第5話 イベント

 仕事といっても、事務方の裏なので特に面白い事はない。

 書類をチェックして自分の判子を押して、つぎの部署に回すだけ。

 トラブルでも起きたらエラい騒ぎになるが、今日も週末の定時を迎えた。

「さて、帰るぞ」

 私は更衣室で着替え、定時に帰宅した。

「前回は鉱山だったか……。転送時に場所はリセットされるけど、今回は助かったな」

 私はスーツを脱いで普段着に着替え、ベッドに横になると首の石に触れた。

 一瞬くらっときて、私は二頭立ての馬車に乗って街道をトロトロ走っていた。

「うわ、危ないな」

 私は馬車を操り、街道の端に駐めた。

 地図上を開くとメモが入っていて、『だから、こっちでも安全なところで休んでくれ。そこまでの状況にするのが大変だったんだぞ』

「……怒られた」

 私は苦笑した。

 馬車を走らせはじめ、私はやっとやる事を思い出した。

 王都の闘技場でマッスルゴブリンたちを相手した殴り合いという、市民参加型のとっても平和で殺伐としたイベントがあるらしいので、参加を申し込んでおいたのだ。

 この辺りの地形は知っていて、地図を開かなくても街道を真っ直ぐ行けば王都だった。

「それにしても、旅人が多いな。王都が近い証拠だね」

 馬車を率いた商隊や、旅人たちの姿が増え、ついでに街道パトロールとすれ違う数も増えた。

 やがて大きな城が遠目に見えてきて、夕日に赤く染まってた。

「門限はどこも二十時。今は十六時だから間に合うと思うけど、念のため急ぐか」

 私は手綱で合図を出し、馬車の速度を一機に上げた。

 幌屋根まで付けてもらったが、乗客はなく食料や水の在庫が置いてあるだけだった。

 それでも急な荒天があれば助かるし、私は気楽なものだった。

 速度を上げた馬車は、事故らないように気をつけながら、王都を目指したのだった。


 王都の門の前の行列に並び、私は冒険者の身分証明書を出した。

「マールディア・ベホイミ……なんじゃこの名前。あのペンギンが、適当に変名したな。まあ、いいけど。さて、審査だ」

 このような大きな街、しかも王都となると、変なものが混ざらないように厳しい警備体制が敷かれていた。

「よし、いいだろう。次」

 門番の声で、私は馬車を王都の通りに乗り入れ、まずは宿さがしと大通りを走りはじめた。

 さすがに大勢人がいて、馬車もたくさんいるので、ぶつからないように注意していたが、密度に耐えかねて脇道にそれると、『赤いドラゴン亭』という宿屋兼食堂が見つかって、それなりに繁盛しているようだった。

「もうここでいいよね。満室だったら最悪だよ」

 私は馬車を出入り口近くの杭に駐めて中に入った。

「はい、いらっしゃい。宿、食事?」

 元気なお姉さんが出てきて声を掛けてきた。

「どっちも、部屋は安い方がいいです」

「うちの部屋はどこも同料金だよ。夕食と朝食付きで、銀貨三十枚がオススメだよ」

 お姉さんが笑った。

「じゃあ、それで。人が多くてまいりましたよ」

 私は笑みを浮かべた。

「ここは食堂がメインだからね。宿としては穴場だよ。ラッキーだね!!」

 お姉さんは笑って宿帳を持ってきた。

「ここにサインして。冒険者でしょ。住所は聞いても意味ないから」

「はい」

 私は頷いて宿帳にサインした。

「部屋に荷物を置いてきなよ。鍵はこれ」

 私は210と記された木札が付いた鍵を受け取り、私は階段を上って部屋に入った。

 着替えやなんやかんや、今すぐ使わないものを部屋の床に置き、私は小さく笑みを浮かべた。

 豪華ではないがこぢんまりした雰囲気が素敵で、なかなか好感度が高かった。

「よし、夕食もセットだしご飯にいくかな」

 私はライフルを肩に下げ、拳銃とナイフを確かめてから、使わない刀剣類だけベッドに置いて部屋から出た。

 一階の食堂は混んでいて、熱気に包まれていた。

「部屋はどうだった。なにせ明日のゴブリン大会のお客さんが多くてね」

「はい、私も出場者です。銃なら得意なので」

 私は笑った。

「へぇ、出るんだね。華奢だけど大丈夫かな」

 お姉さんが心配そうな顔をした。

「なんだい、嬢ちゃんもでるのか。そのひょろこい体でよ!!」

 お姉さんを押しのおけ、全身筋肉の塊のようなゴブリンが出てきた。

「やめな!!」

 お姉さんがそのゴブリンに叫ぶと、ゴブリンは帯びていた短刀を抜いた。

「一人でも参加者を減らしておけば、楽になるってもんだ。やるかい?」

「いいですよ」

 私はライフルを構え、銃口をゴブリンの顔にギューッと押しつけた。

「お前、舐めてるのか!!」

 私はライフルのレバーを引いた。

「舐めてなどいません。この銃はフルメタルジャケット弾でフル装填の状態です。あなたが立ち去るか、私が引き金を引くか、どちらが早いか分かるでしょう」

 私は銃の引き金に指を掛けた。

「ば、馬鹿野郎。狙撃銃でゼロ距離射撃なんかすんな。コイツ、イカレテやがる!!」

 筋肉ゴブリンは、慌てて剣を収めて店から飛び出て行った。

「あはは、よくやった。食い逃げされたけど、面白い!!」

 お姉さんが笑った。

 私はマガジンを抜いてレバーを引き薬室内の弾丸を捨てると、再びマガジンをセットして笑った。

「まあ、明日はイベントだから、みんなこんな感じだよ。ここから出歩くなら終わったあとがいいよ。今日は部屋で過ごしな」

「はい、食事にきたらこれです。熱くなりそうですね」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、晩メシね。待ってて!!」

 お姉さんが厨房に入り、お手伝いさんたちが忙しく動き回る中、私は席について夕食を待った。


 食事が終わって部屋に帰ると、私は扉に鍵をかけて武器を下ろし、ベッドに横になった。

 時刻は二十三時頃、寝るにはちょうどよかった。

 私はそっと目を閉じたが、しばらくして屋根の上でゴソゴソ擦る音が聞こえた。

「……お頭、仲間を全員集めてきやしたが、本当にやるんですかい。たかがガキ一人に、こんな大勢で」

「馬鹿野郎、その小娘に恥かかされたんだぞ。このままじゃ、引き下がれねぇ!!」

 そんな声がブツブツ聞こえ、私は銃だけもって部屋をでた。

 カウンターで何かの計算していたお姉さんを手で呼んでから、私は室内に戻った。

「どうしたの?」

「はい、屋根上で声がするんです……」

 屋根裏の声をしばらく聞いていたお姉さんが、脱兎のごとく階段を駆け下りて、カウンターのボタンを押した。

 ボン!! と凄い音が聞こえ、私は何事かと思った。

「この王都には一件に一台、非常通報装置の設置が義務づけられているんだよ。恐らく、外はゴブリンで埋まってるから出られないし、まずはゴミを片付けてもらわないとね!!」

 しばらくして、外が大騒ぎになった。

「……よし、今だ」

「ちょっと!?」

 私は大きな店の出入り口を少し開け体を滑らせると、なにかあったらここと定めておいた木の上を目指して、警備隊とゴブリンがやっている乱戦の中を一気に駆け抜けた。

 途中で斬りかかってきたゴブリンの一撃をライフルの銃身で受け止め、クルッと返してストックで思いっきりぶん殴ると、そのゴブリンはあっけなく倒れた。

 それをまたぎ越し私は素早く木を上ると、宿の屋根の上でモソモソやっているゴブリン三体をビノクラで確認した。

「よし、三体か……」

 私は銃を構え、立て続けに三発発射した。

 うち二発は即死させたようで、屋根から転がり落ちていったが、残り一体が体が抜けなくてモゾモゾしていた。

「……外した。ちっ」

 私はポケットから、特別に赤く塗った銃弾を取り出し、レバーを引いて止めた。

 空になった薬室にその弾丸を装填し、私は鼻で呼吸した。

「……ビッグファイヤOK」

 私は宿の屋根から引きずり降ろそうと、警備隊員が群がってる様子を見ていた。

「……ビッグファイヤ。ノン」

 私は胸を軽く叩き。静かにスコープ越しに見つめ続け、やっと屋根から引っ張り出されたあのマッスルゴブリンが悪態付きながら、暴れる様子をみて、私は少しだけ引き金に力を入れた。

「ビッグファイヤ……ノン。リリース」

 やがて逮捕されたマッスルゴーレムを、笑みを浮かべて見送り。凶悪極まりない赤い弾丸を薬室から抜き、ポケットにしまった。

「こら、危ないでしょ。早く寝なさい。部屋は変えたから」

 木の上の私に宿屋のお姉さんの声が聞こえ、私は苦笑した。


翌朝、早めに起こしてくれたお姉さんと一緒に朝食を食べ、私は大会に向けての準備を終えた。

「それでは、お世話になりました。またきます」

「こっちこそ迷惑かけたね。優勝を願ってるよ!!」

 私とお姉さんは言葉交わし、駐めてあった馬車に乗って、闘技場を目指した。

 私は呪文を唱え、ボッと手のひらから軽く魔力を放出した。

「……ウンディーネ寄り。サラマンダーは使わない方がいいね」

 私は笑みを浮かべ、程なく闘技場の駐車場に馬車を駐めた。

 入り口で選手登録して中の控え室に行くと、喧嘩がおきるとマズいので係員が見張るなか。私は愛銃のライフルと拳銃を確かめ、邪魔なだけの刀剣類はどうでもいいので放置して椅子に座って両手を胸元に寄せた。

「我が傷を癒やせ……」

 私の体を魔力光が多い。私は頷いた。

「極端にウンディーネ寄りになった。今日は魔法はダメだ。これ以上は危険すぎる。全く、魔法も安定して欲しいよ」

 私は苦笑した。

 魔法の重要な力に精霊力というものがあり、これのバランスが変わるため、注意が必要だった。

 結局そのまま一時間ほど待たされ、私たちは闘技場内に向かった。


 次に案内されたのは、ここで体をアップするために、様々な物が置かれ部屋だった。

 銃での参加者は私だけらしいので、ここで射撃するわけにもいかず、私は基本的な体の動きだけひたすらやって、暑い位に体を温めた

 事実上、ここが待合室らしく、選手には他の選手の戦いを見せないというハンデが課せられているようだった。

「そろそろ、予選第一戦始まったかな」

 私は拳銃を抜いて、フル装弾を確認してホルスタに戻し、イマイチ使い勝手が悪いロングソードを抜き、マインゴーシュを抜いた。

 防御用にマインゴーシュは欲しかったが、どうせ使わないのに冒険者免資格の規定で買うハメになった、中古のロングソードを抜いた。

「これなら短刀二本差しの方がマシだよ。認めてくれないんだけど、せめてちょっと軽いショートソードにしようかな」

 私は剣をしまい、ため息を吐いた。

「殴り合いなんて嫌だし、敵と400は保ってひたすら撃つ。それしかないか」

 興味本位で参加したこの試合、私が使うライフルがなにか違うと思い始めたのは最近だが、今さら他に変えられず一撃必殺を狙うしかなかった。

「まっ、いい相棒だよ」

 私は笑って、ライフルを抱えた。


 それからしばらくあって、いよいよ私の出番がやってきた。

 改めて気合いをいれて、私は両手でボッと魔力を放出させた。

「……よかった。一時的なものか。直った」

 私は笑みを浮かべた。

 他は知らないが、私の場合は魔力の変動が激しい。四大精霊というらしいが、これが極端に偏っている時は使わない事と、魔法学校でいわれていた。

 部屋から階段を上ると、そこは観客を満載した闘技場の舞台だった。

「なんだ、またテメェかよ!!」

 そこには、なにかとうるさいあのマッスルゴブリンがいた。

「あれ、捕まったんじゃないの?」

「この試合にエントリーしてたから、執行猶予だよ。ぐちゃぐちゃにしてやるからな!!」

 マッスルゴブリンが喚き、レフリーのルール説明が始まった。舞台から落ちたら負けだが、意図的に飛行の等で飛んでいる場合はノーカウント。但し、三十秒以内と決まっているようだ。

「では、はじめ!!」

 レフリーの合図で私は呪文を唱え、マッスル野郎が剣を片手につっこんできた。

「飛べ!!」

 私は一気に空に飛び上がり、ライフルを構えた。

 ビノクラで大体の狙いを定め、なにか怒鳴っているマッスルは無視して、私はその跳ねている右足を狙って引き金を引いた。

 ぎゃあという悲鳴が聞こえ、マッスルがうずくまった。

 私はその傍らに立ち、レフリーが試合継続意思のを聞いていた。

「戦えるかよ。立てねぇんだぞ。卑怯な事しやがって!!」

 喚きながら担架で運ばれるマッスルに一礼し、私の第一回戦は勝利に終わったのだった。


 朝から始まった大会は、いよいよ決勝戦を迎えた。

 まさかここまできてしまうとは思わなかったが、私は決勝戦の舞台に立っていた。

「さすがにここまでくると、私の手の内はバレているか」

 ゴブリンが魔法を使えない事を逆手に取った、空中狙撃もいい加減読まているようで、成功率は下がっていた。

「さて、どうするか……」

 私は相手の気を読みながら、ゴブリンにしては珍しくちゃんとした鎧を着たその姿は、呼吸音と合わせて不気味だった。

「……飛行なしで狙撃してみるか。ダメだな、相手の方が早いから、詰められたら終わりだ。あの鎧じゃ拳銃弾なんて効かないだろうし……やるか、魔法」

 私はそっと構え、呪文の詠唱を開始した。

「はじめ!!」

 レフリーの声と共に、私は巨大な火球を生み出して放った。

 しかし、鎧ゴブリンはそれを片手で弾き飛ばし、私は悟った・

「……勝ち目がない。降参」

 私はレフリーに向けて白旗を振った。

 会場からは大ブーイングの嵐だったが、これはあくまでもイベントである。無理する程ではない。

「……よかった。痛い目に遭わせるのかと、私は気が進まなかっのだ。さらばだ、また会おう」

 鎧ゴブリンは一礼して去っていった。

 こうして、鎧ゴブリンが優勝、準優勝は私という結果で終わった。


 片付けやらなにやらで夜になってしまったので、今日は王都から旅立つのは不可能になった。

 もう会わないだろうなと思っていた、赤いドラゴン亭に顔を出すとお姉さんが笑った。

「もう新聞で総叩きだぞ。絶対八百屋とか、あのゴブリンとできていて、優勝を譲ったとか……」

「どうやっても、勝つ手段が見つからなかったからだよ。あの場に立たなきゃ分からないって」

 私は笑った。

「なかなかいいセンスしてるね。アイツを敵に回して、まともに済んだ例がないんだよ。だから、みんなも期待していたけど、魔法一発で降参だもん。そりゃ、文句も出るよ」

 お姉さんが笑った。

「今日一泊お願いします。朝夕付きで!!」

「あいよ。205号室を使ってね」

 私は木札に205と書かれた鍵を受け取り部屋に移動した。

 一息入れたいところだったが、今日一日働いてくれたライフルの手入れがあった。

 たっぷり時間が掛かってそれが終わったところ、時刻はもう深夜だった。

「今日は日曜日。もう帰らなきゃね」

 私はネックレスの石にふれ、帰れと脳内で呟いたのだった。

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