第一章:平和なようなそうでもないような……
第11話 鍋
まだまだゴールデンウィーク始めということで、私もアリサも異世界滞在を続けていた。
馬車もパーティーも大きくなり、どこでも行けそうだが、そこは抑えないと痛い目を見るので、まずは新しく出会った人たちとの距離を縮めるのが先だった。
「ゾルディ、なにか仕事ありそう?」
みんなで集まった朝食の場で、私は調理場で鍋を振っているゾルディに聞いた。
「そうだなぁ……。新しくメンバーが増えたばかりで、無理も出来ねぇだろ。ちょっと待ってろ」
ゾルディが次々に料理を作り、他のお客さんたちに配っていった。
「あの……」
ウェンディが遠慮がちに声を出した。
「ん、ウェンディどうしたの?」
私は笑みを浮かべた。
「はい、どこかで魔法薬を作りたいのです。材料はあるのですが、簡単な装置を作る場所が欲しくて……」
「走らないから、馬車じゃだめ?」
私は聞いた。
「はい、あのスペースがあれば可能です。ですが、どこにも行けなくなってしまうので」
ウェンディが遠慮がちにいった。
「別に用事はないし、構わないよ。この店の前で平気?」
「はい、問題ありません。特に悪臭はしないので、問題にはならないかと」
ウェンディが頷いた。
「分かった、そうしよう。みんなはどうする?」
私は鞄から、先日のドタバタでもらった魔法基礎の本を鞄から取り出した。
アリサなど、よほど面白いのか、ご飯もロクに食べずに読みふけっていた。
「そうだな、俺はそろそろガタがきている剣を新調しようかな。俺もその本をもらったが、魔法の魔の時も知らん。もったいないから、ウェンディかエルクが興味があれば……」
「どのような本ですか、二冊とも頂ければ……」
エルクがマーティンから本を受け取った。
「魔法基礎に応用。市販されたものではないですね。わざわざ、書き下ろされたのでしょう。……これは、魔法使いこそ読んだ方がいい本だと思います」
エルクが笑みを浮かべた。
「あの、どのような本ですか?」
興味があるのか、ウェンディがエルクに聞いた。
「読みますか?」
エルクは本を二冊ウェンディに手渡した。
「ありがとうございます。急いで作ったようですね……」
食事を終えてたウェンディが、魔法基礎を読み始めた。
「まだ話してなかったな。私はこれでも簡単な魔法も使えるんだ。基礎から読んでるが、これは知っておくべきだ」
エルザが笑った。
「へぇ、そんな大事か。読もう……」
「おい、お前ら。本を読むなら馬車でやれ。テーブルを空けてくれよ!!」
ゾルディが苦笑した。
迷惑なので、店の脇に駐めた馬車に移動した私たちは、それぞれの時間を過ごしていた マーティンとエルザは武器の修理に出かけ、私とアリサは魔法基礎の本を読み、読み疲れたのか、オーエルとカレンは本を片手に寝てしまった。
「今さらながら、呼び捨てでいきましょう。マールディア、馬の世話と馬車の点検終わりました。問題ないです」
何かと小まめらしいエルクが、馬車に乗って笑みを浮かべた。
「やってくれたんだ。ありがとう」
私は笑みを浮かべた。
「はい、あとはありますか?」
「うーん、特にないよ」
「分かりました。では、私は休憩します」
エルクが乗り込んできて、薬を作り続けているウェンディの隣に座った。
「冒険者になってどのくらいですか?」
一人だけ、やたらファンタジカルな半透明の鎧を着ていてベテランに見えたのか、エルクが私に聞いて笑みを浮かべた。
「まだ半年だよ。ひたすら依頼をこなして旅してたら、少しだけ経験は上がったよ」
私は笑った。
「そうですか。かなり経験を積まれたのかと、少し気になりまして。私は三年くらいですが、マッパー的な夢としてなかなか辿り着けない事で有名な、三日月湖までの完璧な地図を描く事があるんです。誰も完成させた事がないので、早い者勝ちです」
エルクが笑った。
「へぇ、ロマンあふれるじゃん。そういうの好きだよ」
私は笑った。
「マールディア、これなに?」
ずっと本を読んでいたアリサが、いきなり聞いてきた。
「ん? 私に分かるかな……」
私はアリサに考えながら解説した。
「……で、多分合ってる。独特の言い回しが多いから、意味深なんだよね」
「ありがと。そうなんだよ。お陰で、魔法作っちゃったよ」
アリサが呪文を唱えると、馬車内がやや涼しくなった。
「あっ、気温弄らないで下さい!!」
ウェンディが声を上げた。
「あっ、ごめん!!」
アリサが慌てて呪文を唱えると、いきなりサウナみたいな温度になった。
「ああ!?」
「こら、落ち着け。キャンセル!!」
私が魔法を放つと、魔法の効果が消えて元の室温に戻った。
「あー、ビックリした……でもまあ、できてるな。これが出来たら、初級は終わりって書いてあるから、軽く寝てからもっかい読む」
アリサが本を閉じ、一瞬で落ちた。
「あれ、寝起きも悪けりゃ寝付きも悪いアリサが……」
アリサは微妙に汗をかきながら、静かに寝息を立てはじめた。
「大変です。軽い魔力切れを起こしています!!」
薬を作っていたウェンディが声を上げ、読書をやめたミンティアがアリサの様子を確認した。
「大丈夫。魔力増大期の副作用みたいなものだから、これを抜ければ魔力が上がるよ!!」
ミンティアが笑みを浮かべた。
「魔力上がるんだ、コイツ……」
私は苦笑した。
「さて、今日はまったりだね。今のうちに渡しておくよ」
私は鞄から一度秋葉原にいってかってきた無線機を、ウェンディとエルクに渡した。
「これは?」
エルクが不思議そうに聞いた。
「うん、声を飛ばす機械だと思って。離れていても、一定距離内なら会話出来るよ」
私はエルクとウェンディに無線機を渡し、買い方を教えた」
「世の中には、不思議なものがあるものですね」
ウェンディが笑った。
「はい、これは便利です。冒険に必須かもしれません」
エルクが笑みを浮かべた。
「壁とか水なんかの障害物には弱いから、基本的には地上用って考えてね」
私は笑った。
「あっ……ごめんなさい。寝ていました」
オーエルが目を覚まし、隣のカレンを揺り起こした。
「いいのに、今は何もしてないから」
私は笑みを浮かべた。
「おーい、戻ったぞ」
マーティンが、笑みを浮かべて帰ってきた。
「おかえり、買い物出来た?」
「ああ、出物の剣があってな。みんないるのか?」
マーティンが笑みを浮かべた。
「あとはエルザだけだよ。声かけてみる」
私は無線機のチャンネルを合わせ、トークボタンを押した。
「エルザ、大丈夫?」
『ああ、リーダーか。問題ない。新しく打ってもらっているから、時間が掛かるんだ。どこかにいくのか?』
「いや、無事ならいいよ。みんな揃って心配になったから」
『そうか、分かった。もう直ぐ終わると思う。終わったら帰るよ』
「うん、気をつけて」
私は小さく笑みを浮かべた。
「作ってもらってるって、もうすぐ終わるらしいよ」
「へぇ、オーダーか。気合い入っているな」
マーティンが笑った。
「そういえば、自分の剣を見せるのは嫌かも知れないが、リーダーの剣を見せて欲しいんだ。かなり、業物のようだからな」
マーティンが笑みを浮かべた。
「うん、いいよ」
私は剣の鞘をを外し、マーティンに手渡した。
「ありがとう。どれ……」
マーティンは剣を抜き、鋭い目で刀身に目を走らせた。
「……ポンズだ。あの名工の」
マーティンが呟き、小さく頷いた。
「納得した。ポンズが打った剣か。初めてみたが、これ以上はない剣だ。金と機会があったら、俺もオーダーしよう」
「うん。確証はないけど、マールディアの名前を出したら、優遇してくれるかも」
私は笑った。
マーティンは剣を収めて私に返した。
剣を装備し直すと、私はアンクレットの時計をみた。
「……お昼か。みんな、お腹空いてるかどうか分からないけど、ご飯の時間だよ。ここで寝てるのは放っておいて、みんな食べにいこうか!!」
私は笑った。
ゾルディの店でお昼を食べていると、アリサが入ってきて私を睨んだ。
「……なんで、起こしてくれないの?」
「起こして起きる?」
私は笑った。
「そりゃそうだけどさぁ……」
ブツブツいいながら、アリサが私の隣に座って、大皿料理を取り分け始めた。
「そう怒らないの。起きたって事は、どのくらいかは個人差だけど、魔力が上がってるよ!!」
ミンティアが笑った。
「そうなの、早くいってよ。そういや、体が微妙に怠い」
アリサが欠伸した。
「しばらくすると馴染むよ。私を超える魔法使いになっていた怖いな!!」
ミンティアが笑った。
「あの、薬の補充は終わりました。傷薬と毒消し程度ですが、常にないと危ないので
ウェンディが笑みを浮かべた。
「ありがとう。それにしても、エルザはかかってるね。お腹空いてないかな……」
「ああ、なにしろオーダーだ。拘るだけ時間が掛かる。斧は頭が重いだけに、バランス取りが難しいしな」
マーティンが笑みを浮かべた。
「そっか、あれ重いの?」
私はマーティンに聞いた。
「平均的には、四十キロ近くあるかな。俺の剣が大体七キロくらいだから、破壊力は全然違うよ。まあ、斧は小回りが利かないから、俺は剣を使ってるけどね」
マーティンが、笑みを浮かべた。
「そっか、私の剣は軽いな……」
「それは、そういう材料なんだ。本当に貴重な材料で出来ていてね。その鎧と同じだよ。それを鋼で作ったら、きっと立てないよ」
マーティンが笑った。
「だろうね……。はぁ、今日はこれで終わりかな」
私は笑った。
準備ばかりでどこにも移動していないが、命を守るためには、そういう日が必要な事は知っている事だった。
「おう、待たせたな!!」
店の扉が開いて、エルザが新しい斧を持って帰ってきた。
「おかえり、満足出来た?」
私は笑みを浮かべた。
「まぁまぁだな。リーダの材質には及びもつかないよ」
エルザが笑った。
これで全員が揃い、追加オーダーして賑やかな昼食となった。
「おう、お前ら暇なら手伝ってくれ。メシ食ってからでいいから、隣のチポリまで鍋を買いに行ってくれ。拘りがあって、この店のじゃなきゃダメだ。メモを渡すから、店のオヤジに見せれば出してくれる」
ゾルディがメモをテーブルに置いた。
「代金は気にするな。オヤジがここに取りにきて、俺が払うだけだ。報酬はこれでいいいか?」
ゾルディが銀貨三枚をテーブルに置いた。
「分かった。行ってくる」
私は銀貨を受け取り、笑みを浮かべた。
最初の頃は変に遠慮していらないなんていったら、それでも冒険者かと、逆に怒られたものだった。
「それじゃ、みんな。出来るだけ早く済ませよう。早食いしろとはいわないけど」
私は笑った。
「よし、魔力が上がったなら、なんか出たら一発ぶっ飛ばす!!」
アリサが笑った。
「分かるけど、それじゃダメだよ。体に変な痺れが出たらやめて。それ以上魔力を放出すると、魔力切れして命に関わるよ!!」
ミンティアが笑った。
「……やりそうで怖い」
私は苦笑した。
「大丈夫です。そうなったら、私が魔力を強制注入しますので」
カレンが笑った。
「……こえぇな、適当にやろう」
アリサが小さく息を吐いた。
「もらった基礎の初級最終ページに書いてあったでしょ。『調子に乗ると死を招く。私にも』って。この気持ちだよ」
私は笑った。
「そっか……それでいっつもフラれるんだ。はぁ」
「アリサ、落ち込んでないで食べて、仕事だよ。エルク、チポリってどのくらい?」
私が問いかけると、エルクは頷いた。
「馬車で三十分も掛からないでしょう。危険を顧みなければ、歩きでも行けるくらい近いです」
エルクが笑みを浮かべた。
「分かった、ありがとう。まあ、お散歩ってほど気楽じゃないけど、そんなに難しくないね」
私は笑みを浮かべた。
それはそれ、これはこれということで、オマケはしてもらったが昼食代はちゃんと払い、私たちは馬車に乗った。
すぐ隣町という近さではあったが、町から出ることに変わりなく、あえてすぐには出発せず、全員の息が整うのを待った。
「みんな、いくよ!!」
私は声を上げ、大きくなってパワーも上がった馬車をそっと出した。
店から町の通りをゆっくり走り、申し訳程度の街の門を通って街道に出ると、隣に乗るエルクの指示通りの方に曲がり、適当な速度で街道を走り始めた。
日本でいえば初夏という感じの気候で、暑いようなちょうどいいような風を切りながら、馬車は順調に進んでいった。
「しかし、鍋なんてなんだろ。足りないのかな?」
「かもしれませんね。かなり流行ってるお店ですから」
エルクが笑った。
ちょこちょこ馬車とすれ違ったが、基本的には空いた道で、時々後を見るとみんなのんびり話したり、エルザとマーティンは新調した武器を手入れしていた。
「よし、準備はしておこう」
時々、ビノクラで辺りを確認しながら、私は手綱を片手にライフルの残弾を確認し、スコープを覗いて調整した。
「そういえば、エルクは魔法を使えるの?」
「はい、基本的に探査系魔法といって、辺りになにがあるか確認する魔法と明かりの魔法は使えますが、洞窟とか迷宮じゃないと使わないですね」
エルクが笑った。
「そっか、道案内がいて助かるよ」
「それが私の役目です。他にも色々ありますけどね」
エルクが笑った。馬車は順調に進んでいたが、急に馬が速度を落とし始めた。
「ん……きたな」
私は馬車を止めて飛び下りた。
急いで馬車に輪留めした頃には全員飛び出し、私はビノクラで素早く辺りを見回した。
「……いた、ゴブリンだ」
私はライフルを構え、スコープを覗いた。
「ゴブリン、数は不明。追っ払うよ!!」
声を出してから、私は戦闘にいた、小人のような魔物を撃った。
ゴブリンとは、まあどこにでもいる小人のような醜悪な姿をした小鬼で、少数の群れなら度が過ぎたイタズラ程度の被害で済むが、大軍になるとちょっとした町なら破壊し尽くしてもおかしくない凶悪な集団になるので、見たら討伐という暗黙の了解がある甘くみてはいけない相手だった。
私がいきなり一発撃ち倒したせいで、そもそも烏合の衆のゴブリンたちは大騒ぎになり、一斉に遅いか掛かるというか、ただパニックを起こして飛び出てきた。
「やれやれ、四十はいるな。試し切りにはいいか」
マーティンが、剣を抜いて構え、その隣にエルザが並んで前衛を作った。
「よし、魔法。あんまり派手なのなしね!!」
私は杖を構え、隣でアリサが詠唱を開始し、オーエルがさらに呪文を唱え始めた。
「私、これしか使えなーい!!」
アリサが情けない叫びと共に火球を放ち、ゴブリンの群れのど真ん中に着弾した火球は爆音だけ残して消滅した。
「こら、なにやってるの!!」
私は思わず声が出た。
「あ、あれ、おかしいな?」
アリサが首を傾げ、マーティンとエルザが大笑いした。
その間にオーエルが放った氷の矢の群れが、パニックを起こしてどうにもならないゴブリンたちの半分を倒した。
「ったく……」
私は呪文を唱え、杖を振りかざすとド派手な爆発魔法を炸裂させた。
「……あっ、自分でやっちゃった」
ゴブリンを消滅どころか草原のかなりの範囲に巨大なクレーターを作り、戦闘だかなんだかは幕を閉じた。
「あっちゃあ……クレームくる前に逃げよう!!」
「ナイス、リーダー!!」
マーティンとエルザが笑った。
「ナイスじゃないよ。急いで馬車乗って!!」
私は素早く輪留めを外し、全員が馬車に乗ったところで、私は馬車を急発進させて逃げた。
「お疲れさまでした」
隣のエルクが笑った。
「あーあ、帰りは素知らぬ顔して通ろう。まあ、穴を空けるなって法はないけど」
私は苦笑した。
「さて、チポリまであと数分でしょう、もう門が見えています。馬車の速度を落として下さい。通過してしまいます」
私は慌てて手綱を引いて、馬車をゆっくり進めた。
前方には町があり、ほどなく私たちはチポリに到着した。
王都に近いとはいえ大きな街などそうはなく、チポリも平和そうな雰囲気が漂ういい感じの町だった。
「さて、お店はどこだ……」
私はメモをエルクに渡した。
「すぐそこです。まっすぐですね」
店や屋台が立ち並ぶ大通りを進み、大きな商店の前で私は馬車を駐めた。
「ちょっと、いってくる」
私は御者台から飛び下り、店内に入ると気のよさそうなおじさんがいらっしゃいと声を掛けてきた。
「あの、頼まれものなんですが……」
私は手にしたメモをおじさんに渡した。
「ああ、あの鍋ね。一人じゃ運べないから、馬車に載せるよ」
おじさんは奥に引っ込み、店員に大声で指示を出した。
「馬車に戻っていいよ。あとはやるから」
「はい、分かりました。お願いします」
私が店内から出ると、巨大な寸胴鍋を店員さんたちが馬車に積んでいた。
「そりゃ、わざわざ片手鍋を隣町まで買ってこいとはいわないか……。なんに使うんだか知らないけど、重そうだね。馬車が大きくてよかったよ」
私は苦笑した。
しばらくすると鍋の積み込みも終わり、私は店員さんたちにお礼をして御者台に戻った。
「さて、お使い完了。復路だし、エルクに案内してもらう必要もないか」
「道は大丈夫です。なにかあったら、声を掛けますね」
エルクが笑みを浮かべた。
「よし、いこう」
鍋の重さがどれほどあるのか知らないが、かなり重くなった馬車を出し、私は大通りでUターンして、そのまま街道に出た。
馬車を適度な速度で走らせていると、商人が荷物満載の馬車で隊列を作って走っていた。
「六台か、かなり大規模な商隊だね。荷物が重くて追い抜けるほどの余裕はないし、急ぐわけでもないから、後についていくか……」
「はい、それがいいでしょう。急がなくても、もうすぐシハバに着きます」
エルクが笑みを浮かべた。
あまり隊列に近づくと何かあった時大変なので、私は馬車の速度をぐっと下げて、人が歩くような速度で馬車を走らせた。
後を見ると、巨大な鍋を中心に、みんな仲良く座って会話を楽しんでいた。
「大丈夫そうだね……。さて、休日には相応しい依頼だね。鍋を買ってこいって、そこらの冒険者に依頼したら笑われちゃうよ」
私は笑った。
「私たちだから、依頼出来たのでしょう。配達でも良さそうなのに、急ぎなんでしょうね。穴でも開いたのでしょうか」
エルクが笑った。
「さぁ、そこは知らないし興味もないけど……」
私がそこまでいった時だった。
いきなり商隊の前方で火球が弾け、急停車した隊列が荷崩れを起こして、六台とも倒れた。
「敵襲!!」
私は叫び、馬車を止めて飛び降り、素早く輪留めした。
全員が馬車から飛び下りて走ると、案の定、強盗が倒れた隊列目がけて、草原を馬で走ってきていた。
時々、攻撃魔法で牽制しながら突っ込んでくる相手に、護衛はいなかったようで、誰も対抗する者がいなかった。
ここで、報酬がないので関わらないように隠れる冒険者もいるが、魔法使いまで含まれている強盗団を放ってはおけないし、そもそも街道上で隠れる場所などなく、なにもしなくても巻き込まれる事は確実だったので、戦う以外の選択肢がなかった。
「よし、一暴れしよう」
「鍋の帰りがこれか」
マーティンとエルザが笑い、剣と斧を片手に前衛の壁を作った。
カレンが素早く防御魔法の壁を展開し、薬師のウェンディは最後尾に控えた。
強盗団の攻撃魔法が防御魔法で弾かれる中、私は杖を構えた。
「こ、今度こそ!!」
アリサが巨大な火球を放ち、密集した強盗団の中で炸裂すると、小爆発が起きて数人が吹き飛んだ。
「……あれ?」
「魔力が増えたばかりで、感覚が合ってないんだよ。無理しないで、控えていて!!」
ミンティアが叫び、呪文の詠唱を開始した。
「……さて」
私は呪文を立て続けに唱え、ゴーレムを何体か作って待機させた。
「ぶっ飛べ、クソ野郎ども!!」
ミンティアが派手な暴風の魔法を放ち、ムカついたのか、散り散りに吹き飛んだ輩を目がけて、オーエンが無数の火球を乱射した。
その攻撃網を抜け出てきた輩については、マーティンとエルザが一刀に伏して叩きのめし、戦闘はあっという間に完了した。
「これ、街道パトロールかレンジャーの仕事だよ」
私は苦笑した。
「はい、この国は手抜きは当たり前ですよ」
エルクが苦笑した。
「よし、終わったな。今度はこっちの面倒だ」
私たちは手分けして、商人たちの救助に回った。
「荷物が多すぎて、はかどらないな……」
馬車や大量の荷物に生き埋めになった商隊の人たちの捜索救助作業は難航を極め、私たちではどうにもならないので、私は信号弾発射機で救難信号を上げた。
こんな時に限って通行する馬車もなく、これどうしたもんかなと思っていると、シバハの町の近くだった事もあって、様子見のように一台の馬車がやってきた。
「うわ、なんですか、これは……」
馬車から下りて来た四人が、惨状をみて声を失った。
「説明はあと。シバハのレンジャー事務所に通報して、私たちは作業を続けるから!!」
「分かった。お前たちも手伝え、報酬どころじゃないな……」
リーダーと思しき男の人が一人で馬車をかっ飛ばして帰り、残り三人も加わって一人、二人と荷物の下から、救助去れ始めた。
私は作っておいたゴーレムを起動させたが、これは大雑把な命令しか実行出来ない魔法で作った動く人形なので、万一人を押しつぶしたらシャレにならないので、何人いるかも分からない要救助者捜索は、結局は専門のレンジャーが到着するまで待つしかなかった。
「……あれ。みんな、なにか薬品臭が漂ってきたから逃げて!!」
ウェンディが声を上げた。
「みんな逃げて、距離を開けて!!」
私が叫ぶと、作業していた全員が慌てて逃げ、しばらく見守っていると積み荷の薬品がなにかしたようで、いきなり小爆発を起こして派手に燃え上がった。
「嫌な予感はしていたんだけどね。なにかの薬の瓶が大量に割れて、路面がびしょびしょだったし……間に合わなかったか」
護衛がいなかったのは、都合があるだろうしなにもいわないが、あんな派手な強盗団を放って置く方が悪いとは思う。しかし、町を出たら自己責任なので、こういう事があってもなにもいえないのだ。
だから、一番リスクが高い歩きでの街道通行者はまずいないのが事実である。
「はぁ……。ウェンディ、何人救助出来た?」
「はい、五人救助出来ましたが、全員意識がありません。今、カレンがヒールを掛けています」
ウェンディが頷いた。
「なんとかなればいいけど……。鍋買いに行いって、これじゃ話にならんね」
私は苦笑した。
「俺たちの責任じゃないさ。さて、あとはレンジャーの到着待ちだな。事情聴取は俺がやっておく。まだ片付けちゃダメだよな?」
「うん、さすがにまずいでしょ。あっ、シハバのレンジャーって、三人くらいしかいなかったような……」
「まぁな。事情聴取して書類を作成して、王都にいる街道整備部に連絡するだけだ。人数だけは、いかんともしがたい、王都が近いから手薄なんだよ。でも、草むしりしかしない街道パトロールよりはマシだな。こんな場所にきたら、パニック起こして逃げちまうぜ」
マーティンがやれやれと呟いた。
しばらくして、馬でレンジャーが一人やってきて、状況をみてマーティンから話を聞き取り、そのままシバハに帰っていった。
「よし、終わったぞ。こんな場所で野営なんてゴメンだから、さっさと嫌な作業を終えよう」
「分かった、よし……」
私は起動済みのゴーレムを動かし、燃え続ける残骸の山を路肩に避ける作業に入った。 せめて消火はしたかったが、ウェンディにも薬が混ざりすぎて分からないという事なので、下手に水を掛けるのは危ないので、そのままゴーレムで踏み潰してできるだけ消火してから、街道端の草原に掻き込むように片付けた。
「ここから先は、国の仕事だね」
私が呟いた時、先ほど駆けつけてきてくれた冒険者の馬車が帰ってきた。
「助かったよ。悪いけど、大荷物を積んでて助けた五人を乗せるスペースがないんだ。誰か回復系の魔法が使えるなら、あとは任せていいかな?」
私は馬車で帰ってきたリーダーと思われる男に、バトンタッチを依頼した。
「分かった、あとは任せてくれ。お疲れさま」
私は依頼料として金貨一枚を渡すと、小さく息を吐いた。
「収支は赤い字だよ。鍋の野郎め」
私は荷台に上り、鍋を軽く蹴った。
「さて、みんな帰ろう。怪我してない?」
「大丈夫だ、帰ろう」
エルザが笑みを浮かべた。
「よし、みんな乗って。帰って愚痴ろう」
私は輪留めを外し、御者台に乗った。
「お疲れ様でした。災難ですね」
「うん、災難だよ。みんな」
私は苦笑して、仕事が終わったゴーレムを破壊して土に戻してから手綱を引いた。
「もうないよね……」
「もうすぐシハバです。なにもないでしょう」
エルクが小さく笑った。
こうして、私たちは無事にシバハに向かい、無事に到着した。
ゾルディの店に着くと、店員さんたち総出で、馬車から鍋を降ろす作業が始まった。
「聞いたぜ、エラい目に遭ったようだな。いくらなんでも、鍋取りに行かせてこれじゃしょうがねぇから、メシ代いらないから好きなだけ食え。鍋は勝手にこっちでやっておく」
ゾルディが苦笑した。
「追加でお酒もちょっと飲むよ。よろしく!!」
私は笑った。
「そんなケチケチしねぇよ。樽一杯飲め。よし、お疲れさん!!」
ゾルディが笑い、私たちは店の中に入ったのだった。
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