第4話 鉱山にて

 翌朝、荷物を纏めた私は、宿をチェックアウトする前に、この辺りの地図を睨めていた。

「この辺はなにもなし。山を回れば鉱山か……鉱山。怒られるかもしれないけど、ちょっとよってみようかな」

 私は簡単に活動方針を決め、やっぱり気になる場所は行くという、冒険者の鉄則に従うことにした。

「さて、鉱山行きの乗り合いバスなんて、好都合なものはないよね。歩くか……」

 宿をチェックアウトすると、タイミングを合わせたかのように、警鐘が鳴り響いて街の門が閉ざされた。

「なに事?」

 このくらいでは驚かなくなった自分が怖かったが、ともあれ急ぎ隊員の配置をしている警備隊長に近寄った。

「ん、まだ滞在していたのか。助力してもらえると助かる。盗賊団の襲撃だ。門の上で狙撃して欲しい。数は二十以上だ。報酬は後で考えよう」

「分かった、門の上だね。急ぐよ」

 私は背嚢を背負って街中を駆け、警備担当が守っていた門の上の階段に着いた。

「体長からの指示です。通して下さい」

「分かりました、お疲れさまです」

 階段の番が退き、私はライフルを準備しながら階段を一気に駆け上った。

 門の上には、弓を準備している警備兵や、ガリガリと機械でクロスボウの弓を引く者のの姿があり、値段が高いせいか銃は少数派だった。

 私は銃身の前方に付いているバイポッド……二脚を下ろして構え、ビノクラで辺りをみた。

 この街から出入りするのはこの道だけという感じで、そこを馬車の大軍が一気に駈け上ってきた。

「……ボスを倒せば一発。こういう時、盗賊は熱くなって、ボスが戦闘で皆を鼓舞しすぎが多い」

 私は銃のスコープを覗いて、伏せ撃ちの体勢で射程に入るのを待った。

 やがて、スコープに大勢率いた馬に乗った男性が見えた。

「……この場合」

 私は迷わず、馬ではなく乗っている人に向かって引き金を引いた。

 私の弾丸は頭部に命中し、馬からもんどり打って転がり落ちた。

 馬たちの進軍が一時そこで止まり、お頭がやられたぞとかなんとか、大声で色々聞こえてきた。

 私はその隙を無駄にせず、照準は適当だったが、並み居る男たちを倒し、空になったマガジンをポケットにしまい、新しいマガジンをセットした。

「おい、スナイパーがいるぞ。これ以上近寄れねぇ……」

 馬たちの行軍は止まってしまい、ジリジリと後に引いているのが見えた。

 そう、これが狙撃の副作用だった。

 そこにスナイパーがいる。それだけで、軍の隊列が数日間止まってしまった事例があるほど、かなり厄介な存在だった。

「さて、そろそろかな……」

 しばらくすると、別働隊で動いていた警備隊員が、完全に戦意喪失状態の盗賊団に押し掛かった。

 私はバックアップに回り、やっと緊張の糸が切れて暴れ回る強盗を、後から射撃で倒していった。

「……今思ったけど、この銃って狙撃用かもね」

 戦いながらこちらにはみ出そうになった輩を撃ち倒し、私は小さく笑みを浮かべた。

「リロード!!」

 私が叫びと、ずっと控えていた弓とクロスボウを持った隊員が待ってましたとばかりに、一斉攻撃を始めた。

 その間にマガジンを交換し、私は銃のレバーを引いた。

「よし、いいよ!!」

 ひたすら攻撃していた隊員たちが攻撃をやめ、私はビノクラで辺りを探りながら、戦いが収束に向かっている事を確認した。

 結局、二十名いた強盗団は全員死亡で片が付き、こちら側の被害といえば、せいぜい何名かうっかり転けて骨折した程度だった。

「ふぅ、朝からこれかい」

私は銃を片手に座り、残弾数を確認した。

「あっ、あなたですね。凄腕スナイパーというのは」

 軽食を入れたバスケットを抱え、なぜか白衣の二人組がやってきて、私にサンドイッチ盛り合わせをくれた。

「ただの護衛がこれです。疲れました。しかもこれ、ただ働きですよ」

 私が笑うと、もう一人の魔法書を抱えた女の子が、寸志と書かれた紙を張り付けた大きめの革袋を私に手渡してくれた。

「おっ金、おっ金。世の中みんなこれ!!」

 とんでもない事を言い出した女の子にゲンコツを落とし、バスケットを持った女性は女の子を連れ、他の隊員の方に向かっていった。

「手料理か。いいな……」

 私は包みを開け、玉子サンドを一口食べた。

「ん、これは……」

 あまりの美味しさに思わず手が止まると、いつの間にか犬を連れた女性が立っていた。「分かる人みっけ。これ、拘ってるんだよ。パラゴニアの塩に玉子がエッグロワイヤルだし。ここのヤツらは食えればいいだからね。張り合いがないよ。じゃあ、ゆっくり休んで!!」

 恐らく、どこかのパン屋のオーナーなのだろう。

 店員たちにサンドイッチ盛り合わせを配らせ、自分は揺るやかな時間を過ごしている感じだった。

「余裕だなぁ。このくらいじゃないとダメだね」

 私は笑った。


 壁上の戦いが終わったあと、私はお呼ばれして警備隊の詰め所にいった。

 狭い建物内を隊員たちがぶつからないように、器用に歩いていた。

「あの……」

「マールディアで様ですね。隊長がお待ちです。ご案内しますね」

 やたら元気な女の子に続いて詰め所の中を歩いて行くと、隊長室と書かれた扉の前で止まった。

「隊長、お連れしました。入ります」

 女の子は扉をノックして、扉を開けた。

 中に入ると、そこらの小さな医院の診察室のように狭い部屋に置かれた椅子に、隊長が座っていた。

「これはお呼びだして申し訳ない。私は隊長のザイザルという者だ」

 ザイザル隊長は笑みを浮かべ、握手を求めてきた。

「いえいえ、私はマールディアです。たまたま立ち寄った街で、暴れてしまって申し訳ありません」

「いや、隊長として礼をいう。助かったぞ」

 ザイザル隊長は笑った。

「いえいえ、お役に立ててなによりです」

 私は笑った。

「うむ……。もう、この街を発つのだろう。ささやかだが、小型馬車を用意した。謝礼として受け取って欲しい」

「ば、馬車ですか!?」

 私は思いきり声が裏返った。

 この世界にきてまず探したのが馬車だったのだが、お金が足りなくて買えなかったのだ。

「うむ、中古の軍用なので乗り心地はよくないが、頑丈さは保証する。ティア、案内を頼む」

「承知です。では、マールディア様、ご案内します」

 ディアと呼ばれた先ほどの元気な子の案内で、私は詰め所裏の小さな厩舎にやってきた。「オッチャン、よろしく!!」

 ディアが叫ぶと、厩舎の奥から馬車に乗った爺様がやってきた。

「よし、きたな。マールディアさんでよろしいかな」

 爺様が問いかけてきた。

「はい、よろしくお願いします」

「うん……。乗馬経験は?」

 爺様が笑みを浮かべた。

「ありません」

 嘘を吐いても意味がないので、私は素直に答えた。

「なるほどな。危ないと思っておるかもしれんが、車両のブレーキ位置さえ覚えておけば、誰だって運転出来る。手綱で合図を送れば馬の方が勝手に動いてくれるから、特に問題はなかろう。車体の方も整備しておいた」

 二頭立ての馬車にしては、確かに少し小さくは会ったが荷台を幌で覆った幌馬車はまだまだ元気に走ってくれそうだった。

「ありがとうございます。これで、移動が楽になります」

 私は笑みを浮かべた。

「そうじゃろう。道中の無事を祈っているぞ」

 爺様の笑みに一礼し、私は手綱をパシッとやった。

 なぜか頭の中に宇宙戦艦ヤマトのテーマが流れはじめ、私は詰め所から発進し、街の出入り口に向かった。

 出口渋滞に並んでいると、三頭のドラゴンがじゃれ合いながら飛んでった、

「平和が一番だね……」

 私は思わず笑みを浮かべた。

 かなり待たされて、私が操る馬車の番がきて審査を受けた。

「へえ、お前さんが大立ち回りを演じたマールディアさんかい。そうは見えないけどな。審査は問題ないぜ。気をつけてな!!」

 街の役人に手を振って答え、私は鉱山方面に向かう事にした。

「さて、地図は……」

 私は御者台の隣に置いた背嚢から地図を取り出した。

 この世界の常識として、一番信用出来る地図は軍が刊行したものということ。

 それこそ、子供が落書きで書いたような代物すら、ちゃんと値段が付いて販売されていたりする。

 これも、そもそも街で生活している人たちには関係ないので、地図なんて誰が買うんだ? という感じだった。

「ここだと思うんだけどな。こういう林道は、国軍でも滅多にこないか……」

 道端に馬車を駐めて、地図と睨めっこしていると、鉱石を満載したトラックが脇にとまった。

「おい、こんなところでくつろいでいると危ねぇぞ!!」

 運転席から声が飛んでいた。

「鉱山に行きたいんです。この道ですか?」

「鉱山だと。この積み荷をみれば分かるだろ。この先すぐだ。なにしにいくんだか知らねえが、山男は口が悪いぜ。俺程度でビビってるならやめておきな!!」

 トラックを運転してきたオッチャンが笑った。

 概ね機械技術が遅れているこの国だが、トラックなどの重要なものは率先されて導入されていた。

「さて、この先か。ありがとうございます」

「いくなら、トラ屋のオーガスタの紹介でっていっておけ。門前払いはされないだろう。それにしても、冒険者だろ。変な場所に目をつけたな!!」

 トラックがクラクションを鳴らして山を下っていき、私は馬車で林道を進み始めた・

 あんな大型車が通れる林道など限られているので、私はすぐさま鉱山り口の、門が閉ざされた脇にある守衛室にたどりついた。

「なんだ、冒険者だと。用はねぇよ。帰りな!!」

 やはりというか、鉱山には入れてもくれない様子だった。

「あの、トラ屋のオーガスタの紹介なのですが……」

 私が恐る恐る声を掛けると、守衛のゴツいオジサンが頭を抱えた。

「なんだ、またアイツか。まあ、そういう事なら無下にもできねぇな。なにしにきた?」

「仕事でたまたま近くにきたので、どういう場所か気になりまして」

 私は笑みを浮かべた。

「おいおい、とんだ暇人だぜ。いいだろう、馬車は中の駐車場に駐めてくれ」

 守衛室の押しボタン一つで、見るからに頑丈そうなゲートが開いた。

 私が馬車を進めると、背後でゲートが閉じた。

 いわれた通り、馬車用の駐車場に馬車を駐め、背筋を伸ばしていると、青い回転灯を点した白い小型車が近寄ってきた。

「マールディアという冒険者は君かね?」

 車が私の前で止まり、運転席から下りた男性が声を掛けてきた。

「はい、そうです。見学がしたいだけで、他意はありません」

 私は一礼した。

「なるほど。失礼だが、冒険者のライセンスを見せてもらえるかね?」

 私は頷いて首にチェーンで下げてある、冒険者免許証を取り出した。

「シルバー……ではないな。似ている色だが、プラチナか。大したものだ」

 男性が笑みを浮かべた。

「これで、私も安心して案内出来る。車に乗りたまえ」

 車もあるにはあるらしい。

 黒塗り高級車っぽい運転手が開けてくれた、いかにも高級そうな車の後席に乗り、鉱山の敷地内を走ってもらった。

「ここは世界でも有数の炭鉱なんですよ。ただ、いくつも鉱床がある事が最近になって分かりまして、金や銀も出るようになりました。これは、あなたを冒険者と信用しているからのお話しですが、口外はしないで下さいね」

「そうですか。もちろん口外はしません。一口に鉱山といっても、大変ですね」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、大変ですがやり甲斐はありますよ」

 男性が笑ったとき、車の中に電子音が響いた。

「……無線の呼び出し音だ」

 この辺りは、さすがに私にも理解出来た。

「なんだと、至急防災チームに招集をかけろ。P7か」

 男性地図を広げ、頭を掻いた。

「あの、どうしました?」

「落盤事故です。重軽傷者多数、死傷者も出ているようです。しかも、場所が悪い……ここは地上からでも接近が難しい森の中にあります。すでに、地上チームが作業場を作っているようですが、いつまでかかるか……」

「あの、私も冒険者の端くれです。救助依頼を出して頂ければ、格安で引き受けますよ」

 私は笑みを浮かべた。

「そうですね、雇いましょう。あなたの相場が分からないのですが……」

「無理して案内して頂いた手前、そんなに多く受け取れません。金貨十枚でどうですか?」

 私が小さく笑うと、男性は驚きの表情を浮かべた・

「通常は、落盤事故の救助となると、金貨百枚は請求されるのに。恩に着ます」

 男性は笑みを浮かべた。

「それでは、さっそく始めましょう。トロッコは?」

「手押しですがあります。さっそく行動の入り口まで案内しましょう」

 車は速度を上げ、鉱山の敷地を走り抜けていった。


 問題の行動に着くと、私は使えそうなトロッコを探した。

「あった、いい感じにボロけてるけど、かえって使いやすい」

「それてよろしいですか?」

 一緒に車から降りた男性が声を掛けて着た。

「はい、あとはこれに何両か連結して下さい。被災者は何人ですか?」

「少なくとも、二十名はいます。内部の曲線を考えると、六両が限界なので全員のれるか……」

 さすがにここまでくると、私が何をしようとしているか分かったようで、男性が声を低くしてため息を吐いた。

「大丈夫です。乗せきれなければ、何回でも往復しますから。トロッコ列車を坑内に入れる場所に作って下さい。これは私では分からないので」

「分かりました」

 すぐに男性が声をあげ、大きな抗口から何本も伸びていいる線路上にトロッコを連結して並べた。

「あの、機関車も用意しましょうか?」

 男性が聞いてきた。

「大丈夫です。えっと……」

 私は最前列のトロッコに乗り、呪文を唱えた。

 トロッコの前に、いくつもウインドウが開き、トロッコの頼りない前照灯が透けて見えた。

「これで、この車両が機関車になりました。急ぎいってきます」

 私は呪文を唱え、ガラガラと空荷のトロッコ列車が動きだし、抗口から坑道へと飛び込んだ。

 周囲が真っ暗になり、トロッコの前部に設置されたカンテラのみが明かりだったが、私は最初から周囲を見ていなかった。

 自分で唱えた魔法に表示される様々なデータを確認しながら。私はトロッコ列車を事故現場に向かって突撃させた。

 途中で急カーブがあり、全トロッコの片輪が浮いたが、そんなことを気にせず、私は鞄の中から水が入ったボトルを取りだして一口飲んだ。

 突然、ピーッと電子音がなり、前方の路線図が点滅した。

「さて、ポイント切り替えだ。重そうだな……」

 トロッコ列車の速度が自動的に落ち、停車したところで、私は小さな切り替えポイントのレバーを倒して進路を変えた。

「よし、行くぞ」

 私は再びトロッコ列車に飛び乗り、一気に最大速度に上げた。

 車輪とレールが激しく摩擦して派手に火花が飛び、空転して走れないので速度を落とし、動き出したところでゆっくり最高速度まで上げた。

 この繰り返しで、私は崩落事故に急迫していた。

「嫌な時間は短い方がいいもんね……」

 私は呟き、全魔力をトロッコ列車に注いだ。

 コーナの度に、外輪側の車輪が浮き、でも知った事かとガンガン飛ばし、時々あるポイントを手動で切り替え、脱線スレスレのトロッコ列車を急ブレーキで停車させた。

「……きたか」

 崩落事故で天井が派手に崩れた現場に着くと、私はトロッコから降りて、土砂の山に手を触れた。

「……ダメだ。ヘタに崩すと二次災害に遭う。しまったな、山の男を何人か連れてくるべきだった」

 私はため息を吐いた。

「なんだおい、やっとお呼びか?」

 まさかと思っていたが、十人ほどの山の男たちが、それぞれ道具をもって笑みを浮かべた。

「あ、あれ、きちゃったんだ……」

「当たり前だ。俺たちの山だぜ、なんかあれば動くのは当然だろ。しかし、すげぇ速度だったぜ。よし、まずは邪魔くさい土砂を退けるぞ。お嬢ちゃん、反対方向は大丈夫なのか?」

 山の男に聞かれ、私はうなずいた。

「どうしても、私が操作する車両はダメだけど、ほかの車両なら遠慮なく使って」

「よし、分かった。お前ら、仕事だぞ!!」

 それぞれが道具を手に、山になった土砂のかき出し作業が始まった。

 次々に車両が満載になり、山の男が叫んだ。

「これ以上詰めねぇ。地上に受け入れ担当が待機してる。急いでひとっ走りしてくれ」

「分かった、いってくる」

 私はトロッコ列車を発車させたが、さすがに満載の車両は重かった。

 私は呪文を唱えた。

「ブースター三段目!!」

 自身の魔力を大きく増やす魔法を限界点の三つ使い、なんとか無理矢理トロッコ列車を可能な限り速く走らせた。

「お、重い……。でも、これ以上出来ないな……」

 行きよりかなり遅い速度だったが、これはいかんともしがたかった。

 それなりに時間を掛けて抗口から外に出ると、トロッコ列車が止まる前にいきなり土砂のかき出しが始まった。

 行きの繰り返しで、真っ先に土砂が退けられた先頭のトロッコに乗り込み呪文を唱えると、一回だけアラーム音がなった。

「うん?」

 背後を振り返ると、土砂を退けたトロッコに木箱を積み込みはじめていた。

「発破だ。ソロソロないと辛いぜ。落としたりしたくれぇじゃ爆発しない、比較的安全なものだ。これだけあれば足りるだろ。頼んだぜ」

 木箱を積んでいた山の男に頷き、私は危険物の積み込み具合を検討した。

 ほぼ全車一杯になるほど木箱が積み込まれ、私は気合いを入れ直し、トロッコ列車を一気に加速させた。

 また積み荷があるので重かったが、土砂に比べれば全然大した事はなく、ブーストした魔力が余って派手に魔力光を散らすトロッコ列車は、危険物輸送中なんざ気にせず、暗闇の中を派手に突っ走り、程なく先ほどの現場に戻った。

「おっ、発破じゃねぇか。ちょうど欲しくて困っていたんだよ。危ねえから、空荷で地上に戻ってくれ

「分かった。気をつけて!!」

 私はからのトロッコ列車をうっかり魔力全開のまま加速させてしまい。最前列の車両から、そのまま最後尾の車両まですっ飛ばされて収まった。

「や、やばい、コントロールできない。最前列に行かないと」

 私は前方のトロッコに無理矢理飛び乗り、直後に差し掛かった急カーブで吹っ飛ばされそうになり、死にそうな思いを味わった。

「こんな時は気合い!!」

 私はさらに前方のトロッコに飛び乗り、なんだか妙に慣れてきた頃に最前列の車両にもどった。

「えっと……ま、間に合わない!?」

 どうブレーキを掛けても、トロッコ列車は月を背景に空を飛ぶという結果が表示され、私はどうしたものかと頭を掻いた。

「……これしかない。避けてね逆噴射!!

 私は火炎系の魔法を前方に向かってフル出力で吐き出し、全車両のブレーキを一気に掛けた。

 凄まじい金切り声と共にブレーキが掛かり、逆噴射ロケットが真っ赤な炎をまき散らかした。

「と、とまれぇぇぇ!!」

 思い切り叫びながら、私は限界点の魔力五倍にして、前方に向かって吹き出している炎の数を増やした。

 それが功を奏したらしく、抗口からレールが出て行き止まりの車止めに接触する手前で、なんとか列車は停車した。

 すぐに逆噴射に使っていた火炎を止めると、まともなブレーキがほとんど残っていない各車両に、山の男が車止めを装着してくれた。

「俺も魔法勉強しようかな。楽しそうだぜ!!」

「……やめた方がいいです」

 私は苦笑した。


 結局、これで私が出来る仕事が一段落し、元気に歩いて出てきた人たちが笑い、白い布を掛けられた遺体が三人ほど出てくると、私は軽く黙祷した。

「はい、イレギュラーがありましたが、もう鉱山は十分堪能された事でしょう、出入り口まで送ります」

 最初の男性が私に声を掛け、私は頷いて車に乗った。

 こっそり時計をみると、まだお昼を少し過ぎたところだった。

「徒歩だったら難しいけど、馬車があるから下山して最初の村か街で宿を取るかな。次にどこに行くかは、その時次第か」

 私はそっと呟き、車は鉱山入り口の駐車場に止まった。

「これは報酬です。少ないですが」

 男性がくれた革袋は大きさの割には重く、恐らく金貨が入っているだろう事は想像が付いた。

「もらい過ぎだね。返すわけにもいかないから、ありがたく」

 私は笑みを浮かべた。

「では、私は事故の報告書を作成しないといけないので。また機械があれば」

 男性は頭を下げ、ゆっくりと白い建物に向かっていった。

「さて、私も退散しようかな」

 私は馬車の荷台に乗り込み、もらったばかりの報酬を鞄に入れ、ライフルを手に取ると御者台に置いた。

「さて……」

 私は御者台に滑り込み、軽くライフルの動作チェックをやったあと、ゆっくり馬車を走らせはじめた。

 鉱山の頑丈そうな門を抜けると、私は山を下る道を選択してゆっくり下りていった。

「この辺り、地図がゴチャゴチャなんだよね。こういう時に、地図読みや書く専門職のマッパーがいると助かるんだけどね」

 頭を過抱えながら手綱を取り、ライフルを肩に下げて多分こっちかという感じで道を選んでいた。

「うーん……迷ったな。これ……」

 私は地図を傍らに置いて苦笑した。

「おーい、お馬さん。好きに歩いて山をおりてよ」

 ……しかし、馬は反応しなかった。

「はぁ……馬車があるだけマシか」

 私は気を取り直し、地図を開いて検討を始めると、賑やかに笑い声を上げる一団が、道の反対から上ってやってきた。

「あっ、冒険者かな。こんにちは!!」

 パーティのリーダーと思しきお兄さんが声を掛けてきた。

 礼儀として馬車から飛び下り、地図を片手に私は挨拶を返した。

「あのさ、どっかで火傷しなかった。髪の毛もチリチリだし、派手に魔物と戦ったの」

 まだ子供という感じの女の子が、杖を振りかざした。

 魔力光が私の体を包み、なんだかヒリヒリしていた肌の感触が直った、

「ありがとう。とってもビッグでファットなツチブタがいてね。そっちも冒険者っぽいね」

 私が笑みを浮かべると、リーダーが笑った。

「はい、特に目標はないですけどね。地図を片手ということは、もしかしたら迷っていましたか。よろしければ案内しますよ」

「うん、とにかくこの山を下りて、麓の村か街で宿を取りたいって考えているんだけど……」

 私が苦笑すると、元気な女の子が出てきて地図をみた。

「私たちがきた道がこれです。ほとんど一本道なので、街道までは迷わないと思いますよ。リンクスという村が一番近いです」

「ありがとう、助かったよ。これ、お近づきの印に」

 私は財布を取り出した。

「おっと、よき旅を」

 全員が財布を出し、銀貨を交換した。

 由来は分かっていないが、これは古き良き時代の冒険者の仕来りのようなものらしい。

「それでは、失礼します。ご無事で」

 パーティの中で一番お姉さん格とみた女性が笑みを浮かべ、私たちは道をすれ違うようにして別れた。

「よし、道が分かれば大丈夫。早く山を下りよう」

 私は手綱を握り、教わった通りの道を辿って山を下りた。


 山で教わった通り、街道を進んで行くと大草原地帯に赤い夕日が落ちてきた。

「これ、間に合うかな……」

 実のところ、閉門後もいくばくか賄賂を渡せば街の中に入れるのだが、出来ればそういう事をしたくないので、私はリンクスという名の村を目指して二頭立ての限界速度に近い勢いで、ガタガタと石畳の上を飛ばしていた。

「……ん?」

 私はなにやら気配を感じ、ブレーキを掛けながら馬車を街道の石畳を塞ぐような形で急停車した。

 ライフルを片手に地面に伏せると、馬車に弾が当たる音が聞こえた。

「さて、どこだ……」

 ビノクラで辺りを見回すと、人一人分の地面が少し開いて、こちらに向かって発砲してきた。

 地面を転がって敵弾を避けると、先ほど撃ったやつの姿が消え、再び辺りは静かになった。

「蛸壺か。さっきの残党だね。狩るか」

 蛸壺とは、人一人が入れる穴の俗称だ。

 この中に入って全身を隠し、必要な時だけ蓋を少し上げて狙撃を試みてくるという簡単なものだったが、一人ではなかなか苦労する敵だった。

「……少し叩いてみるか」

 私は適当に狙いをつけ、草原になっている地面に向かって一発撃った。

 それでビックリしたか、すぐ近くの蓋が開いたので、私は迷わず照準を合わせて撃った。「まさか、一人って事はないよね。よし……」

 私は呪文を唱え、地面に無数の割れ目を作った。

 やはり何人もいたようで、割れた地面に飲み込まれ、少し頭がいい盗賊団は壊滅した。「……よし」

 私は呪文を唱えて割れた地面を元に戻し、匍匐で進みながら草原地帯をビノクラで見て進んだ。

 すると、やはりまだいたという感じで、慌てて蛸壺から這い出て逃げようとしている三名の盗賊を派遣した。

 私は素早く照準を合わせ、距離が約千メートルとかなり遠かったので、自信はなかったが、引き金を引くと、身をよじって盗賊は倒れた。

 残り二人も距離はあったが、私の弾丸は二人に命中し、のたうち回っている姿が見えた。

「さて、ここで殺したらバカだね」

 私はライフルのマガジンを替えて肩から下げると、拳銃を抜いて周囲に気を配りながらのたうち回ってるデブ(仮)とチビ(仮)に近寄った。

「随分無粋な挨拶してくれたから、私も答えただけだよ。いつくるか分からない街道パトロールに代わって尋問だよ。デブでもチビでもいいや。組織名は?

「いてぇ、いてぇよ!!」

「こ、殺せ。痛ぇ!!」

 私は拳銃で二人の足の甲を撃った。

「あんたらもやってたでしょ。少しは痛みが分かった?」

 私は拳銃を構えた……が、すぐに放り投げると、ライフルを構えて背後から狙っていた蛸壺野郎の脳天をぶち抜いた。

「なんなのここ。落ち着いて話しもできないけど、あんたらを馬車に乗せるなんでゴメンだからね」

 私は投げ捨てた拳銃の土を払い、デブのこめかみに銃口を押しつけた。

「どうも二人とも下っ端みたいだし、どっちも価値は一緒なんだけど……助かりたい?」

 私がゴリゴリ銃口を押し当てているでぶっちょが涙目で頷き、チビの方が動きが固まった。

「あんたらもバカだね。そうやって命乞いをしたヤツを、何人ぶっ殺してきた。私は正義の味方でもなんでもないけど、気に入らないったらないよ。せめてもの慈悲に、永遠の黙秘権とお友達を一緒に送ってあげる。いくよ」

 私はでぶっちょを突き飛ばして、眉間に拳銃で穴をあけ、固まってしまったチビのこめかみを撃ち抜いた。

「はぁ、ったく。この辺一帯、街道パトロールに掃除しもらおう。これじゃ危なくて楽しくないよ」

 私は街道に駐めてあった馬車に乗り、リンクス目指して再び移動をはじめたのだった。


 リンクスの村にたどりついたのは、閉門時間ギリギリの二十時だった。

「はぁ、らしくない事をやったせいかな。どうも、気分が悪い」

 村に一軒しかない飲み屋のカウンターでお酒を飲みながら、あたりめを囓っていた。

「まあ、こっちは一応女の子一人旅だし、いつくるか分からない街道パトロールなんて待てないから、間違った事はしてないはずだけどね……」

 はぁとため息を吐いてから、どうにも美味しくないお酒を打ち切り、お代をカウンターに置いて、私は宿に戻った。

 部屋の鍵をかけ、私はライフルの分解整備をはじめた。

 この銃は軽くてしっくりくるのはいいが頻繁なメンテナンスが必要だった。

「……さて、最後にクリーニングして完了」

 私は整備が終わったばかりのライフルをベッドの上に置き、サブで使った拳銃の整備も済ませた。

 これが邪魔なんだけど、持ってろっていわれているんだよね……」

 最後に腰に帯びていたロングソードを抜き、腰の後ろのマインゴーシュの手入れをはじめた。

「これがすぐに錆びるんだよね。面倒なだけ!!」

 私は全ての武器をベッドの上に並べ、思わず苦笑した。

「これで革鎧を脱げば完了か。異世界旅行は大変だこと」

 私は笑った。

 いつもならはここでシャワーでも浴びてくる感じだったが、なんとなく嫌な予感がして、私は再び武器を帯びた。

 そのまま、ゆったりとまでは行かないが、リラックスしてお酒を飲んでいると、いきなり村の警鐘が鳴った。

「ほらね!!」

 私はベッドをはね除けるように立ち上がると、そのまま部屋を飛び出た。


 普段は静まりかえっているであろう村は、警鐘の鳴る中一騒ぎが起きていた。

 今は夜で闇しか見えないが、昼の記憶では蛸壺だらけの草原地帯だったはずで、そちらからたくさんの明かりが見え隠れしていた。

「アレンフット団だ。敵に回ったようだが、ちと面倒だぞ」

 聞いてもいないが、私が昼間にいざこざを起こしたのは村ではすでに周知の沙汰ようで、自警団の兄ちゃんが声を掛けてきた。

 私は暗視機能付きの使い慣れたビノクラで確認すると、武装した集団が村に迫っていた。「これは……きたね」

 私は立射でライフルを構え、様子を確認した。

 一団の真ん中辺りに、一人だけ立派な鎧に身を包んだヤツが混ざっていた。

 私は近くを通った警備兵を捕まえた。

「あれは?」

「アレンフット団っていう、強盗の集団だ。この辺りをシマにしていてな、よく商隊などが被害を受けている迷惑者だ。向こうから攻めてくるなんて、これが初めてだから、どうしていいか分からん」

「じゃあ、私がいう通りにして。警備兵の数は?」

「何分小さな村だ。二十人もいない。しかも、古びた剣や錆びた鎧が装備だ。勝ち目はねぇぜ」

 捕まえたオッサンはため息を吐いた。

「よし、それじゃ警備兵は村の避難誘導を優先して。可能な限り、私が一人で相手するから」

「分かった、助かる。それじゃ、またな。死ぬなよ!!」

 オッサンは笑みを浮かべ、村の中に消えていった。

「さて、掛かるかな……」

 もう村に大分迫っていた盗賊団を再びビノクラで確認すると。私は近くの家の屋根に上った。

 距離はもう千メートルを切り、まずは第一目標に定めた立派な鎧を着たヤツに狙いを定めた。

 鎧を撃っても弾かれる可能性があったので、私はもう少し村に引きつけてから撃つことにした。

 強盗団はゆっくり村に接近し、立派な鎧をきた男が片手を上げた瞬間、私は引き金を引いた。

 距離にして六百メートル。よほどの荒天でなければ、まず外す距離ではなかった。

 手を上げたまま馬から転がり落ちた鎧男に、周りの連中が殺到した。

 その連中に向かって、適当に一、二発撃ったあと、私はビノクラで状況を確認した。

「……いた、やっぱり裏にいた」

 別働隊だろうが、村の裏に数名の怪しい黒ずくめがウロウロしてた。

「指揮系統が乱れてバラバラね。これを狙っていた」

 私は残弾を残したマガジンをフル装弾の者に替え、村の裏で露骨に怪しい動きをしていた連中三人を、残らず撃ち抜いた。

「クリア。あとは……」

 家の屋根を飛び移っては狙撃ポイントを変え、ビノクラで辺りを監視しながら村中を飛び回り、特に異常がない事を確認した。

「よし、オールクリア。徹夜かと思ったよ」

 私は一人呟き、笑みを浮かべた。


 騒ぎを聞きつけた街道パトロールが村にやってきたとき、一際騒ぎが大きくなってしまった。

 私が最初に狙撃した立派な鎧の男は、この辺りを縄張りにしていた強盗団のボスで、まさに攻撃開始を指示しようとしたタイミングだったらしい。

 村の裏をうろついていた連中は、攻撃開始と同時に油を撒いて放火しようという算段で待っていたようで、待ってる間に私に撃たれてしまったというわけだった。

 街道パトロールの調書作成に協力している間に夜はすっかり明けてしまい、全てが終わったあと、私は宿のベッドに倒れるように横になってしまったようだった

「あっ、帰らないと。月曜の朝だ!!」

 私は一人呟き、ネックレスの石に触れた。


 自分の世界に戻ってみれば、私は静かにベッドに横になったままだった。

「さて、遅刻ってほど忙しくはないけど、暇でもないな」

 私はベッドから下り、体を解しながらシャワーを浴びにいった。

 着替えを済ませて軽く化粧して、家をでて駅に向かった。

 私にとっては、こっちが日常。この切り替えは重要だったが……。

「次のゴブリンマッチってなにやるんだっけ。王都だと三日か。思わずエントリーしたけど、日程がギリギリだな……」

 そう、どうにも切り替えが悪い頭は、どうしてもアンテナが異世界を指向してしまうのだった。

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