第5話 カフェ訪問:純喫茶「もったり」②

「うーん、美味しかった……と思います」

相葉は餃子と春巻きの定食をすっかり平らげていた(ちなみに昨日のお詫びとして春巻きを一つくれたのでありがたく頂戴した)。

僕の食べた中華粥もしっかりした味わいの鶏ガラスープ――肉の残った鶏の骨にたっぷりの生姜と長ねぎ、人参とかの野菜くずを煮込んで作っているとか――をベースに万能ねぎと鶏むね肉をちらしているものだ。わずかに垂らしたごま油の香りが鼻孔をくすぐり、付け合せのザーサイと合わせて大変美味しく食べられた。

二人でランチのおまけについてきた杏仁豆腐をつついていると、キッチンから出てきた張さんが話しかけてきた。

「おう、二人共二日連続でありがとよ」

「いえ、いつもどおりとても美味しかったです」

「あ、私も美味しかったです、多分」

『多分』とかつけなくていいのに。一応フォローしようかな。先程相葉と話していた内容を簡単に伝える。

「俺には難しいことは分からんが、嬢ちゃんがこうやって手料理に興味を持ってきてくれるだけで料理人としては嬉しいもんだ!」

別に僕がフォローする必要もなかったようで、相葉の発言を気にした風もなく、張さんは豪快に笑う。

「し、失礼しました……」

相葉は恐縮そうに縮こまっている。いたたまれなかったのか、「ちょっとお花を摘みに……」と行ってしまった。

「正文」

「なんですか、改まって?」

張さんは僕の方を真剣に見てくる。急にどうしたんだ?

「あのお嬢ちゃん、に引き込もうぜ」

。つまり普通の手料理を楽しむ側に、ということだろう。

「張さん、前にも言ったとおり僕は個人食やフードプリンターを否定するつもりは全く無いんです。むしろ、健康の面からするとそっちの方が圧倒的に優れていると思っています」

僕は決り文句のような発言をするが、つまらなさそうな顔をしてしまうのは止められなかった。

「まあまあ、それは俺も他の皆も分かっているさ。でも、そう言いながらお前はフードプリンター使ってねえし、ウチに結構来てるだろ?」

「……それはそうですけど」

「お嬢ちゃんはこのままだと、何度かは来てくれてもそのうち飽きて来なくなるのは明らかだ。ウチみたいな中華は毎日食うようなもんじゃねえし、人間はいろんな種類の飯を食ってこそだ。で、試しに他の店にも連れて行ってやれば、もしかしたらこっちの道にも入ってくるかもしれん。それはオレたちにとってはすげえ嬉しいことだ」

もちろん最終的にはあのお嬢ちゃん次第だけどな、と張さんは付け加える。張さんとしてもフードプリンターにより手料理が駆逐されかねないという現状を憂いているのだろう。彼は今どき珍しい、本物の料理人なのだ。

僕としても、そのような憂いを持っていないと言ってしまうのは明白な虚言になってしまう。

「……分かりました。誘うだけ誘ってみますよ」

張さんの性格は良く分かっている。このまま話していてもゴリ押しされてしまうだろう。早々に諦めて、僕はとりあえず了承した。

「おお、流石正文だ! お前にばかり負担をかけるのもアレだし、一軒目は波瀬はぜのじいさんのところにしろよ」

「ああ、確かにそれでいいかもですね」

正直、気乗りはしないが、張さんの真剣なお願いを無碍にすることも申し訳ない。波瀬さんのお店なら近い、というか隣なので案内も楽だ。

「あれ、お二人共何を話しているんです?」

不思議そうな顔をしながら相葉は席に戻ってくる。すごく嬉しそうな張さんと不満げな僕という組み合わせだ。何があったのか、と不思議に思っても仕方ないだろう。

「ああ、後で話すよ……」

「今日のランチはウチで持ってやるっていう話だよ」

そんな話してねえけど。

「え、いいんですか!」

「いいぜ!」

くっそ、逃げ道を塞ぎやがった。奢られた以上、やるしかないじゃないか。のんきに喜ぶ相葉とにやっと笑う張さんを恨めしそうに見ながら僕は口元を真一文字に結ぶのだった。


そういう訳で天人五衰を出た後、相葉を誘ったところ、『是非行きましょう!』と食い気味に乗ってきたのだ。そして、せっかく午前休みなのでというわけで、冒頭に至るのである。

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