意を求めないで下さい」

「つれないねえ。じゃあ、作るから少々待ってくれ」

そう言って波瀬さんはキッチンの方に消えて行く。昼間はバイトもいないのか、僕と相葉だけでこの空間を占有することとなる。

「いやー、漫画とか小説の中に出てきそうな店主さんですねえ」

相葉は感心したようにキッチンの方に視線を送る。

「ま、ね。あそこまで白いシャツを着こなす男性は波瀬さん以外には知らない」

本当は張さんも白シャツが抜群に似合うのだが、彼の場合、ちょっと違う方向性を向いたなので、あまり言及しないようにする。

「あ、紙の雑誌なんて珍しい!」

相葉はスツールからばっと立ち上がり、壁際にあったブックスタンドから3冊ほど雑誌を持ってくる。物珍しさからとりあえず持ってきたという感じで、アウトドア、喫茶店特集、女性誌というまるでまとまりのないラインナップとなっている。

「流石に僕も書籍とかの類は電子媒体だなあ」

喫茶店特集の雑誌を受け取り、ぱらぱらとめくる。『ここの喫茶店にはこんなにすごい3Dプリンターが導入されています!』、要するにそういう話が華美な装飾と持って回ったような文句で記載されている。正直つまらないが、少なくとも時間を潰すことはできそうな内容ではあった。

ちらりと相葉の方を見ると、「しんせんしんせんー、って新鮮だあー」などと謎の鼻歌を歌っており、随分楽しそうである。

彼女の言う『レトロレトロ』というのは、紙の書籍類、CDなど2000年前後に流行ったもの、一般的だったものを指す昨今の流行語だ。古いものが逆に新しい、とかいうことらしいが、あまりついていけない感覚だ。まだまだ若いつもりだが、いつの間にかすっかり流行り物に疎くなっているようだ。

少し悲しくなったので、僕もこのな書籍を楽しむことに努めよう。『努める』と考えている時点で違うのだろうが、気にしないでおこう。


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