第12話 ミッションスタート
今年のゴールデンウィークはカレンダーの並びがよくて、数日間有給を使えば、最長で十一日も取れた。
通常は半年は有給なしの入社したての私でも、オマケで三日間の有給をもらえたので、それを全部つぎ込んで、アリサと一緒に異世界の空気をずっと吸っていた。
ゾルディの巨大鍋クエストが完了した翌朝、私は代えたばかりの大型馬車をゆっくり点検注油し、慣れない馬のブラッシング作業をしていた。
「八頭もいるから大変だよ。アリサは町のどっかにいっちゃったし、みんな自由に過ごしてるから、変に無線入れて邪魔しちゃ悪いし……」
そう、みんなは朝早く町中に散ってしまい、特に用事のない私だけゾルディの店先で、ずっとこれをやっていた。
「さて、今日はなにか仕事入るかな。なければないで、それでもいいんだけど……」
ブツブツ呟きながら、私はほどなく馬のブラッシングを終え、やる事がなくなった……。
「さて、暇だし撃ってくるかな。どっかにダーゲットレンジ屋があったはずだけど」
私はいまだに覚えきれない、このシバハの町の地図を開いた。
「……五件あるね。あんまり安いところはなんか怖そうだから、えっと……」
「おう、ターゲットレンジいくならいい場所があるぜ。割引券あるから、ここに行ってこい!!」
開けっぱなしの店の窓から私の声が聞こえたか、ゾルディが店から出てきて割引券の束をくれた。
「俺は元だから用はねぇが、昔はな……。まあ、だから定期的に送られてきて、気が付いたらこの量になっちまった。邪魔だから捨てるところだったぜ」
「ありがと、どこだ……」
私は地図を参照したが、ちょうど町の反対側で歩きは怠かった。
「俺の馬を使え。馬車なんかで行ったらハマっちまうほど道が狭いからな」
「うん、貸して。これで楽になった」
私は笑みを浮かべた。
「よし、ちょっと待ってろ」
ゾルディが店の裏に回り、芦毛の馬を一頭引き出してきた。
「これだ、乗ってけ!!」
「ありがと、それじゃ……」
私は馬に乗り、手綱を手にした。
そのままゆっくり走らせ、私は混雑する町の中心街目指していった。
しばらくいくと小さな爆音が聞こえ、どうも規模の小さい冒険者のパーティ同士がいざこざを起こしたらしく、喧嘩というかもはや戦闘に発展しそうな勢いだった。
「街中で攻撃魔法使ったな。ご愁傷様」
私が呟くと警備兵が大挙して押し寄せ、なにか乱戦のようになってしまった。
「街中で攻撃魔法なんて使ったら、永久出禁だよ。武器を抜くだけで、怒られた上に罰金だからね」
私は大騒ぎの広場を抜け、反対側の通りにでて割引券に描かれた地図に従って、馬をそれなりの速度で走らせた。
「なんか細道になってきたな……」
大通りから路地に折れ、人もまばらな道路を進むと、もう銃の発砲音が聞こえた。
「あるみたいだね、あの大きな建物か」
程なく、私はターゲットレンジに到着し、馬を止めて出入り口の小屋にいたオッチャンに声を掛けた。
「ん、客か?」
「そう、借りるよ」
私は割引券を出した。
「なんだ、ゾルディの知り合いか。だったら金は取れねぇな。好きに使え」
オッチャンは欠伸した。
「そうはいかないよ」
私は銀貨一枚をカウンターに置き、そのまま中に入った。
中はブースのところだけ屋根がある構造で、様々なタイプのターゲットがあったが、対物ライフルまで撃てるレンジまであり、街中にしてはいやに豪華な作りだった。
「儲かってなさそうだけど、これならいいや。最初は、全然撃ってない拳銃からいくか」
私は空きだらけのブースに入り、ホルスターから拳銃を引き抜いた。
「これ、重いんだよね……」
呟きながら、私は二十メートルに設定したターゲットに向かって構え、重いスライドを引いた。
「なんで、こんなバカでかい銃しかくれなかったんだろ。ゾルディの趣味かな……」
一言呟き、私は銃を構えて照準を合わせ、引き金を引いた。
凄まじい発砲音と衝撃が全身を揺さぶり、思い切り上に跳ねた銃口から発射された弾丸は、ターゲットどころか真上の屋根に穴を空けた。
「……これ、捨てようかな」
でも、燃えないゴミの日にこんな物があったら、回収のオッチャンがびっくりすると思って、私はムキになって引き金を引いた。
「だから、なんでこんな反動が凄いの!!」
ガンガン撃ち込んでいると、やっと一発ターゲットを掠めて肩を模したターゲットをバリッと吹っ飛ばし、私はため息を吐いた。
「これ、強力だけど使えないかも。まあ、いいや……」
私はさらに撃ち、やっと体に当たるようになってきた。
「はぁ、疲れる。こんなの使う人いるのかねぇ」
一回休憩し、たった五発しか入らないマガジンにフル装弾した。
一度ターゲットを引き戻して変えてもらって、真っ新にしたところで、私は再び撃った。
両手、心臓、頭の順に狙い、微妙にずれてはいたが、どうにかこうにか気合いで満足は出来ないが、恥ずかしくない程度にはなるようになった。
「……疲れた」
両手がもう利かなくなり、私は一度ブースから出てみんなが蹴飛ばすのか、ボコボコのボロい自販機で瓶入りのドリンクを買って飲んだ。
「なんだこの不味いの……青汁か。しまった、苦手なんだよ」
ついてない……と思っても、もったいないので全部飲み干し、私は両手をパタパタ振って拳銃はもういいやと思い、ブースを片付けた。
「ライフルならマシ……だと信じたい」
私はライフルが撃てるブースというか場所に移動し準備を始めた。
黒くて頑丈な箱から、部位ごとに分割して収納してあるライフルを組み立てた。
最後に銃口にサプレッサーという消音器をキリキリねじ込んでセットし、一息入れた。
消音器といっても、音が消えるわけではない。高周波音をカットして、人間はもちろん耳が敏感な魔物でも、微妙に発射位置が割れないために付けるだけだ。
「さて、やるか」
いつもの五発も入るボックスカートリッジを銃にセットし、ターゲットの距離は四百メートルにセットした。
ビノクラ-で軽く確認し、私は床に伏せるとスコープを覗いて十字線……クロスヘアをターゲットの頭に合わせ、軽く倍率を調整してからレバーを引いた。
初弾が薬室に装填され、閉鎖されるカチンという聞き慣れた音を確認し、一呼吸置いてから私は引き金を引いた。
カチッと金属音が聞こえたが、弾丸は発射されなかった。
「……ミスファイアか。ついてないな」
ミスファイアとは、そのまま不発という意味だ。
私はしばらくそのまま構えて弾丸の遅発に備え、問題ないと判断して排薬した。
「ったく、気合い入れていたのに……」
二発目は正常に発射され、ターゲットの頭部中央を撃ち抜いた。
「うん、問題ない。次は八百でいこう」
このライフルの有効射程ギリギリまでターゲットを遠ざけ、私は肉眼では霞んで点にしか見えないそれの様子をビノクラーで確認してから、スポットを覗いた。
さすが遠いのでこれでもちっこい点にしか見えないが、私は頭部に照準を合わせ引き金を引いた。
パチッと小さい音が聞こえたので、どこかには命中はしたようだ。
ターゲットを引き寄せると、額部分のやや中央やや右に穴が空いていた。
「うん、これなら好調だね。次は、有効射程外だけど、弾が届く千」
ターゲットの紙を代えてもらい、私は一度楽な姿勢になってフリスクを口の中に放り込み、私はビノクラーでターゲットを確認した。
「よし、やるか……」
私は再び伏せ撃ちの体勢を取り、凄まじく小さいターゲットをスコープで捉えた。
「さすがに遠いね……」
私は引き金を引いた。
また、パチッと音が聞こえ、ターゲットを引き寄せると、胴体に命中していた。
「こんなもんかな……もう少し撃ったら帰ろう。二百かな……」
とまあ、こんな感じで、私は暇な時間をトレーニングに充てた。
ひとしきり撃って射撃場を後にすると、私は馬に乗ってゾルディの店に向かった。
路地をゆっくり走っていると、男たち五人が私の進路を塞いだ。
「なに、邪魔!!」
「ああ、邪魔してるからな。財布落としちまってよ。恵んでくれねぇか?」
チンピラの一人が、ニヤニヤしながらナイフを抜いた。
「いい鎧着てるし、金ならあるんだろ。ケチケチすんなよ」
もう一人がいったとき、私は馬から下りた。
「退け、馬鹿野郎ども」
「恵んでくれたらすぐ退いてやるぜ。いいから寄越せ」
いうが早く、一人が私に向かって突っ込ん出来た。
「……穴ぼこ小」
その男の路面に小さな穴が出来き、つまづいて転けるように倒れ込んできたところで、その顎先を思い切り蹴り飛ばした。
「て、てめぇ……やるぞ!!」
残る四人が突っ込んでくると、私は近くにいたヤツの襟首を掴んで小外刈りでぶっ倒し、もう一人を一本背負いで放り投げ、足が止まった、担当を持った残り二人に向かって、私は腰のポンズ作マインゴーシュを抜いて構えた。
「まだやる?」
「……この野郎!!」
一人が突っ込んできたので、マインゴーシュの刃の部分でパリィして刃を弾き、出来た隙を逃さず、その男の喉元に思い切り刃を突き刺した。
「冒険者に武器を向けたら、手加減はしないよ。じゃあねぇ……じゃ、済ませないから」
マインゴーシュの血を振って払い、私はまた構えて睨んだ。
「だから、退けばいいんだよ。それとも、天に帰る?」
私は小さく笑みを浮かべた。
「……や、やりやがった」
もう一人の顔が段々青くなってきた。
「へい、銃とナイフは遊び道具じゃないよ。誰かに向けたらやられる。覚悟が出来てないなら、最初から武器に触るんじゃない」
私は構えたまま、相手の出方を待った。
「ば、馬鹿野郎。やってられるか!!」
残る一人が、ナイフと仲間を捨てて、一目散に逃走した。
「強盗未遂。立派な犯罪だね。私は正当防衛で通るかな……まあ、いいや。帰ろう」
私は再び馬に乗り、ゆっくり走らせ始めた。
「はぁ、たまに出るんだよね。この街は荒くれ者が多いし、さっきみたないな馬鹿たれも多数潜んでるし。しっかし、みんな帰ってるかな。もう、お昼だよ」
結局、その後は平和にゾルディの店まで帰り、馬を返した。
「おう、帰ってきたか。どこでなにやってるんだか、他の連中はまだだぜ」
「そうなんだ。まあ、わざわざ無線で呼ばなくても帰ってくるか」
私はゾルディの店に入った。
ちょうどお昼時なので店内は混んでいたが、ゾルディはテーブルを一つキープしてくれていた。
「おっ、そうだ。国際郵便がきているぞ。この消印は、ファン王国だな……」
「あれ、珍しい」
私は受け取った白い封筒を見たが、差出人の名前も住所もなかった。
「これで、カミソリの刃とか入ってたらどうしよう」
私は笑いながら封を開けた。
「ん、この字はあの子だ。なになに、『基礎が理解出来たら応用だよ。応用が問題なんだよ。事故らないようにね。by SとB』。……ま、マメだね。有り難い事に。残念な事に、宛先も名前もないから、お礼のナイフとか送れないよ」
「まあ、俺なりに調べてみたんだが全然ダメだ。固い機密の壁で、どの情報屋も手が出せねぇ。他国だしな」
ゾルディが苦笑した。
「そっか、名前くらい知りたいのに……。まあ、機密って事は大物なんでしょ。さてと、メシ食うか……」
「チャーハンな。間違えて作っちまった」
ご飯はすぐ出てきた。
「なんじゃそりゃ。まあ、食べるけど」
私は出てきたチャーハンを、モソモソ食べた。
ついてきたスープを飲んだ時、アリサが真っ黒焦げの髪の毛大爆発で店に入ってきた。
「ど、どうしたの!?」
「うん、町の外で魔法の練習してたら、変なヤツらが絡んできてさ、おりゃあってやったら大爆発起こして、微妙に巻き込まれた……」
ため息を吐き、アリサは私の隣に座った。
「はい、そんなあなたに忠告」
「ん……ああ、この前の。気をつけろって、遅いよ。もうこれ……」
アリサがボロクソな姿で、苦笑した。
「加減しなよ……」
「出来ないの。なんか、前とコントロールの感覚が違うんだよ。イライラする!!」
アリサがボサボサ頭をガリガリかきながら、アリサが笑った。
そのアリサの前に、ゾルディが黙って餃子定食とシフォンケーキを置いていった。
「……ひでぇ、食べ合わせ」
「なんでもいいよ。ああ、もう下手くそで、我ながら頭にくる!!」
アリサががっついていると、エルザとマーティンが帰ってきて、大笑いした。
「なに、イメチェンか?」
椅子に座って、マーティンが笑った。
「知らん!!」
当たり前だが、アリサの機嫌は悪かった。
「はぁ、お風呂入ってスッキリ!!」
ミンティアが帰ってきて、大爆笑した。
「アリサ、もしかして自滅した?」
「したよ、掠っただけでこれだよ……」
アリサが餃子のおかわりを注文した。
「おかしいな、攻撃魔法って使うと自分を守るために結界がセットで出るのに。どんな呪文にしたの?」
「普通……だと思う」
アリサがノートを出してみせた。
「あーあ、初心者がよくハマるミスしてるよ。よく生きてたね。簡単なんだけど、一番死傷者が多い段階まできたか。攻撃魔法使って、自分が巻き込まれたら意味ないからね。ってか、最高に恥ずかしいからね」
ミンティアが笑った。
「あと、魔力が急上昇してるね。落ち着くまで待った方がいいよ。これじゃ、大嵐に巻き込まれた船みたいなもんだから、出力は安定しないし、こうやって自滅する原因にもなるんだよ。しばらくは、杖でぶん殴っておいた方がいいよ!!」
ミンティアが笑った。
「ぶん殴るって……まあ、いいか」
アリサはため息を吐いた。
その後、次々とみんなが帰ってきて、楽しい昼食会になった。
「おい、増えすぎたゴブリンの集団で困ってるから、間引きしてくれって依頼があったぜ。オークとギカントまで混ざってるらしい。子飼いの冒険者を送るって返事しておいた」
ゾルディが依頼書を持ってきた。
オークは鬼とも呼ばれ比較的大型で強く、ギガントはいわゆる巨人だ。
ゴブリンはこうやって、たまにより上位の魔物の手下になることがあり、この場合は間引きというより、纏めて全て始末してしまうしかない面倒な仕事になる。
「報酬は?」
「金貨百枚。仕事内容にしてはちと安いが、向こうも財政難だから許してやってくれ」
ゾルディが笑みを浮かべた。
「まあ、行くっていっちゃったなら行くけど、誰が子飼いじゃ!!」
私は笑った。
「いいじゃねぇか。似たようなもんだし、場所はエラスだ」
「エラスは順調に進んで、ここから二日の距離にある、山間の村です」
エルクがゾルディの言葉を素早く補足した。
「分かった、出動だね」
私は笑みを浮かべた。
黒焦げのアリサをウィンディの回復魔法で治せるだけ直したが、髪の毛だけは無理だった。
「……どうしよう」
アリサが一生懸命ブラシを入れてるが、縮れた髪の毛が治るわけなかった。
「一度、坊主にしろ!!」
私は笑った。
「そうだな、バリカン買ってきて、刈ってやろうか?」
マーティンが笑った。
「ううう……坊主だけは嫌じゃ、もう、これでいい」
アリサがため息を吐いた。
「よし、なら出発だね」
「馬車と馬の点検や確認をしてきます。移動中の食料や水は最低限積んであるので、大丈夫でしょう」
エルクが馬車の外回りや下を点検し始めた。
私は御者台に座り、エルクが輪留めを外すのを待った。
しばらくして、御者席の隙間に輪留めを放り込み、エルクが隣に座った。
「問題ありません。行きましょう。町の南門から出て、南西街道を西に向かいます」
「分かった、行こう」
私は馬車を出し、街中は速度を最低限にして、ノロノロ進んだ。
意味がなさそうな、あんまり動かした形跡のない南門の門扉を潜って街道に出ると、私は馬車の速度を緩やかに上げ、荒れた石畳の上をガタガタと走りはじめた。
「しっかし、路面整備しろっての。揺れて速度がだせないよ」
「はい、お金ないんですかね」
エルクが笑った。
「ったく……。そういえば、手紙の返事書くの忘れたな。ありがとうございますって。住所も宛名もなかったけど、ゾルディに渡せばなんか届きそうな気がする」
私は苦笑した。
「はい、裏社会……おっと」
エルクがニヤニヤした。
「やっぱりね。そんな気はしていたんだ。ただのメシ屋のオッチャンにしては、胡散臭いなって感じだったから」
私は笑った。
馬車は草原地帯をひたすら進み、いくつもの小さな村を通り過ぎ、快調に進んでいた。
後ろみると、結局アリサは髪の毛を切る決断をしたらしく、せっかくお気に入りまで伸びた髪の毛を、エルザに切ってもらって、ベリーショートくらいまで短くするハメになっていた。
「そんなもんで済んでよかったねぇ。さて、後方を変な馬車がついてきてるね。さっきのカーブで黒塗りの明らかに怪しいヤツがいた」
「はい、私も確認しました。調子こいて海賊旗まで上げているので、タダのバカでしょう」
私は呪文を唱え、小さな火球を幌屋根の上を通り越えるように、後方に放った。
爆音が聞こえ、身を乗り出して背後を確認すると、怪しい馬車は粉々になって果てていた。
「まあ、昼は甘くていいねぇ」
「はい、この先にあるエラン地域は、夜は魔獣と強盗の巣窟です。できるだけ、明るいうちに進めるだけ進みたいですね」
エルクが笑みを浮かべた。
「強盗も夜行性だから、暗くなると凶悪になるんだよね。タチの悪い猫みたい」
私は笑った。
「猫が可哀想です。ゴミでいですよ、あんなの」
エルクが笑った。
しばらく進むと、この国では最速らしい高速郵便馬車が、十二頭立てで走っているのが見えた。
「あれ、なんか高速馬車に追いついちゃった……」
「国営の郵便馬車は、大体馬がもうお年寄りなんです。十二頭連ねてもお互いの足を引っ張って、高速とは名ばかりで全然速度がでないんですよ。邪魔なので追い抜きましょう。日が暮れます」
エルクの声に、私は馬車の速度を最高速度まで引き上げ、高速馬車の脇を掠めるようにして追い抜いて、そのまま進んでいった。
その後は特になにもなく走って行くと、背後からメタリックブルーの車が、ブローオフバルブのバッシュンパッシュンという音をまき散らしながら、野太い音を立てて迫ってきて、馬車に横付けするように並び、助手席の窓が全開に開き、マジックハンドで白い封筒がエルクに手渡された。
車はそのまま馬車の前で派手に車輪を滑らせてJターンを決め、きた道を引き返していった。
派手なデカールが大量に張り付けられている車に、『リズ&パトラ』と微妙に描かれていた気がした。
「……これ、多分リーダー宛です」
エルクが封筒を手渡してきた。
「……すっげぇ運転上手いな。まあ、いいや。超々速達便。愛を込めてって封筒に書いてあるだけだし、誰宛なんだか」
私は封筒を開け、分厚い便せんの束を読んだ。
「……アリサ向けの説教だ。bySだって。おーい、誰か。これ、アリサに渡して!!」
私は、ちょうど近くにいたウィンディに渡し、エルザが散髪中のアリサに手渡した。
「……すっげぇ怒ってるし、怒られてるよ。攻撃魔法で自爆なんて最悪だよ、このバカチンがって、ビックリマークがすげぇ並んでる」
「それ、コーションマーク。強調や要注意って意味だよ。何個あった?」
「二十個以上……めっさ怒られてるけど、私が自滅しかけたってどこで知ったんだろ。ついさっきだよ」
アリサが小首を傾げた。
「なんか、誰かに目をつけられてるっぽいな。私も気をつけよう」
私は馬車の速度を落とし、ノンビリなようで急ぎという感じで進んでいった。
「だから、変な呪文作るからだって!!」
ミンティアが笑った。
「……復習しよう。初級終わっただけじゃダメなのかな。魔力コントロール覚えろ、このヘニャチンがってまた一杯ビックリマーク吐いてる」
「おーおー、怒られてるねぇ」
「女の子なのでないですけどね」
エルクが笑った。
「まあ、追求はやめよう。ヤバい地域って、どの辺りから?」
「はい、あとこの速度だと一時間程度ですね。この先急カーブです。減速して下さい」
私は急いで馬車を減速させたが、微妙に間に合わず大きく片輪走行で急カーブを抜けていった。
「アブな……。もっと早くいって!!」
「はい、忘れていました」
エルクが笑った。
馬車は進み、やがて道端に『!!!』マークが描かれた、黄色のマークが描かれた看板が見えてきた。
「ここからです。最近は経済難でどこも干上がっているので、昼でも盗賊団に注意が必要です」
「そうみたいだね。なんか、さっそく右方向から馬の大群が押し寄せてきてるな」
「はい、こうしましょう」
エルクが呪文を唱え、馬群の真下に巨大な穴を空けた。
その穴に馬群が丸ごと落ち、私たちの平和は保たれた。
「百頭はいましたね。恐らく、この辺りで幅を利かせているカルパチ団です。これで、ここも少し綺麗になったでしょう」
エルクが笑った。
「なんか、冷静だね……どうやって討とうか考えていたんだけど」
「ああいうのはまともに相手するだけ時間の無駄なので、纏めて穴にでも落としておけばいいのです。無事に登れるといいですね」
エルクが笑みを浮かべた。
「……怖いな」
私は苦笑した。
馬車が走るうちに、空が赤くなり始め、夕闇が迫ってきた。
「そろそろ、夜行性の魔獣たちが起きる時間です。馬車の速度を少し落として下さい。今度ばかりは、穴に落としても簡単に出てきてしまうので意味がありません。馬車ごと体当たりしてしまったら、敵によっては大惨事になります」
「分かった」
私は馬車の速度を少し落とし、淡い光りを放つ光球を前方に浮かべ、夜に備えて気持ちを入れ替えた。
「みんな、夜間走行だよ。準備して!!」
私は後方に叫び、自分も前方に向かって攻撃魔法のシミュレーションをして、魔力の空打ちをした。
「よし……」
夕闇は早くもあっという間に夜に変わり、馬を頼りに真っ暗な街道をひたすら走り続けた。
「……ん、なんか気配がするな」
私は馬車を人が歩くような速度まで落とし、無数の光球を打ち上げた。
すると、猫の群れが街道の真ん中に鎮座し、なにやらメシを食っていた。
「……猫だよね、これ。普通の?」
「はい、紛れもなく、ただの野良猫です。回避不能なくらい広がっているので、どこかにいくまで待ちましょう」
エルクが笑った。
「はぁ、まさかいきなりこれとは。どこに潜んでいたんだか……」
そのうち、お食事が終わった猫が毛繕いをしたり、遊んだり、寝ちゃったり、結局放っておいても、猫たちはどこにも行く気配がなかった。
「猫って、こんな広い場所を好まないはずなんだけどな……。もう待てん。みんな、猫さんを退けるよ。旅が進まないから」
エルクが素早く御者台から飛び下りて馬車に輪留めをして、私たちは全員で猫たちを移動させる作業に取りかかった。
猫、特に野良猫は慣れない不審なものには敏感なので、近づけば退くかと思ったのだが、数に任せて強気なのか、馬鹿にしたような目で見ながら、全く動かなかった。
「ああ、もう……」
結局、私たちは一匹ずつ抱き上げて、路肩に猫たちを並べる作業に入った。
「これ、どう考えても多すぎるよ!!」
アリサが目頭を押さえた。
「やれやれ、平和だけど疲れるな」
エルザが笑った。
「あの、一匹欲しいです」
カレンがポソッといった。
「世話出来ないからダメ!!」
私は苦笑した。
「いて、引っかかれた。なんだ、俺のこと嫌いなのか……」
まだメシを食ってる猫を抱こうとしたマーティンが、シャーッといわれてビビっていた。
「それまだダメ、遊んでるのとかくつろいでるのとか……こら、待て!!」
……ある意味、戦闘の方が楽。
私は苦笑した。
「これ、どう考えても私たちだけじゃ間に合わないよ。応援こないかな……」
アリサがぼやいた。
「そうだね……こういう時の街道パトロールなのに。このくらいやるでしょ」
「はい、草むしりと倒木などの障害物の排除くらいはやります。この国は猫が多いので、希にこういう事があるので、扱いは慣れているはずなのですが……」
エルクが苦笑し、その肩に猫が飛び乗った。
「致し方ないな……」
私は信号弾発射機を空に向かって構え、救難信号を上げた。
しばらくして、反対側から二人組のレンジャーが駆けつけてきた。
「呼んだか。まあ、一目で状況は分かった。またこれか、三日前もこれで呼ばれたんだよな。おい、応援を呼べ」
上司とみられるヒゲを生やしたレンジャーがいうと、相棒が無線機で猫対応要請とかいって、応援の呼び出しに掛かった。
「これ、そんなにしょっちゅうなの?」
私はレンジャーに聞いた。
「ああ、最低でも一ヶ月に一回はあるな。しかし、ここまでの規模は珍しい。よし、やるか」
二人も加わって、なんとか街道から猫を逃がそうと、悪戦苦闘を始めた。
私たちも頑張ったが、もう大混乱になってしまい、いよいよ手がつけられなくなってきた。
しばらくやってると、バタバタとヘリコプターの音が聞こえ、どこかの軍服を着た大勢の人たちが加わって、せっせと猫をケージに回収し始めた。
「おい、あれファン王国の海兵隊だぞ。お前、どこに応援要請したんだ?」
ヒゲのレンジャーがポカンとした。
「いえ、普通に事務所に……」
「馬鹿野郎、ならこんな弱小田舎国にくるわけないだろ。無線の設定ミスだ。隣国の軍隊だぞ。国際問題になりかねん!!」
ヒゲのレンジャーが、部下にゲンコツを落とした。
「ごめんなさいは?」
「……ごめんなさい」
ヒゲのレンジャーはニヤリと笑い、ポケット瓶のお酒を一口飲んだ。
「……エラい騒ぎになった」
私は頭をポリポリ掻いた。
ファン王国は最近いったばかりだが、雪しか見ていないに等しいので、これはいかんともしがたかった。
しかし、さすがに集団で動く事に慣れている軍隊の動きは速かった。
あっという間に猫を全部回収し、そのまま素早くどこかに向かって消えていった。
しばらくして、ヘリコプターの音が消えて、静かな夜が戻った。
「……いこうか」
「……はい」
私のつぶやきに、エルクが呟き返した。
「よし、予想外の展開になったが、これで平気だな。またなんかあったら、信号弾をあげろ。危ないから気をつけろ」
ヒゲのレンジャーは、部下を連れて馬でついでに巡回するのか、街道をそのまま進んでいった。
「さ、さて、拍子抜けだけど、行こう」
「はい」
全員が馬車に乗り、私はゆっくり馬車を出して、再び旅を再開した。
エルクによると、危険地帯の終わりにも看板があるらしい。
しかし、そんなものまだ見えないので、猫騒動で拍子抜けした私たちだが、改めて気持ちを切り替え、夜道を比較的ゆっくり走っていた。
「この調子なら、明け方には危険エリアを抜けるでしょう」
エルクが笑みを浮かべ、呪文を唱えた。
ボン!!と草原の方で爆発が起きたが、エルクは素知らぬ顔をして、チラッと広げていた地図をみた。
「な、なんかいたの?」
「いえ、いません。時々、音で牽制してるだけです。私は攻撃魔法らしいものは使えないので」
エルクが小さく笑った。
「そっか、ならいいや。探査系魔法は使えるけど、短時間が限界なんだよね」
「はい、あれは疲れます。私もマッパーとして最後の切り札にと覚えていますが、十分くらいが限界で、精度が悪いので参考程度にしかなりません。当てにはならないですね」
エルクが小さく笑った。
「そっか、必要そうだもんね。さてと、後はどうかな……」
チラッと後を見ると、アリサだけ必死で本を読んでいて、あとはうたた寝をしていた。
「大丈夫そうだね……」
私は小さく笑みを浮かべた。
「さてと……」
私が言いかけた時、青白い結界が張られ、私は反射的に馬車を止めた。
「敵襲の可能性があります。しばらく待って下さい」
起きたウィンディが、そっと声を出した。
エルクが輪留めをしてそのまま馬車から降り、私も飛び下りた。
「せーの!!」
私は明かりの光球を打ち上げ、辺りの様子を目視で確認した。
すると、結界越しに静がに接近してくる一団の陰が確認出来た。
そのうち、カンっと結界膜に何かが刺さり、それは一本の矢だった。
「戦闘準備。攻撃したにしては弱いけど、あんまり友好的ではなさそう……」
私はライフルを手に、ビノクラーで集団を確認した。
静かな一団だったが、全員が武器を持っていて、もし強盗ならかなりの経験値があるとみた。
「ちょっと、威嚇してみましょう」
エルクが呪文を唱え、軽い爆音が立て続けに草原に散った。
瞬間、潜み足で接近していた誰かさんたちが一斉に立ち上がり、武器を片手に押し寄せてきたが、結界膜に阻まれて一定以上接近出来ずにいた。
「物理的な攻撃と弱い攻撃魔法なら、簡単に弾き飛ばせる魔法です。戦闘はなるべく避けましょう。戦って戦えなくはないですが、怪我するのは間違いないので」
「じゃあ、こうしよう」
私は呪文を唱え、暴風を草原に吹かせたが、それで敵が動じる様子はなかった。
「ダメか。こりゃ、困ったな」
私は唸った。
「じゃあ、こうしよう。結界があるとはいえ、攻撃魔法じゃ近すぎるから……」
ミンティアが呪文をとなえ、パシッと光ると、なんとか結界をぶっ壊そうとしている様子だった盗賊団の一味が、バタバタと倒れて動かなくなった。
「麻痺の魔法だよ。今のうちに逃げよう!!」
ミンティアが笑顔で馬車に飛び乗った。
全員が乗り込んでウィンディが結界を解除し、私は馬車を勢い良く走らせ始めた。
「ふぅ、さすがだね。ひと味違うのが出てきた」
私は額の汗を拭いた。
「はい、もう奥の方なので、こういった輩がたまにいます。まともに戦いたくはないですね」
エルクが小さく笑みを浮かべた。
「やれやれ、やっと緊張感が出てきた。危ない……」
私は気持ち馬車を速くして、そのまま街道を走らせた。
「裏で変な同盟を組んでいたりして、この辺りまでくると強盗団も手練れで必死ですからね。集まられたら、勝ち目がなくなります。基本的に逃げましょう」
エルクが頷いた。
「どっかの特殊部隊かと思ったよ。はぁ……」
私は苦笑した。
こうして、私たちは街道を進み、空が白み始める頃になって、コーションマークの黄色い看板が見え、『ここまで』という補助看板までついていた。
「よし、飛ばそう。疲れたから、どこかの町で休みたいよ」
「大きな街はしばらくないですよ。この先に小さな村が点在しているだけです」
「村でもなんでもいいや。お風呂入りたい」
私は笑った。
「では、次の村で。家は二十軒もないですが、公共浴場はどこでもありますから」
エルクが笑った。
キトサンという名の村らしいが、私たちは馬車で中に入り、目的の公共浴場の前で馬車を駐めた。
「休みはないので、入りましょう。ただ湯船があるだけでしょうが……」
「湯船あるならいいや。シャワーだけだと、落ち着かなくて……」
私が苦笑すると、一台の派手で真っ赤な高級そうなスポーツカーが入ってきて、馬車の御者席にマジックハンドで封筒を置いて、そのまま爆音を残して去っていった。
「なんこれ、流行?」
私は笑った。
「どうせアリサ宛でしょ。読んでみたら?」
「ううう……また怒られるのかな」
アリサがため息を吐いて、封筒を開けて便せんを読み始めた。
「言い過ぎた、ごめんなさい。bySだって」
エリサが苦笑した。
「なにが書かれていたのやら。しっかし、これどこからくるんだろ。絶対、誰かに監視されているよ」
私が笑うと、さりげなく懐かしいエンジ色の芋ジャージをきたオジサンがすれ違って去っていき、遠くで落ち葉の掃き掃除を始めた。
「朝早い人がいるねぇ。混む前にお風呂に入って、さっさと出発しよう。誰がいったか、降りる、頂く、帰るだよ!!」
私は笑い、男女別にはなっているお風呂に向かっていった。
さっさとお風呂に入り、私たちは再び出発した。
手綱をミンティアと代わり、私は後でほかほかに任せて仮眠しようかどうか悩んでいた。
アリサは相変わらず本を読んでいて相手してくれないし、むしろその方がいいのだが、オーエルとカレンはまた寝てしまって邪魔は出来ないし、エルザもマーティンも同様で、起きているのはミンティアだけだったが、うつらうつらしていて話し相手にはなりそうになかった。
「微妙に眠いんだけどなぁ」
呟きながら、私は夜が開けていく外の景色を見ていた。
やがて日が上がると、街道に馬車の往来が始まり、大荷物の商隊と何回もすれ違った。
これで移動一日目。目的のエラスまでは、まだ遠かった。
「さて、今日はどうなるかな」
私は呟き、小さく笑ったのだった。
休日だけお邪魔します!!(没) NEO @NEO
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