第6話 仲間が現れた!!
私が異世界に跳ぶのは週末や連休に限っていたが、最近は昼休みにもこっそりいくようになった。
昼にしかこられない人もいるし、昼休みなどお弁当を食べて無駄話に興じるだけだ。
なら、トイレの個室にでも籠もって、三十分くらい休憩してもいいだろうとのだ。
「よく眠れたかい。また会おうね」
翌朝、赤いドラゴン亭のおかみさんとの再会を願い、私は馬車に乗って王都を離れ、すぐ近くにあるシバハという街にいた。
ゾルディの店もここにあり、この世界にやってきた最初の町になる。
通称冒険者の都と呼ばれるだけに、住人は元冒険者ばかりだし、通りを行き交うほとんどの人は冒険者だ。
「ここに家でも買って、拠点が欲しいな。貯金いくらあったっけ……」
この前の大会で準優勝の賞金が結構出たので、ちょっと期待しながら通りを馬車で進んだが、やはり家は高かった。
「まあ、こんな都会じゃダメか……」
『売り家』の看板はちょこちょこあるが、そこに開いている値段はそこそこどころではなく、一発気合いを入れなければ覚悟出来なかった。
「ここ便利なんだけどな、買うならここって決めていたし。知り合いの不動産屋なんてないしな」
ここの不動産屋は、ヘタなところを使ってしまうと後が大変と聞いてるので、私は散歩するフリをして、通りをゆっくり進んでいた」
「……そろそろ、あっちの時間がヤバいな。宿に行かないと」
宿はたくさんあったが、私が定宿にしている場所がある。
そこに向かうと、見慣れた感じの良さそうなおばさんが出てきた。
「あら、仕事は終わったの。いつもの部屋は空けてあるよ」
「すいません、急ぐので鍵だけお借りします」
私は鍵だけ受け取り、そのまま中のトイレに行くフリをして、ネックレスの宝石に触れた。
昼休みギリギリで仕事に戻り、私はせっせと仕事を片付けた。
残業がうるさいこの世の中。迷わず定時で上がった私は、珍しく友人のアリサが家まで来ると言い出した。
「あのさ、あまり暇がないんだけど……」
「そういわずにさ。私は少しだけ秘密を知ってるぞ。部屋のみ飲みにいったら、珍しく玄関の鍵が開いてたから、こっそり潜入したらベッドの上で呼吸もしないで寝ていて、ぶったまげて脈を取ったらあるから生きてるって分かったけど、一人じゃダメだって職場の暇人に連絡しちゃったんだよ。庶務課の丸子っているでしょ。仲がいいから慌ててね。後は同じ総務の西島と本郷。みんな慌ててきてきて、これじゃ救急車を呼んだら騒ぎになる様子を見ようっていって、みんな撤収したんだけど、私だけずっと見ていたんだよ。トイレもシャワーまで浴びたんだよその無意識で。これはもう聞くしかないって、やっとチャンスを見つけたよ。逃がさないからね!!」
アリサが笑った。
「まいったな、私の一存じゃ決められないし、取りあえず私の家に行こう。締め切らないと危ない」
「了解!!」
こうして、私たちは真っ直ぐ家に帰った。
「玄関の鍵かけたね」
「うん、大丈夫。パジャマとか着た方がいい?」
アリサが聞いたそばから、パジャマに着替えた。
「こっちじゃどんな服装でもいいけど、安全な場所がいいんだって。楽な姿勢がいいように、私はベッドで寝るけど、アリサは?」
「固いこといわないで、ベッドの半分を貸せ!!」
結局、私たちはベッドの上に乗った。
「それで?」
いつもはこのネックレスの宝石に触れて飛ぶんだけど、今日は光ってるね。さすがにペンタウルさんもみてるか」
私は笑みを浮かべ、軽く宝石に触れた。
視界が一瞬跳んで、私たちはペンタウルさんの屋敷? にたどりついた。
「へぇ、ファンタジーだったか。らしいといえばらしいな」
アリサが笑った。
しばらくしてペンタウルさんがやってきて、アリサが口笛を吹いた。
「ますます、ファンタジー!!」
「うむ、そうなるな。お主たちにとっては、仮想現実だろうがそこで住んでにと手々は現実だということは忘れずにて欲しい」
ペンタウルさんが話をはじめると、珍しくアリサが真面目に話を聞き始めた。
内容は私と同じだったが、私も改めて聞き直した。
「それでは、長くなったな。、アリサもマールディアと同じ世界に転送する」
「マールディアって、また凄い名前にしたな」
アリサが笑った。
「一度決めるまでは、名前は変えられるよ。どうする?」
「私はアリサでいいよ。カタカナ書きだから、違和感ないでしょ?
アリサが笑った。
「分かりました。アリサ様ですね。登録が終わりました。装備や服は、いつも通りゾルディに任せてある。マールディアは一度やっているので楽だろう。いくぞ」
ペンタウルの声が聞こえ、軽い目眩みたいなものがあり、私と同様に大きな食堂の扉に出た。
「うわ、こりゃ凄いね」
辺りをキョロキョロ見回しながら、アリサが笑った。
「なんだ、いい息抜き方知ってるじゃん!!」
「息抜きっていえば息抜きか。そろそろ開くんじゃない?」
私が扉をノックすると、ゾルディさんが顔を出した。
「待ってたぜ。連れが出来たんだってな。一度やっているだろうが、今回もシズクが面倒を見る。まあ、中に入れ」
私たちは店内に入り、カウンター席に座った。
ゾルディさんが扉に鍵を掛け、アリサを見つめた。
「本来は、ここであのオヤジの紹介状がねぇからな。俺の目で見るぜ」
ゾルディはアリサをじっと見つめた。
「魔法はダメだな。お話しにならん。銃はまずまずだな。剣は筋トレでもして、どっかの道場に弟子入りして、鍛えればある程度は上手くなるだろう。お前さん一人じゃ、ちっとキツいが、相棒がいれば問題ねぇ。マールディア、しっかりサポートしてやれ」
「は、はい、分かりました」
「グヌヌ、異世界にきても魔法が使えないとは……」
ゾルディが笑った。
「この世界で、魔法使いは特殊なんだよ。使えるヤツは滅多にいねぇ。その代わり剣や斧なんかの物騒な物をを持ってるヤツばかりだからな。戦う場はあるぜ。マールディアと同じ戦い方をすれば、一瞬でやられるぞ。さて、メシでも作るか」
ゾルディが私たちに席を勧めた。
「ねぇ、ここガチで異世界なんだよね。死んでも生き返るとか……」
「んなもんあるかい。死んだらアウトだ!!」
ゾルディが笑った。
「急に怖くなってきたよ。頼っていい?」
「いいけど、ここにきてから半年ぐらいだよ。職業は冒険者」
私は笑った。
「うわ、すげぇWワーク!!」
アリサが笑った時、大量の料理がテーブルに置かれた。
「まずは腹ごしらえだ、冒険者は体が資本だぜ!!」
「よし、食っちまえ……あっ、財布持ってない……」
「アリサ、ケチくせぇこというな。今日は俺の奢りだ」
ゾルディが笑った。
「ちょっと待ってろ、その服じゃ目立って仕方ねぇ。例によってシズクに見繕ってもらえ」
うっかり付け忘れた階段はすでに下ろされて、ゾルディが笑みを浮かべた。
「ま、まさか監禁してるの!?」
「ハハハ、そう見られても文句もいえねぇな。うちの二階だ。安心していい」
「二階って……」
「ここで、バッチリどんな職業が向いていて、なにが必要でとかなんか教えてくれるよ。不安だろうから付いていくよ」
アリサのツッコミが長そうだったので、私はとっととアリサを階段に押し込んだ。
二階に登ると、シズクさんが笑みを浮かべて待っていた。
「あの、もう一回だけ確認するけど、犯罪じゃないよね?」
「違うって」
私は苦笑した。
「マールディアさんはお久しぶりですね。その活躍ぶりは私たちにも届いています。さて、アリサ様ですね。よろしくお願いします」
「は、はい、よろしくお願いします」
アリサが姿勢を正した。
「皆さんおかけになって下さい。落ち着きません」
「分かりました」
私は近くの椅子に座り、アリサも隣に座った。
「それでは、ショックかも知れませんが、アリサさんの適性は魔法なんです。知性は凄いですが。剣はもちろん持ち歩くこともできません。メインを魔法にして、バックアップを拳銃とナイフにしてはいかがでしょうか?」
「いかがもなにも、反論のしようがありません。
「プッ、アリサが魔法だって」
思わず笑ってしまった私に、アリサの軽いゲンコツが落ちた。
「自分で笑いそうなんだから、笑うな!!」
そんな私たちの様子を見て、小さく笑みを浮かべた。
「仲がよさそうでよかったです。まずは装備です。それなりに経験者の格好をしていないと、魔法使いは甘くみられてしまうので、こうしました」
アリサの姿は、どこからみても旅をしている最中の魔法使いだった。
「うわっ。格好いい、杖は本物ですか?」
「はい、本物です。まだ教わっていないので、なにも使えませんが……」
シズクさんが笑った。
「では、明日は必要な物を揃えましょう。寝室が家族分しかないので、このクーポンを使って下さい。隣が宿なので」
シズクさんは私たちに、私たちに宿の宿泊券を手渡してくれた。
「ありがとうございます。それでは、私とアリサは宿に移動します」
「はい、明日は八時集合でお願いします。アリサさんの冒険者免許試験がありますので」
シズクさんが言葉に、アリサが慌てた顔をした。
「し、試験あるの!?」
「はい、冒険者にしたら大事な免許ですからね。座学しかありませんから、終わったあとの身体測定はオマケです。気にしないで下さい」
「身体測定まであるの!?」
アリサが頭を掻いた。
「あくまでオマケです。では、また明日」
私たちはシズクさんに礼をいって、隣の宿に移動した。
宿に入ると、カウンタには冒険者用と書かれていた。 「おや、こんな遅くに。その宿泊券を持っているって事は冒険者だね。免許持ってる?
奥からオバチャンが出てきて笑った。
「はい、これです」
「うわ、プラチナランクなんて初めてみたよ。そっちの子は?」
アリサが肩を震わせながら、「かりめんきょ」と手書きされた紙を差し出した。
「ブハハ、シャレが効いてるね。明日試験なんだろ、頑張りな」
オバチャンは鍵を二つ取り出して、私とアリサに渡した。
「うちは狭いから、個室しかないんだよ。狭いが寝るだけならいいだろう」
私はお礼をいって、部屋の鍵を受け取り、自分の部屋に入った。
「はぁ、まさかアリサに知られるとは、あの廊下にワックスぶちまけ事件の犯人が私で、それをブチ負けたブルートゥーススポーツカーの口の軽さと速さは、ピットクルーもビックリだよ。帰ったら、ここがはとバスツアーにならないか心配だよ」
私はベッドにぼふっと倒れ込んだ。
「明日は普段より早し、公衆浴場までは遠いから、このまま寝ちゃうか……」
どこで売っていたのか、叩くと『馬鹿野郎、そうじゃねぇだろ。今のはファイア・ボールだ!!』と喋る猫型時計の尻尾をねじり暇を潰していると、ああ見えて臆病なアリサが一人で外出とは考えにくいので、私は隣のアリサの部屋の扉をノックした。
「はーい」
元気な声が返ってきたので、私はそっと中に入った。
「さて、今喋ってるのは何語?」
「日本語だよ。どうしたの?」
キョトンとしたアリサに、私は笑みを浮かべた。
「それで、さっき食堂で話した時に出た言葉は、聞こえた言葉は?」
「あれ、そうだね。少しだけタイムラグがあって、日本語で聞こえてきた感じだね……あっ、そういえばここは異世界だった。日本語が通じるとは思えない!!」
アリサがポカンとした。
「これ、ここに転送されるときに必要な知識や常識なんかを頭にインストールしてくれるんだって。じゃないと、速攻で捕まっちゃうから。だから、明日の冒険者免許試験なんて楽勝なの。知識は詰まってる。後は使い方次第ってね」
「そうなんだ。今さら気が付く私もどうかしてるけど、なんだ気楽になった」
「油断はしないでよ。九割は合格する試験らしいけど」
私は笑った。
「よし、それじゃ明日の服とか選んでないで……あれ、服もかわってる!?」
「珍しく鈍くさいね。とっくに、私たちはこっちの世界の住人なの。がんばれ、未来の魔法使い」
私は穴の開いた深い帽子に破れマントに、最初にもらった革鎧を着てライフルを構えたこっち仕様の服装に替わっていた。
「あんたねぇ、どっかのはぐれガンマンか!!」
アリサは笑った。
「他にもあるけど、今のはおふざけ用。この街でも揃うけど、その仕事によって服装は勝手に変わるから、それをもらっちゃった方が早いよ」
「私はやさぐれガンマンのまま、拳銃を抜いた」
「うぉ。それさっき貰ったけど、本物だよね?」
「街から出たら撃ってみたら、街の中でやると問題だから」
私は笑みを浮かべた。
「……撃っちゃったら?」
「容赦なく逮捕されて送り返されるよ。やめておいて」
「わ、分かった」
アリサが顔色を青くした。
「さて、もう寝たら。試験は毎日やってるけど、シズクさんに悪いでしょ」
「分かったぜ、名も知らねぇガンマンよ!!」
アリサが冗談めかして笑った。
私はアリサの部屋から自分の部屋に入り、普通の寝間着に着替えた。
「……こりゃ大変だ。まあ、私もそろそろ新しい魔法が欲しかったけど」
私は苦笑して、ちょっと狭いベッドの上に横になった。
翌朝、早めに目覚めた私は、革鎧の格好で、部屋に忘れ物がないかチェックしてから扉を開けた。
「よう!!」
まだ冒険者でもなんの職か決まっていないせいか、アリサの肩を叩いた。
「おはよう、眠れた?」
「寝られるわけないでしょ。ずっと筋トレやってたよ」
アリサが笑った。
「だろうと思った。いこうか」
私たちは宿のおばさんに礼をいって、ゾルディさんの食堂に行った。
「おう、おはよう。今は仕込み中でな、簡単なパンくらいしかねぇんだよ。足りねぇかも知れねぇが食ってくれ!!」
どこかで買ってきたのか、カウンターの上にはパンが山ほど載っていた。
「こんなに食べられないですよ」
「じゃあ、残ったら弁当にでもしろ。シズクは寝起きで準備中だ」
ゾルディが笑った。
「それじゃ、いたたきます!!」
アリサの口から出たのはもちろん日本語だが、ゾルディには違う声で聞こえたはずだ。
「私も頂きます」
チーズやら生ハムやら色々挟んだパンを、主に私が全部平らげてしまった。
「ちょっと、涼子じゃなかったマールディア。食べ過ぎだよ!!」
「うん、食べられる時に食べろが基本だから、このくらいは当たり前だよ。向こうに戻れば普通だけどね」
私は笑った。
「面白い仕組みだね。さて、なにが待ってるのかな!!」
アリサが笑った。
「まずは、冒険者免許試験ですね。アリサさんがライセンスを取らない事には、全ての話が始まりません。こちらです」
シズクさんの先導で、私たちは街をしばらく歩き、中心部にある大学の前に立った。
「今回の会場はここです。ご武運を」
シズクさんはアリサに細長い紙を手渡した。
「受験票です。合格すれば、世界のどこでも盗賊等に間違えられません。大事な資格だと思って下さいね」
「はい、いってきまっす!!」
こういう時に羨ましい、アリサの明るさに笑った。
「試験時間は一時間です。それからなんだかんだ掛かって、二時間は必要でしょう。この街は王都近くなので、処理も速いです。ちなみに遠いですが、世界第二位の冒険者の街、クレパスという町もあります。なにか、面白い物があるかも知れませんよ」
「そうですか、それでは街を歩きましょう」
私はシズクさんに絵みを送った。
「では、小物を……といっても。お洒落ではありません、そういう店が少ないのが欠点なんですよね。ほとんどが、敵を倒すための武器や身を守るための防具です。小物といっても手榴弾とか、色気がない街なんですよね」
シズクさんが笑った。
「私も実際に旅して、そういう街はたまにありましたね。冒険者免許がないと入れてくれないとか」
「そういう街はろくでもないので、免許を見せてまで入らないほうがいいですよ。殺伐としてますからね」
シズクさんが笑った。
「はい、買うだけ買って出ました。宿なんて冗談じゃありません」
私は宿で思い出した。
「非常時に備えて、馬車に寝袋や食料など積んでおきたいのです。今のところの家なので。本当の家を買おうと思ったのですが、値段がまだ早いといっていまして」
私は笑った。
「そうですねぇ。家はあると便利ですが、結局ただの物置きになった……という事例が多いです。無理に買わない方がいいですよ」
シズクさんが笑った。
「なるほど……まあ、優先順位は低いので、今は世界を旅する方が楽しいです」
私は笑った。
「それでこそ冒険者です。家なんて、引退したい時に探せばどこかにあります。さて、それなら実際の馬車に合わせて買った方がいいでしょう。店の前に溜めてあります」
シズクさんが笑った。
シズクさんと店の前まで戻り、まずは馬車だと店に出かけ、銀貨一枚と銅貨三十枚でそこそこの大きさのトランクを御者台の後に取り付けた。
色々店を回り、付けたばかりのトランクは半分は日持ちする果物等をいれ、もう半分は工具や手榴弾、予備弾等の必要な物を入れた。
「これでいいでしょう。馬車を置いて試験会場に行きましょう」
私は頷き、馬車を店の前に駐めて大学の前にいった。
すでに合否判定は出ていたようで、アリサが冒険者免許証を持って駆け寄ってきた。
「やはり、魔法使いになりましたね。冒険者といっても、得意分野で細かい職種があるのです。これでは、魔法が使えないと正式なライセンスとして使えません。証拠は白紙である事。これが銅色になれば、初級冒険者とはじめて認められます」
シズクさんが笑みを浮かべた。
「なんだ、まだか……」
アリサが残念そうにいった。
「さて、魔法学校はすぐそこです。マールディアさんも、せっかくなので免許を最新に更新しては?」
「あっ、そうですね。なにか起きると困るので」
私は大学の中に走っていき、免許更新用紙を書いて免許証と一緒に提出した。
更新はすぐに終わり、私のグレードはプラチナの星三から星五になった。
「もう立派なベテランですよ。頑張って下さい」
窓口のお姉さんに笑顔で送られ、私は二人に合流した。
「マールディアはどんな免許?」
私がアリサに免許を見せると、その目玉をヒン向いた。
「なにこれ、銀……いや、プラチナだ。しかもはみ出て、星五って!?」
「ここにくるようになって、五ヶ月くらい経ったかな。難易度が高い以来ほど上がるとか、色々いわれているけど、ポイントの基準は機密らしいよ」
アリサは私に免許を返し、大きくため息を吐いた。
「お、追いつけるかな……」
「あまり気にしなくていいよ。中には何色限定の依頼はあるけど、あまりいい仕事じゃなかったな」
私は笑った。
そのまましばらく進むと、まるで世界遺産にでも登録されていそうな、綺麗で立派な建物だった。
正門の守衛さんにシズクさんが声を掛け、しばらく待っていると制服をきた若いお姉さんがやってきた。
「聞いたよ、免許合格おめでとう。初めての魔法だよね。職種が魔法使いになるって珍しいんだよ。今後は、お金が掛かる事を覚悟した方がいいよ。一魔法一個いくらだから。さて、どんなのがいい。素直に自分で答えて」
「え、えっと。やっぱり、敵を倒せる攻撃魔法かも……」
「そうだね、自衛にもなるし、使い方でどうにかなる。お連れさんも魔法を使えるみたいだけど、回復系も覚えてるからバランスとしてはいいね。ついでに、なんか覚えてく。安くしておくよ」
お姉さんが私に笑みを浮かべた。
「そうですね。『風』系の魔法が欲しかったんです。『水』ほどではないですが、回復魔法もありますし、使う人が少ないって聞いてるので、何かとビックリさせられるかなと思っただけですけれど」
「そういうのもいいね。じゃあ、どんなもんだか。動かないで」
お姉さんは呪文を唱え、私たちを見た。
「うん、分かった。そっちの新人ちゃんは、攻撃魔法が欲しいなら、そういうのと一番相性がいい火炎系だね。魔力を見たけど、そっちのベテランさんより高かったよ」
「えっ、そうなんですか?」
アリサが声を上げた。
「うん、だから慣れたらいい魔法使いになれるよ。一つ魔法を買ったら、それをじっくり使って研究して、ちゃんと腑に落ちたら次の魔法だね。一気に爆買いしても意味がないから。それじゃ、目を閉じて軽く息を吐いて。
「はい」
アリサはいう通り、小さく息を吐いた。
「落ち着いた?」
「はい、大丈夫です」
「本当は学校の校庭でやりたいんだけど、半ば王族のガキンチョの保育園みたいになってるから、かえってこっちの方がいいんだよ。怪我させたら大騒ぎだからね。学校の周りは結界が張ってあるから平気。なんでもいいよ。目を閉じてゆっくり呼吸しながら、自然に思いついた言葉を私にぶつけてよ。相棒、お試し!!」
「私が見本ですか。やってみます」
私は一瞬だけ目を閉じて、開くと同時に業火の流れをお姉さんにぶつけたが、その全てを弾き飛ばし、逆に無数の氷の刃を撃ってきたので、私はライフルを素早く構えて自分の周りの五発だけ破壊すると、驚きの表情を浮かべたお姉さんに、向けて火球を撃ち出した。
それで全ての氷は消え、私とお姉さんは笑った。
「やるね。まさか、ライフルでぶち抜かれると思わなかったよ。防御魔法も使わないから、ヤバいっておもったけど、最後にやってくれたね」
お姉さんが笑みを浮かべた。
「じゃあ、続きいこうか。さっきもいった通り、深く息を吸い込みながら吐き出し、自然と出てきた言葉を、独り言のように呟くだけ。後は勝手に体も動く。私が大丈夫なのは分かったでしょ。遠慮なく狙って」
「は、はい、先生も凄いけど、マールディアが凄まじ過ぎ……」
「はい、心を乱さない。混戦だったら、今頃殺されてるよ。魔法使いは危険だから、最優先攻撃目標だからね」
「分かりました。では……」
アリサが目を閉じて深呼吸を始めると、先生が小さく呪文を囁いた。
……導け、汝の心を。
微かに聞こえた先生の呪文だった。
「……ファイア!!」
アリサはいきなり火球を吐き出し、先生は杖先でそれを弾いて消した。
「合格。これで、一個覚えたね。免許証みてみな」
先生のいうとおり、アリサが免許証をみせると、紙の色が銅色になっていた。
「おめでとうございます。これで、冒険者免許試験合格です」
様子を見ていたシズクさんが、アリサの手を引っ張って、馬車まで下がった。
「さて、問題はこっちだね。『風』か……って、いきなりウィンド・シア!!」
学校の門が開き、屈強な守衛さんが各種看板を持って飛び出て行き、周辺を封鎖して交通整理をはじめた。
「おい、また始まったぞ。今度はベテランだ。見物だぜ!!」
周辺から野次馬が集まったところで、先生の攻撃魔法は私のパンチ一発で起動をそれて、結界壁に当たって消滅した。
「おいおい、殴るのは反則でしょ」
「いきなり撃つからです。規則違反ですよ」
私は笑みを浮かべた。
「……やるね。簡単には、新しい魔法をくれてやらないよ」
先生は高速詠唱で火球を作り、中に岩石を押し込んで真っ赤に加熱させた。
「遅い!!」
私はライフルで先生を撃ち、ファイアアロー二十本を同時に叩き付けた。
「誰が遅いって!!」
その全てを結界壁で防ぎ、先生は岩石をぶっ飛ばしてきた。
私はあえて仁王立ちでそれを受け、灼熱の岩石が粉々になって消えた。
「へぇ、半端ないね。さすが、プラチナグレードは違うよ。相当戦ったね」
「はい、それなりには……」
私は笑みを浮かべた。
「でも、この程度じゃ魔法を憶える隙を与えないもんね!!」
実は、先ほどから心の声とも呼ぶべきものが呟いているのだが、先生の攻撃が邪魔してよく聞こえなかった。
「私はいくらでも立ち向かいますよ。なにがいいですか?」
「……白菜」
私は呪文を唱え、白菜を無数に召喚して先生に落とした。
「うげ、私の冗談にもちゃんと対応してくるか。そこはツッコミだろ!!」
先生が呪文を唱えた。
「これで、おしまい!!」
先生が地面に両手をつき、いきなり四方八方に木の根のように火柱が上がった。
「デイジー・カッター。これなら……えっ?」
私は素早くライフルを構え、先生の右足を狙って撃った。
瞬間、魔法は解除され、自分で傷を癒やした先生が、殺気を漂わせながらナイフを投げてきた。
私はそれをライフルで撃ち落とすと、全力疾走して先生を路面に押し倒した。
「先生、熱くなりすぎです!!」
「……あっ、いけね。やり過ぎた」
私は先生の上から退き、先生も元気に起き上がった。
「ちょっと、なんなの魔法と銃の合成なんて聞いた事ないよ」
「まあ、私だけかも知れませんね。しょっちゅう防御されて頭にきたので、物理と合わせてみたところ、この銃の射程内では効果覿面でして。筋肉痛になるのが欠点です」
私は笑った。
「頭にきたって……混ぜるな」
先生が笑った。
「はい、嫌って程腕を見せてもらったよ。いつも通り深呼吸。あとは、今の状態に相応しい『風』の魔法が出てくるよ」
「はい、出来ました。よっと」
私の声で、辺り一面に散った泥や木の枝が綺麗に吹き飛ばされ、交通整理をしていた守衛さんたちがホウキとちりとりで掃除を始め、先生が痛んだ石畳を魔法で補習していった。
「よし、終わったね。はい、料金。いい物見たよ」
私はそれなりの金額が入った革袋を先生に渡した。
「はい、毎度。また遊んでね」
先生は巨大なゴミ袋をいくつも抱えた守衛さんたちチームが学校に引っ込むと門を閉めた。
「よし、用事はこれで終わりだよ。ちょうどお昼だし、シズクさんさんのところで昼食を済ませてから、仕事探しする?」
私は笑みを浮かべた。
「う、うん、それでいいけど……私もあれやるの?」
「個人で考える事だし、アリサはまだ二日目だもん。しばらくは勉強だと思って。簡単な商隊の護衛とかないかな。あれなら街道沿いに進むだけだし」
私は笑った。
「そこは手配してあります。主人の店に納品にくる業者が珍しく品切れを起こしたようで、三つ先の街まで買い出しの護衛です。あなた方に頼んでも差し支えなかったのですが、業者の信用というものがありまして」
シズクさんが笑った。
「なるほど、私たちが行っちゃったら面目丸つぶれって事か」
アリサが苦笑した。
「ああ、ついでだから着替えなよ。せっかく冒険者になったし」
「そうだね、忘れていたよ」
私たちとシズクさんは、扉の前で頭を抱えたまま、アワアワしているオジサンを見つけた。
「ダグラスさん、どうしました?」
シズクさんが声を掛けた。
「大変だ。俺の積み荷を積んだ馬車が、ごっそり持っていかれちまった!!」
おじさんは大汗を掻きながら、シズクさんに向かって駆け寄っていた。
「それは大変です。ちょうど利き腕の冒険者がいますので、すぐに後を追わせます。いつものボロ馬車でしょう?」
「ああ、あれでも中古でローン中だ……。ってそれはいい。今日どころかいつ納品出来るか分からねぇ。そっちの方が問題だ。頼む、どうにかしてくれ!!」
おじさんは小さくため息を吐いた。
「分かりました。予定が変わりましたが、馬車の追跡をお願いします。報酬は程々で」
シズクさんが笑みを浮かべた。
「分かりました。馬車の特徴は?」
「あ、ああ、パルチーノ商店って幌に大きく書いてある一軸の小型馬車だ。頼んだぞ!!」
おじさんが頭を下げた。
「街には手配を掛けましたか?」
シズクさんがオジサンにきいた。
「それが、三十分前に門を通過したらしい。街道パトロールなんて当てにならねぇし、今から急げば次の街まで辿り着けないだろうな。頼んだ」
「よし、アリサは後に乗って。いくよ!!」
「待って!!」
馬車にアリサが飛び乗り、御者台の裏にくると、馬の綱を解いてくれたシズクさんに手を振って、私は馬車を急発進させた。
「どうするの?」
「まず、街を出る。多分これ、こそ泥の悪さじゃないよ」
馬車を門に向けると、私たちの馬車に向かって緑の旗が振られていた。
「なにあれ?」
「滅多にないんだけど、並ばなくていいから先にいけって意味ね。シズクさんも手配が早いな」
私も足下から緑旗を取って、旗挿しに棒を押し込んだ。
「シズクさんも分かってる。じゃなきゃ、こんな手配しない。アリサ、ちょっと大きな事件に発展するよ。これ」
「大事って、私はさっき免許取ったばかりのペーペーだよ」
アリサが顔色を悪くした。
「大丈夫、ちょっとだけだから。さて、門を全速力で掛けぬけ、私たちの馬車は隣村とは逆方向に全力疾走した。
広げていた地図を椅子のサイドポケットに入れ、私は可能な限り全速力で街道を突っ走った。
時々ビノクラを使い、周辺を見ながら進んでいくと、街道の休憩所として儲けられた出っ張りに荷台の馬車が止まっているのが見えた。
一台は飾り付きの高級車、もう一台は『パルチーノ商店』と幌に書かれたボロ馬車だった。
「ビンゴ、こんな近くでやるとはね私は馬車の速度を落とし、狙撃に最適な場所に止めた。
「ちょっと、こんなところにとめてどうするの?」
馬車から飛び下りると、荷台のアリサが声を掛けた。
「静かに、聞こえちゃうとは思えないけど、集中出来ない」
「わ、分かった」
「……距離五百。狙うのは」
みんな鎧すら着ておらず、早くしろだのなんだの叫んでいるのは、上半身だけ金属鎧を着た輩だった。
スコープ越しに周囲をみると、やはり高級車の方からぐるぐるに縛られた女の子を無理矢理引き出し、鎧を着ていない連中がパルチーノ商店馬車から邪魔な荷物を下ろす姿を見つけた。
「人身売買……じゃないね。明らかに誘拐だよ」
この時点で有罪だが、私は女の子をパルチーノ商店の馬車に無理矢理連れ込み、また荷物で隠した段階で、偉そうな鉄鎧の側頭部に照準を定め、迷わず引き金を引いた。
偉そうなヤツの頭がぐちゃぐちゃになったのを見て、他の連中が蜘蛛の子を散らすように逃げ出したので、あまり人望はなかったらしい。
「……撃ったの?」
「うん、そのために雇われたんだもん。アリサにはまだキツいと思うけど、可哀想なお嬢様を助けにいくよ」
私は馬車を出し、慎重に二台の馬車が駐められている休憩所に入った。
まずは現場検証で豪華な馬車の方は、特になにもなく空だった。
「ま、マールディア、ちょっと吐いていい?」
「だろうね。私も最初はそうだったから」
金属鎧の死体があるのでキツいと思ったが、やはりアリサには衝撃が強かったようだ。「ちょっと休んでて。さて……」
今度はあの少女を助けなければならなかった。
馬車に適当に積まれた荷物を下ろし、馬車の奥で奮えている女の子に笑みを向けた。
「安心して。助けにきたよ。今からこれで縄を切るけど、怖くも痛くもないから安心してね」
女の子は頷き、私はナイフで女の子のロープを切った。
私は怪我させないように、気をつけてロープを切り、女の子を開放した。
「同時に二ミッション完了だよ。こんな馬車持ってるくらいだもん、捜索願いは出てるでしょ」
私はしゃがんで、女の子をみた。
「もう大丈夫、帰ろうか」
私が笑みを浮かべると、女の子は飛びついてきて泣いてしまった。
「アリサ、そのトランクボックスにオレンジが入ってるから、一個取って下りてきて」
「分かった」
アリサが馬車の荷台に上り、トランクボックスが開く音が聞こえて、アリサがすぐに下りてきた。
私はナイフでオレンジの皮を切って剥いて、女の子に手渡した。
「こんなのしかなくてゴメンね」
「いえ、ありがとうございます。あなた方は?」
やはりいいところのお嬢様らしく、十才くらいにしか見えないのに、言葉の受け答えはしっかりしていた。
「通りすがりの冒険者よ。さて、もういこうか。アリサ、私たちの馬車に女の子を乗せて」
「うん、分かった」
アリサが私たちの馬車に乗せて、自分も乗った。
「さて、ついでにオッチャンの馬車を私たちに繋いで、街に戻ろうか」
私は笑みを浮かべた。
街に戻ると、私はまっすぐソルディの店にいった。
「ああ、帰ってきた。ワシの馬車が帰ってきた!!」
喜ぶオジサンに手綱を渡し、私は出てきたゾルディに相談した。
「その馬車が悪用されそうになっていてさ。この女の子が被害者なんだけど……」
私はアリサが馬車から一緒に連れてきた女の子をみて、ゾルディは目を丸くした。
「おいおい、それ一番ホットな依頼だぜ。末席とはいえ、王族の女の子が誘拐されたって話題になっているやつだ。酒場の掲示板に貼る前に解決しちまった!!」
尋ね人と書かれた紙を私に押しつけ、シズクさんが怪我ないか入念にチェックしていた。
「……報酬が凄い。金貨三万だって。田舎なら豪邸が建つね」
私は苦笑した。
「よし、街道パトロールじゃ当てにならねぇから、レンジャー事務所に早馬を飛ばせ、今日中にケリをつけるぞ!!」
「お嬢ちゃん、口に合うか分からねぇがなんか食ってけ。お前らもな!!」
「うん、いい加減お腹が空いたよ」
私は笑った。
「それにしても、お手柄だぜ。どうして分かった」
「いったら悪いけど、オッチャンの馬車を盗んでも、大したお金にはならないでしょ。だから、なんかあるなって、次に行きそうな街道の村とは逆を突いたの。そしたら、ちょうど馬車の交換をやっていたから、ぶっ飛ばしてやったってだけだよ。賭けだったんだけど、当たったかな」
私は笑った。
「相変わらず。いい勘と読みしてるな。まあ、もうじきレンジャーがくるだろ。なんか作ってやるからこい!!」
「よっし、昼食だぞ!!」
「はぁ、なんか疲れた」
気負い過ぎのアリサをみて、私もそうだったなと笑った。
「ほら、アリサ。メシだぞ!」
「……よく食べられるね」
アリサが苦笑した。
「慣れちゃったからね。ほら、行こう」
私は笑った。
食事を終えて、お茶で一服してると、食堂の扉が開いて、慌てた様子で場違いな黒スーツ姿が現れた。
「嬢、無事でしたか」
「うん、なんとかね」
女の子に抱きついた黒スーツのオジサンが、立ち上がって私に一礼した。
「この度は助かりました。報酬はすでにあなた方の馬車に積んであります」
「こちらこそ。二度目がないようにね。さて、私たちは王都方面の仕事がないか、酒場に行ってきます。ご馳走様でした」
私とアリサは席を立った。
「じゃ、行こうか。ここの酒場のマスターとは知り合いだから、他には知られない裏ネタってヤツを紹介してくれてね」
私は笑った。
「は、犯罪とかないよね?
「もし、人殺しが犯罪なら私はもう重罪人だよ。正当性があるなら大丈夫。あのマスターは暗殺とか盗みなんてセコい依頼はよそに回して、合法的なのしか紹介しないから大丈夫だよ。移動も出来て一石二鳥だね」
私たちは酒場に入り、私はノンアルコールビールを注文し、アリサはビールを注文てカウンターに座った。
「なんだ、マールディア。相棒が出来たって本当だったんだな」
カウンターのオッサンが笑った。
「友人のアリサ。よろしく。ところで、急いで王都に行きたいんだけど、なんかいい仕事ある?」
「そうだな……今は討伐の依頼が多くてな。お前さんは報酬を気にしないからやりやすいんだが、王都行きの高速特急便の護衛しかないな。あと一時間で、休憩と馬の交換でここに到着する予定だ。準備は出来てるか?」
「うん、問題ないよ。アリサにとっては初仕事か。これからやってくる新幹線みたいな扱いをされている乗り合い馬車の護衛だから、レンジャーの目がある昼間は安全だよ。問題は夜間だよ。そこらの盗賊団や強盗団が何をしてくるか……だから、私たちの出番ってわけ。この世界じゃ、夜中の移動は命取りだから、神経尖らせるんだよ。夜行便なんて、まず狙われる格好のカモだから、気合いいれるよ!!」
私は笑った。
「はぁ、怖いなここ。ビールでも飲んで行こう」
アリサがジョッキを一気に煽った。
「それが最後のビールになるかもしれない……なんて思うと、ちょっとロマン?」
私は笑って、ノンアルコールビールを一気飲みした。
「なにがロマンなんだか。さて、準備がいるんでしょ」
「もう出来てるけど、最終確認しておこう。ちなみに、明日は月曜日。今日中に安全な場所にいかないと文句いわれちゃうよ」
「そうなんだ。大変だね」
「うん、時間の計算が車と馬車じゃ違うからね。この時間なら早朝到着便か。ここから先はノンストップかもしれないよ。そのつもりでね」
「分かった。これが初か」
アリサは笑みを浮かべた。
少し早めに街の門の前で、馬車に乗っていると、滑るように護衛対象の王都行き特別急行便が滑り込んできた。
手早く馬の交換を行い、乗客が休憩中に馬車の御者が近寄ってきた。
「悪いな、ライセンスを見せてくれ」
私は首から下げているライセンスホルダーを取りだしてみせ、アリサはポケットから免許証を見せた。
「お前さんたち二人か。まあ、プラチナの星五がいれば安心だ。降りてる客が乗ったら出発だ。準備してくれ」
「私たちが先行して警備体勢に入ります。後方ではなにも出来ないので」
「分かった。多少遅いのは我慢しよう。どのみち夜は速度を落とすしな」
御者が握手を求めてきたので、私はそれに応じた。
「仲間から聞いたが、この先のウエルチ平原で、昼でも襲ってくる輩がいるらしい。気をつけろ」
「あんななにもない平原で……遠くから分かりやすいのに」
私は地図を持ってきて場所を調べた。
「どの辺りが多いか分かりますか?」
「そうだな、まちまちだが、このカーブが多いらしい」
御者は地図の街道を指で丸く囲った。
「距離は……ここから約十キロ先ですね。アリサ、出番だよ」
「えっ、私?」
「でっかいのぶっ込んで。私も経験で分かってるんだけど、あれだけ巨大な魔力を持ってるなら大丈夫。今はアリサは撃てばいい。ドカンとやっちゃって」
「わ、分かった。ファイア!!」
凄まじい熱量を持つ火球が撃ち出され、アリサは不思議そうな顔をした。
「あれ、こんな魔法使えたっけ?」
「アイハブ・コントロール。人の魔法を乗っ取る魔法だよ。苦労したんだこれ。いざって時に役に立つ。このカーブですね……」
私は街道上をイメージして高度高めで飛ばし、他の誰かに当たらないように配慮した。
「このカーブか。えい!!」
私は街道から大きく外れた草地に火球をドカンと落とし大爆発……が起きたはずだった。
「これで威嚇にはなるかな。アリサ、悪いね。私の炎はここまで届かないから」
「うん、いいけど。なにが起きたの?
私は目を細くした。
「変な輩がいるかも知れないって場所に、脅しの一発をぶっ込んだだけ。距離は約十キロだよ。こんな魔法使い、そうそういないって。魔力が高すぎる」
私は笑った。
「私にこんな力が……滅多に使えないな」
「大丈夫、そのためにトレーニングがあるから。こっちで起きたら、起き抜けにちょっと考えて、ストレッチついでに一発撃つだけで、コンディションもチェック出来るよ。違和感があればそれを直す方法を考える。その繰り返しだよ」
私は笑った。
「やれやれ、とんだ護衛を雇っちまったもんだな」
御者のオジサンが笑った。
全ての準備を終え、私たちは馬車を進めた。
私の馬車は二頭立てで、あちらは四頭立て。
馬の性質はこっちの方が荒道に慣れていて、あちらはそれを嫌っている様子で速度があまり上がらなかった。
「あれが、空けた大穴だよ。凄い魔力だね」
「マジでアレ私がやったの!?」
しばらく進むと、さっきのこけおどしで空けた大穴が草原に空いていた。
「正確にいうと、放たれた火球の魔力を一度自分の物にして、自分の魔法として撃ち直しただけ。だから、ごめんっていったんっだよ。電池みたいにしちゃったから」
「いや、それはいいけど、ならいってよ。ビックリしちゃった」
「うん、説明が面倒で長いから省略しちゃったんだ。油断はしてないけど、やっぱ逃げたか、いなかったか……」
私はビノクラで辺りを見回しながら、つぶやいた。
「……いた。偽装ネットで上手く隠れてるけど、足が出てる。アリサ、その旗信号を赤に変えて、挿し直すだけだから急いで!!」
「分かった」
アリサが旗信号を返ると、後方を行く馬車も赤信号を出し私たちは街道上に停車した。
「アリサ、情けなく足が出てるからこれが偽装マットだって分かるでしょ?」
アリサは頷いた。
「あれをこれからひっくり返すから、そしたら戦闘開始だよ。アリサは危ないから、馬車で待機してて。フォローが出来る数じゃない。五十はいるよ」
「そんなにいるの。大丈夫?」
アリサが心配そうな顔をした。
「大丈夫。絶対何もしないで出ないでね」
私は馬車から飛び下りた。
すると、御者のオジサンが筋骨隆々とした姿で、場所の前に立っていた。
「馬車は任せろ。あとは頼む」
「承知。行くぞ!!」
私はさっき覚えた風の魔法で暴風を吹かせ、偽装ネットを丸ごと吹き飛ばした。
「……こりゃ凄い風だ」
私は笑みを浮かべ、呪文を唱えた。
「氷よ!!」
向こうがもたついている間に、私は地面を凍り付かせて、さらに立とうともがく連中に突っ込んでいた。
「触れなくても刺せる!!」
私はもがく連中にロングソードで次々に刺して倒して回り、半数くらい倒した頃には、残り二十名ほど隣っていた。
「これなら、もう降参でしょ……」
私は剣を鞘に収め、ライフルを構えた。
肩紐で左腕にギリギリとライフルを構え、残った連中を睨み付けた。
「冗談じゃ……」
なにかいった一人の眼球を撃ち抜き倒した。
「……お前らに発言権はない。去れ」
それがきっかけで、全員一斉に逃げ出してしまった。
「やれやれ、疲れたな」
私はライフルを肩に下げ、馬車に戻った。
「アリサ、大丈夫だった?」
「うん、平気だけど、マールディアってめっちゃ強いね」
アリサが苦笑した。
「アリサだって、そのうち凄い魔法使いになれるよ。さて、急ごうか。赤信号を黄色に変えて」
アリサが旗を挿し直すと、後の馬車も黄色を上げて走り出した。
ここはそれなりに込む街道なので、戦闘中にたまっていた歩行者も歩き始め、止まっていた他の馬車も黄色の旗を揚げて走りはじめた。
私はビノクラで周辺監視しながら進み、なにもないことを確認した。
「よし、アリサ。旗を立て二枚緑に変えて、こっちは特急だからね!!」
「分かった。はぁ、心配した」
アリサが馬車の床に寝そべった。
「これぞまさに冒険者ってね。職業ではないけど、プー太郎よりいいよ。こんな場所に連れてこられて、好きにしろっていわれないだけいい」
私は左手にビノクラを持ち、右手で手綱を操りながら私は特急に相応しい速度まで馬車の速度を上げた。
後方を確認して、一定距離を空けて特急馬車が付いてくることを確認しながら、私は歩く人や小さな馬車を避けながら、馬車としては快調に高速走行で走り、ノンストップっで小さな村や町を駆け抜け、なんだかんだで時間は夕方になっていた。
「アリサ、私たちにご飯休憩はないよ。フルーツは買っておいたから、お腹空いたら食べてね」
私は馬車のカンテラに火を付けた。
もっと明るくしたいが、あまり目立つとまた襲われかねないので、私は完全に暗くなる前に、ライフルの点検をした。
「あれ、引き金が引っかかるな……」
かなりの揺れなので分解整備というわけにも行かず、私は予備のライフルを片手にした」「うわ、こっちはもっとダメだ。使えないね。そういえば、廃棄予定で忘れていたんだっけ」
私はダメなライフルを馬車の荷台に放り込んだ。
「無理は禁物。アリサ、赤二つの旗を揚げて!!」
「赤二つね、分かった」
アリサが旗を出し、後の馬車が止まった事を確認してから、私はウエストポーチに入れれてある道具を取りだし、馬車を急停車させた。
「おう、どうした。急停止なんかして」
御者のオジサンが心配して様子を見に来た。
「銃の修理が必要なので、五分下さい」
「そんなに急がなくていいぜ。定刻より早いくらいだ」
御者のオジサンが笑った。
「……あっ、小石だ。これ、たまに詰まるんだよね」
私はクリーニングキットで機関部を掃除して、また組み立てた。
試しに引きがねを少し引いて大丈夫であることを確認し、小さく息を吐いた。
「お騒がせしました。いけます」
「ホントに早いな。この先にリッツって最後の村がある。王都の手前だがどうする。通過してもいいが、疲れているなら一休みするが」
御者のオジサンが笑顔を浮かべた。
「いえ、今からなら門限内に王都に辿り着けるでしょう。その方が、超過料金を取られないかと」
閉ざしたら朝まで開かない門が基本だが、公共交通機関だけは例外だった。
「んなこたぁどうでもいい。俺が決めた。休むぞ。いざって時に支障が出ると困る」
よっぽど私たちが疲れているように見えたのか、御者のオジサンが笑って馬車に戻っていった。
「お客さんが休むっていってるなら、休むしかないね」
私は笑った。
「はぁ、やっとこの揺れから解放か!!」
アリサが笑った。
再び緑二枚の旗に変えて、急ぐ冒険者っぽい人たちや、商隊の大型馬車を追い抜き、私たち一行は、薄暗くなってきた中をひたすら走った。
「えっと、次の村で停止ね。ノンストップの邪魔しちゃったかもね。
私は苦笑した。
次の村までは近かったが、なんとなく嫌な予感がしてきた。
「アリサ、まだ明確な理由はないんだけど、赤と黄色の旗を掲げて」
「分かった、赤と黄ね。あと、その箱に入ってるカンテラは全部信号用だから、そろそろ全部付けておいて、雑用ばっかでゴメンね。これ、一人の時は大変で」
「雑用で十分だよ。次は?」
「うん、もう旗の色が見えていない可能性があるね。カンテラで赤黄を持って軽く上下に振って。意味は危険、走行注意だから」
「分かった。あっ、返事来て馬車が速度を落としたよ!!」
アリサの声を聞き、私は馬車をゆっくり減速させた。
そのまま進んで行くと、街道の先に炎に包まれた村が見えてきた。
「赤、停止!!」
「はいよ」
私が馬車を止めると、すぐにオッチャンの操る馬車がくっつくようにして止まった。
「おい、どうした」
御者のオッチャンが馬車を降りて、私の馬車に近寄ってきた。
私が真っ直ぐ前を指さすと、オッチャンが唸った。
「あれがリッツの村だ。この辺は王都が近いから警備もしっかりしている。変な輩の襲撃とは考えにくいがな……」
私は頷き村ではなく、そこらに点在するちょっとしたブッシュを、静かに静かに観察した。
「……いた。五百メートルから先から、ゆっくり接近中か」
「アリサ、オッチャン。狙撃手がいる。私が引きつけるから、馬車は死守して」
私はそれだけ言い残して、あえて燃えさかる村に向かって走った。
その途端、私の方に向かって銃弾が集中し、手頃なブッシュに隠れた。
私はライフルを構え、スコープのカバーを開けて、暗視モードで辺りを探った。
「三人か。なんか、ムカつく事したかな」
私は笑みを浮かべ、最初の一人に照準を合わせて引き金を引いた。
短い悲鳴が聞こえ、私は二人目を撃った。
「さて、もう一人……」
発砲音が聞こえ、微かなマズルフラッシュで居場所を確認し、私はそこを狙って引き金を引いた。
悲鳴が聞こえ、念のため確認すると、もう誰もいなかった。
「イテテ、食らったな」
私は左肩の辺りを触れた。
血を触った感覚があり、私は痛みを感じながら、馬車まで戻った。
「マールディア、怪我してるよ!!」
「おい、大丈夫か?」
私は自分で肩に回復魔法を掛けながら、苦笑した。
「私は大丈夫です。アリサ、たまには怪我するよ」
「それはいいけど、傷は……あっ、治ってる」
アリサが驚きの声を上げた。
「このくらいは、自力で治さないといけない時が何度も遭ったからね。アリサも簡単なやつでいいから覚えていた方がいいよ」
私は笑った。
「それより、どうしますか。この先の村が通過出来ません。先ほどの狙撃者が、私を狙った理由は目障りだと思ったのでしょう。あの村は、ほぼ間違いなく盗賊か野盗の輩に襲われています」
私がビノクラで観察すると、逃げ惑う人々を斬り、蠢く陰がいくつか見えた。
「強盗団ですね。確認しました。ここはあなたに一任します」
私は御者のオジサンに向かっていった。
「……この業界では鉄の掟がある。なにがあっても突っ走る。旅客の命最優先ってな。もう他に選択肢がない。村を突き抜けて走るぞ。何があっても、絶対に止まるな。あの燃え方じゃもうレンジャーがきてるだろ。いくぞ、突貫だ」
「了解、突っ走りますよ」
私は笑みを浮かべた。
「よし、いこうか。とんだ休憩になっちまったぜ」
オッチャンは笑って自分の馬車に戻った。
「さて、アリサ。派手な冒険野郎になるときがきたよ。お客さんと打ち合わせて、あのなかを突っ走る事になったよ。他に迂回路がないんでしょ。気合いの緑四枚やって!!」
「い、いいけど、あれを突破するの!?」
「うん、後のカンテラも緑四つやって!!」
私の言葉にアリサが反応して、後のカンテラを変えにいった。
「終わった。いいよ」
行くよ、なにがあっても止まるな。王都までは三十分くらいだよ。私は馬車を操り、一街道を突っ走っていた。
村が近づくほど熱と煙が凄くなり、私は咳き込みながら馬車を全開で飛ばして破壊された門を抜けて、村に突っ込んだ。時々、助けを呼ぶ声が聞こえたが、レンジャーが集まって事態の収拾に当たっているし、止まらないなら止まらないと決めたならやる。
私は全て無視して、村のもと大通りだった道路を駆け抜けて行った。
「……半壊したもんか。通れないな」
私はビノクラで門周辺を確認した。
誰もいない事を確認した私は、呪文を唱えた。
「風はまずいから炎!!」
突き出し片腕から炎の矢が飛び出し、半壊した門を粉々に爆砕した。
「よし、通れるな。いくぞ」
私は馬車を操り、崩したばかりの門を抜けた。
「アリサ、後ろ!!」
「オーケイ……抜けた」
アリサの声が聞こえ、私は笑みを浮かべた。
「よし、行くぞ!!」
私は快速急行くらいだった馬車の速度を上げて、一気に王都目指して夜の街道を突っ走った。
「ねぇ、明日間に合う?」
アリサが問いかけてきた。
「こっちの時間とある程度リンクしてるんだよ。向こうは……」
私はアンクレットに付いている時計を確認した。
「二十二時くらいだね。まだ間に合う。
「どれだけ早寝なの。二十二時じゃ、まだテレビ見てるよ」
アリサが笑った。
程なく王都の門が見えてきた。
「アリサ、カンテラを黄色と緑にして。向かって右黄色ね」
これは減速信号だ。
「あいよ、旗も変えておくよ。これで到着したも同然だけど、気を抜かないでね」
私は小さく息を吐き、すぐに見えてきた停止信号に従って止まった。
「話は後として、私たちは護衛だから」
やってきた門番二人が後部のオッチャンと話し始めた。
「アリサ、カンテラを通常に戻して。仕事は終わりだよ」
「分かった。旗も下げておくよ」
このカラー式信号を使っていいのは、乗合馬車限られた用途に限られる。
「旗も外してね」
私がいう前にアリサが旗を外した。
「だいぶ慣れちゃったね」
「これしかやってないから」
アリサが笑った。
結局、通行許可が出て、特急駅馬車のオッチャンは御者台から報酬が入った小袋を私にそっと投げて寄越し、また機会があったら頼むぜ。と一言いって門を潜っていた。
「さて、仕事は終わったよ。第一の冒険者の町っていわれてるシバハなら、普通に馬車で三十分くらいで、二十四時間オープンだから問題なし。だから、ここで休む。もう一個選択肢、さっきの村で手伝う。体力余裕ある?」
私は笑みを浮かべた。
「もちろん、信号係しかやってないもん」
アリサが笑みを浮かべた。
「よし、決まり。行くよ!!」
私は馬車をグルッと街道に向け、さきほきた道を馬車の速度全開で引っ返し、相変わらず火事が続く村の門に馬を駐めて。
「勝手に動いちゃダメ。すで、レンジャーの連携が出来てるから、どこかに指揮官が……」
私たちはたまたま近くで、傷の応急処置をしてるレンジャーの隊員に声を掛けた。
「あの冒険者です。お困りの点は?」
「おう、救援か。ありがてぇ。水の魔法は使えるか。炎が収まらんとどうにもならん」
私はレンジャー隊員に頷き、ついでに傷を癒やした。
「水ね……」
私は周りをみて、これは大量の水が必要だと判断した。
「……水よ!!」
私は空に片手を掲げ、巨大な水球を作った。
「……風よ」
その水を目がけて程々にした風の魔法で、程よくした量を村中にぶちまけた。
「よし、後は個別対応だよ。これじゃ静かになっても鎮火はしないから」
「分かった」
私たちとアリサは立ち上がって走りはじめた。
建物の中や外の残り火を地道に消していき、それでやりやすくなったようで、レンジャーたちの動きが変わった。
瓦礫を破壊する音が響き渡り、救助作業が一気に加速した。
「よし、あとは回復だと思うよ。救護所があると思うからそこに行こう」
私たちは、巨大なテントが張られた村内の救護所に向かった。
「おっ、救援だな。幸い行方不明者はでていないが、全員酷い火傷を起こしてる。魔法医が、助かりそうな村人から治療に当たっているが、かなり厳しい状況だ。せめて魔法がつかえれば、もっと効率がいいんだが」
その隊員は唸った。
「魔法ですか……」
私は念のため、布をたすき掛けにして結んで背負っている杖を手に取った。
「……癒やしを」
テントの中に巨大な光球を浮かべ、私はなにかに祈った。
これは、いってみれば究極の回復魔法。この世界の精霊に語りかけ、生命力がまだ残っている者は回復し、もう限界の場合はそのまま灰になって消えてしまうという、これ以上はない回復魔法だった。
テントで唸っていた怪我人が次々と灰になって消えていき、最後には空間だけが残った。
「私は分かっていた。名も知らぬ冒険者よ。そう落ち込むものではない。無理な治療で苦しめていたのは、私たち魔法医なのだ。その魔法を使える事にも敬意を表する。鎮魂は私たちでやっておく。助かったよ」
その魔法医は小さく笑みを浮かべ、鎮魂の呪文を使い始めた。
「な、なんか分からないけど、そんなに泣かないでよ。困ったな……」
アリサが私の肩に手を乗せ、小さくため息を吐いた。
「私の使った魔法は、いってみれば、トリアージと処置を同時にやったようなものだけど、いきている。もしかしたら回復出来るという人は助かるけど、もう寿命が尽きてしまった人は、妖精から見放されて灰になって消えちゃう。だから、究極の回復魔法なんだよ。この村は廃村だね。住む人たちが消えちゃった」
私は杖をたすき掛けに戻し、なんともいえない気分で馬車に戻った。
「おう、助かったぜ。また会おう」
私たちも立ち上がり、馬車のところに行くと、番をしてくれていたらしいレンジャー隊員が笑った。
「なんせ、二十にもならねぇほどが住んでいた小さな村だ。最初の襲撃で男どもは全滅だっただろうな。後は祭りだろ。胸くそ悪いが、それが盗賊だか野盗だかって感じだ。まともな連中じゃねぇ。だから気にするな」
私は小さな笑みを浮かべ、木に留めておいた手綱を解いてアリサと馬車に乗った。
「はぁ、三日分疲れたよ。あの魔法は気合いがないとだめ……」
私は額を拭った。
「ここじゃアレだから、適当な場所で野宿でもしよう。とても、人前に出せる表情じゃないよ」
アリサが心配そうにいった。
「そんなに酷いなら、どこかで寝るかな」
私は馬車を進め、狙われやすくて危険という街の壁から離れ、草原を隣の冒険者町シバハ方面に向けてグルッと迂回し、街道の端に適当に馬車を止め、ビノクラで辺りを丁寧に観測していると、およそ五百メートルから先で五人の盗賊だか野盗だかが、大騒ぎしているのを発見した。
それをさらに監視すると、鉄格子で檻のようになっている荷馬車があり、人が何人も入れられていた。
「くそ……ここはダメかもしれない。アリサ、ちよっと先で人買いだか誘拐犯共が宴会やってる。今度は人助けだね」
「ま、まだあったの……」
アリサが苦笑した。
「少し静かに……これじゃ射線が取れないから、登るかな」
私は私の手綱を繋いだ木に登り、ちょうどいい枝の張りだしを見つけて腰を下ろし、ビノクラで相手を確認した。
「よし、いいか」
私はライフルを構え、五発入りの箱形マガジンを銃にセットした。
「……」
私はスコープを覗き、相手が人間ではなくゴブリンである事を確認した。
「……酒盛りしててくれて助かった。アイツらの嗅覚も聴覚も敏感だから、普通だったら襲われているね」
私は苦笑して、ライフルの照準をなにか偉そうな立ち振る舞いをしているゴブリンに合わせた。
ゴブリンは集団行動だ。そのうちのボスが倒されれば、他は逃げるしかなくなって、パニックを起こす。
それを狙って、私はまずその偉そうなゴブリン……の反対側にいたゴブリンを倒した。 コイツだけ、お酒もあまり飲まず、周辺を警戒していたのだ。
「……ビンゴ」
大当たりだったようで、残りの四体はどうしていいか分からない様子で、ワタワタしはじめた。
「……逃がさないよ」
私はうろうろしているゴブリンを全て片付けて、木から下りた。
「大丈夫?」
アリサが心配そうに聞いてきた。
「大丈夫だよ。オールクリア。さっそく、行こう」
アリサが後部から馬車に乗り込み、私たちは取り残された檻馬車に向かって馬車を走らせた。
「通りがかりの冒険者です。危険は排除しました。呼べるかどうか分かりませんが、応援を呼びます」
私は腰から信号弾を込めたグレネードランチャーを、夜空に向けて撃った。
上空で派手に光って爆発し、誰かが見ていれば反応があるはずだった。
夜なので目立つ事はしたくなかったが、これはやむを得ない事で、私は拳銃に手をやって返事を待った。
すると、ほど近い上空に信号弾の光が上がった。
私は二発打ち返し、謝意を伝えた。
「アリサ、警戒しておいて。必ずしも、助けとは限らないから」
「わ、分かった」
アリサが隣にきて。小さく息を吐いた。
「この世界で生き残るって大変だよ……」
アリサが苦笑した。
「まあ、私もそれは実感してるよ。コンビニもないから、夜中困るとか」
私は笑った。
しばらくして、白旗をかざした馬車がやってきた。
向こうもこっちも敵とも味方とも分からない。
私も馬車に白旗を立て、白のカンテラを振った。
私たちより大きな馬車から下りて来たのは、赤いプレートメールをきた、いかにも強そうな青年男性だった。
「すまん、遅くなった。状況を説明してくれ」
「はい、たまたまここでゴブリンに出遭いまして、どうも人身売買をやっていた様子で、そこの馬車は被害者の皆さんです。移動させたいのですが、馬車の操作ができるのが私しかいなくて……」
「そうか、分かった。後は俺たちに任せておけ。一応、これがルールだからな」
青年は冒険者免許を私に示し、私も示した。
「なるほど、君がリーダか。プラチナの星五なんて初めてみたぞ。機があったら、合同で迷宮散策でもしよう」
青年は笑みを浮かべた。
「すいません、お願いします」
私とアリサは一礼して、馬車に戻り、そのままゆっくり走らせた。
行く方角が同じらしく、その場者と檻の馬車が続いてきた。
「あっ、この先はシハバだ。そっか、たまたま通りかかっただけだね」
私は笑った。
「ねぇ、シハバってどんな街?」
アリサが笑顔で聞いてきた。
「そうだねぇ、超巨大なショッピングモールみたいな街だよ。冒険用具を扱ってる店ばかりで、食べる場所も宿屋もたくさんあるよ。
「……宿屋で思い出した、今向こうは何時?」
「深夜四時だね。私たちが抜けるとこの世界は時間が止まるみたいだから、どこでも抜けられるんだけど、起きたらまた戦闘とか嫌でしょ。安全な場所でっていわれてるから、時間が掛かる商隊の護衛なんかは、どこかで休憩した時にやってる。向こうの時間まで止めちゃうと厄介だから、こっちだけなんだって」
私は笑った。
「深夜四時って、もう早朝じゃん。これ、帰って寝られるかな。マールディアの部屋のベッド狭いから」
頭を掻いたアリサに、私は笑った。
「これが、週末だけにせざるを得ない悲しさかな。さて、見えてきたよ」
私たちの進路に、明るくて大きな街が見えてきた。
「うわっ、想像よりデカい!?」
アリサが目を見開いた。
「でしょ。この界隈は明日に変な輩は近寄らないから、安全なんだよね」
私は馬車の速度を少し上げた。
見る間に近づいてきたシバハの門で免許証を提示してから、私たちはシバハの街を馬車で走った。
「まずは宿だよ。もう時間が……」
アリサが焦りの声を上げた。
「すぐ先に行きつけの宿があるよ。さっそく行こう」
私は笑みを浮かべ、首のネックレスの石に触れて返れと念じた。
「いてっ!?」
アリサの声で私は目を覚ました。
「おはよう、東京帰還だよ」
私はベッドから落っこちたアリサに笑った。
ちなみに、ネックレスは私が持っているだけである。
たくさんあると大混乱の元になるし、リーダーは私ということらしい。
「東京帰還……あっちもこっちも夢じゃない!?」
アリサが声を上げた。
「そう、両方現実だよ。よし、仕事だ。シャワーくらい浴びないとね」
私は笑みを浮かべたのだった。
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