第3話 依頼完了

 街の役場は思っていたより小さく、ここの歴史がにじみ出ていた。

「ここが役所です。冒険者課窓口が相場なので、さっそく行きましょう」

 私は笑みを浮かべ、私は女性と一緒に役所の出入り口から中に入った。

 一応、総合受付で場所を確認すると、目的の場所はやはり冒険者課だった。

 階段を上って二階に行くと、そこはやたらゴツい人たちのたまり場になっていた。

「……前は怖くて入れなかったな」

 思わず呟き、まずは窓口で特別許可の申請用紙をもらった。

 そのままでっかい体で、チマチマ記入台で紙に書き物をしていたミノタウロスの隣に立ち、私は申請書にサラサラと書いて、最後にサインした。

「あの、ここにサインをお願いします」

「はい、ここですね」

 女性は雇用主の欄にサインすると、その髪を持って窓口にいき、冒険者ライセンスを見せた。

「はい、確かに受理しました。明日の朝刊を楽しみにしていますよ」

 窓口のオジサンが受理印を押した控えを差し出してきて、小さく笑みを浮かべた。

「よし、これで役所仕事は終わりです。後が爆発する前に、撤退しましょう」

 私が笑みを浮かべると、ついには記入台をぶっ壊してしまったさっきのミノタウロスが、吠えながらブチ切れて暴れ始め、他の冒険者ともめ事になっていた。

「あの、あれは大丈夫なのですか?」

「はい、冒険者課はあんなのばっかりなので、職員は取り押さえる事に慣れています。催涙ガスがくる前に、急いで下りましょう。

 私たちが階段にさしかかったところ、背後から白い煙が迫ってきていた。

「急ぎましょう。煙を吸ったら大変です」

「はい」

 私たちは慌てて階段を下り、そのまま役所をあとにして、女性の家に向かった。


 夜まで間があったので、私は女性の家で準備をしていた。

 お気に入りの曲を鼻歌で歌いながら、ライフルの銃身を磨き、夜間でも使えるタイプに取り替えたスコープの調整をした。

「うん……。すいません、銃の調整をしたいので、そこの畑が見える窓から撃っていいですか?」

 お茶を飲みながら、私の様子を物珍しそうに見ていた女性が、笑顔で頷いた。

「ありがとうございます。では……」

 私は椅子から立ち上がり、窓からライフルを問題の芋畑に向けると、一発撃った。

 それから家を出て芋畑を確認すると、ひっくり返された畑の土に、私が撃った銃弾の痕が刻まれていた。

「うん、狙い通り。ゼロ・インはこれでいいね」

 私は畑から家をみて、それから反対方向をみた。

「……最大八百メートルかな。ギリギリか」

 私はライフルをみて、小さく息を吐いた。

「いつの間にか、ちょっとは上手くなっちゃかな。これがないと草原を歩けない程度には馴染んじゃって、まぁ」

 私は一人小さく笑った。

「さて、あとは夜か。街の門が閉まるのは二十一時。それまでが勝負かな」

 私はポケットから煙草を取り出し、火を付けた。

 携帯灰皿に灰を落としながら、周囲をよく観察した。

「……あの木に一人、あそことあそこに一人ずつか。ヤケクソ起こされなきゃいいけど」

 実のところ、私はもう犯人の目星が付いていた。

 だから、わざわざ役所にいって、特別許可を取ったのだ。

 この特別許可の意味。今のところは単なるゴブリンによる被害だが、裏があって人間が絡んでいる可能性が高いこと。

 その際、犯人を撃ってもいいという許可をもらったのだ。

 つまり、ゴブリン退治でなんで人間が……とならないための担保だった。

「さて、もういいかな。遊びじゃないんだけど、こんな刺激はここだけだもん。密かに楽しみますか」

 私は小さく笑った。


 女性の家でお茶をしたり、ご飯を頂いたりしてると、日が暮れて窓の外が暗くなってきた。

「では、私は仕事してきます。窓は閉じておいて下さい」

「分かりました、お願いします」

 私は使用感が出てきた背嚢を背負い、玄関から裏の畑に回った。

 明るいうちにいくつかポイントの目星を付けてあり、私はその一つに陣取ると、背嚢を脇において、ライフルを脇に置いた。

「さて……」

 私は暗視モードのビノクラで辺りを見回し、その時を待った。

 どれくらい経ったか、やがて畑の向こうに光るなにかを持った誰かさんたちが、三々五々集まってきた。

 微かにゴブリンが立てる音も聞こえ、私は銃のレバーを引いて初弾を装填した。

「……距離1300。遠すぎる」

 私は暗視モード付きライフルのスコープ越しに、光るなにかをもった連中との距離を測った。

「まあ、始まったばかり。焦らない焦らない……」

 自分にいい聞かせながら待つと、ゆっくりと向こうから歩いてくる連中が、私の読み通りの配置についていくのが分かった。

「……この場所だと、こう配置するしかないもんね。数は三人か。思ったより少ないな」

 ビノクラで全員の配置を確認すると、私はスコープを覗いた。

「一番近くで距離四百メートルか。ちょうどいい。黒ずくめの目出し帽で、手には淡く光るオーブかな……あれで魔法を使っているのかもね」

 私はビノクラから目を離し、肉眼で辺りを見回した。

 こうなってしまうと、オーブが放つ光程度ではよく分からず、目撃されないのは当然だった。

「オーブ……魔法球か。あの青色は操作系魔法が封じられてる証拠だね。狙うのはあれか」

 私は再びビノクラで観察しながら、ポケットに入れておいたお菓子を食べた。

「うん、美味しい。さてと……」

 まだ時間が早いのかと時計をみると、こちらの時間は間もなく街の門が閉じる頃合いだった。

 一度閉ざされた門は、例え国王でも通さない。

 この世界の常識なので、みんな夕方が迫ると焦るのだ。

「そろそろ動くか……」

 案の定、スコープを覗くと、一番近いターゲットがオーブを天に掲げていた。

「……詠唱中。今」

 私はターゲットのオーブを狙って、ライフルの引き金を引いた。

 いきなりオーブが弾けて散らばったことを確認すると、私は背嚢を手で持って次のポイントまで走り、素早く二人目のオーブを打ち砕いた。

 なにが起きたか分からない様子で、めったやたらに撃ちまくる敵弾をくぐり抜け、私は最後のポイントに着くと、オーブを放り出して銃を乱射している三人目の頭を撃ち抜いた。「ふぅ、ここで油断しちゃだめ……」

 私は自分にいいきかせ、ビノクラでしばらく辺りの様子を観察した。

 闇の中から、急にゴブリンたちの声が聞こえ始めた。

「ほらきた、ゴブリン使い。この騒ぎで街の衛兵がくるとは思うけど、畑の他の作物を守らないと」

 私は二発残ったマガジンを投げ捨て、五発フル装弾のマガジンを装着した。

「このライフル、性能はいいんだけど最大でも五発しかマガジンにセット出来ないんだよね。数が多くありませんように……」

 半ば祈りながら私は出し惜しみなく、最初に見えたゴブリンを撃ち倒した。

 その後もゴブリンたちが現れ、十体ほど倒すと辺りは静かになった。

「……よし、クリア」

 しばらくビノクラで辺りを監視し、なにもない事を確認した私は、背嚢を背負って家の窓を叩いた。

 すぐに窓が開いて心配そうな女性に、私は笑みを浮かべた。

「任務完了です。警備兵を呼んで下さい。そこら中に証拠があるので」

「分かりました。中で休んでいて下さい」

 女性が玄関の扉を開けて、駆け出していった。

 ちょうど近くに警備兵の詰め所があるので、恐らくそこに向かったのだろう。

「あーあ、夕食が遅くなっちゃったよ」

 私は笑った。


 すぐにすっ飛んできた警備兵たちは、魔法の明かりを打ち上げ、畑周りの捜査を始めた。

 最初と二人目のオーブを狙って撃った私の弾丸は、見事にターゲットを撃ち抜いたようで小爆発で気絶していたが、三人目は即死だった。

 あとは、私が倒したゴブリンの骸がそこら中に転がっていて、結局、ゴブリンを操っていた三人が、畑を荒らしていたと結論づけられた。

「では、あとは警備兵にお任せして、私は宿に行きます」

「はい、ありがとうございます。報酬が少ないのはごめんなさい」

 私は依頼主の女性から小さな布包みを受け取り、小さく例をした。

「では、またご縁があれば」

「はい、気をつけて下さいね」

 私は女性に笑みを浮かべ、昼間確保した宿に向かった。


 宿の部屋に入ると、私はまずライフルの手入れを始めた。

「今回もお疲れ様でした。なんてね」

 私は各部調整とクリーニングを手早く片付け、ベッド脇に立てかけた。

「さて、明日は帰りか。その前にどこに行こうかな。鉱山はヤバい感じらしいし、起きたら決めるか」

 私は時計を確認し、少し早めではあったが、シャワーを浴びて寝る体勢に入った。

 体を覆っていた防具類を丁寧に片付け、シャツとズボンという楽な姿勢になると、私はベッドに横になり、睡魔を待ったのだった。

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