第2話 依頼の終わりと新たな依頼
長かったような短かったような一週間を終え、私は自宅に帰った。
軽くシャワーを浴びてから、部屋着に着替えて軽くテレビを観た後、私はベッドに横になって、ネックレスの石に触れ、『行け』と心の中で呟いた。
一瞬だけ酩酊感があった後目を開けると、そこは例の白い部屋だった。
「おっ、きてくれたか。信じてもらえないかと思っていたのだが、杞憂に終わってよかったぞ」
ペンタウルが軽く頭を下げた。
「今回は、実際に向こうで、どう生活するのか教えたいと思う。まずは、名前を決めよう。たしか、岸田涼子だったな。この名前をそのまま使ってしまうと、向こうでは派手に目立ってしまうからな……。なにか、希望はあるか?」
ペンタウルに聞かれ、私は困ってしまった。
「そうですね……」
「まあ、確かに悩むな。ランボーとかどうだ?」
私のグーパンチが、ペンタウルを弾き飛ばした。
「なかなかいいパンチを持っているな。ここはいわば中継地点なので、そちらの情報も入ってくるのだ」
ペンタウルが起き上がって近寄ってきた。
「向こうではどういう名前が多いのですか?」
「それはなんともいえぬな。様々な名前があって統計が取れないのだ」
ペンタウルは小さく息を吐いた。
「それではマールディアで。なんとなくですが」
「分かった、これが決まればあとは……」
ペンタウルがブツブツ呟き、私の体が一瞬だけ光った。
「マールディア・クラウン。年齢は二十一才に設定した。性別はもちろん女性だぞ。もちろん、あの世界で使われている主な言語を読み書き出来るようにしておいた。言葉も通じなければ、金もないのでは話にならないだろう。あとは知識だな。これは、あちらの世界に行けば、素直に分かるようになるだろう。変な人がいると通報される事はないと 思うぞ。では、さっそくではあるが、あちらの世界で働いている部下のゾルディがやっている店に転送しよう。細かい事はヤツに聞けばいい」
ペンタウルは一通の封書を手渡してきた。
「その紹介状で、なにもいわなくても通じるはずだ。なにかあれば、ゾルディを頼るといい。では、準備はいいか?」
「ちょっと待って下さい。どんな世界なんですか?」
私が慌てていうと、ペンタウルは笑った。
「心配しなくていい。そっちの言葉ではファンタジーといったかな。特に問題もなく基本的には平和な場所だ。安心して欲しい。では、いくぞ。あちらの世界は、現在時刻午前三時半くらいだな。ゾルディは飲み屋をやっていてな、そろそろ最後の客も捌けるだろう。もし、私からの連絡があるようなら、そのペンダントが光るので応じて欲しい。では、行こうか」
ペンタウルの声と共に、私の意識は闇に飛んだ。
視界が戻り、頭のクラクラを軽く振って我慢すると、いきなり世界が変わっていた。
大きな店の出入り口に立ち、時間が時間なので人通りはなかったが、かなり大きな街だと感覚で分かった。
「おう、お前さんか。マールディアでいいんだな?」
背後にあった出入り口の扉が少し開き、鉢巻きをしたゴツいオジサンが大きな笑みを浮かべて、手招きした。
「詳しい話は中でだ。店の片付けでうるさいが、我慢してくれ」
「あの、あなたがゾルディさんですか?」
私は恐る恐る聞いた。
「ああ、そうだ。さん付けはやめて、呼び捨てでいい。俺も呼び捨てにする。面倒だからな」
ゾルディは笑った。
「分かりました。私はよく事情が飲み込めていないのですが、よろしくお願いします」
「なんだよ、またかよ。ペンタウルの旦那も急ぐのは分かるがよ、ちゃんと説明しろってんだ。まあ、いいか。こっちこい」
私は頷くと、ゾルディの店に入った。
店内は広く、数多くあるテーブルの上に椅子が逆さに乗って置かれていた。
「今日は客の捌けがよくてな。いつもは明け方までダラダラやってるんだ」
店内を歩く私を先導するように進むゾルディは、カウンターの裏を抜けて、小さな事務室のような場所に案内してくれた。
「あなたがマールディアさんですね。私はここで、この店の経理関係などを担当してるトータスという者です。本日の売り上げ計算が終わったので、私はこれで帰宅します。お疲れ様でした」
礼儀正しいトータスさんは、そのまま出入り口から外に出ていった。
「よし、これで大丈夫だな。この世界はゾランダっていうんだ。このファテマ王国が、一番栄えてるかもな。さて、あの旦那から紹介状をもらっただろ。見せて欲しい」
私は少し厚めの封書をゾルディに手渡した。
「……ほう、魔法を撃てるほどの才があり、同時に銃を使うのもすぐに上手くなるだろう。剣も悪くねぇらしいが、あくまでも銃の予備にしておいた方がいいな。ガッツリ筋トレしてる時間がねぇだろ。せいぜい、敵に見せるだけにしておいた方が怪我しなくていいぜ。銃と魔法か……。よし」
ゾルディが事務室にある大きなロッカーを開け、扉を開いた。
「銃と魔法なら状況から考えて、拳銃は必須だな。これは最新型だ。あとは、邪魔かもしれんが、ライフルを渡しておこう。この街は草原地帯のど真ん中にあるから、拳銃だと問題があるからな」
ゾルディがロッカーから取り出したのは、拳銃とライフルだった。
見るのも初めてだったが、なかなか迫力があって脂のニオイが漂っていた。
「もちろん新品だ。挨拶代わりにプレゼントするぜ。この街には魔法学校もあるし、まずは準備だな。ペンタウルの旦那から、今日お前さんがくるって連絡があって、服やらなにやら用意して待っている。ここは自宅も兼ねてるから、二階にいるぜ。ちょっと狭いが……」
ゾルディが天井の金具に棒を引っかけ、そのまま下に引っ張るとハシゴのような階段が下りてきた。
「あ
「なにせ、設計する時に店に夢中になって、うっかり二階に行く階段を忘れちまってな、無理矢理作ったんだ。危ねぇから気をつけろ」
ゾルディが階段というかハシゴを上り私があとから付いてくと、綺麗に整えられた廊下が目の前に現れ、どこか薄汚れたワイルドな一階の店とは違う空気が漂っていた。
「部屋数は多いんだが、これもどでかい店を作ろうって考えて、結果としてデカい二階が出来ちまった感じだ。うちのチビ助どもは寝ているから、ちょっと静かに付いてきてくれ」
私はゾルディのあとを続き、廊下の隅にある部屋の扉を軽くノックした。
「連れてきたぜ」
ゾルディが小声で囁くと、扉が開いて優しそうなおばちゃんが笑みを浮かべた。
「いらっしゃい、私はシズクといいます。マールディアさんの話は聞いていますよ。準備っした装備があります」
「はい、失礼します……」
私はシズクさんの部屋に入った。
大きなベッドの上には様々な者が置かれていた。
私はあまりやらないが、それでもいかにもファンタジックな服が置いてあり、まずはそれに着替えるように勧められ、私は着替えを済ませた。
「これで、もうこの世界の住人です。あとは装備ですね……」
シズクさんの手によって、私は革鎧と可愛い革製の帽子を被った、完全非日常の姿になった。
「実は、服のサイズ等はペンタウルさんから伝えられていたのです。怒らないで下さいね。本人から聞いて探すのがベターだったのは分かっています」
「は、はい、分かりました……」
私はちょっとだけ赤面した。
「すでにご存じかも知れませんが、この世界は世界樹の乱れで消滅の危機を迎えています。といっても数百年単位の話ですが、場合によっては世界樹がさらに乱れ、全ての世界に影響を及ぼすかもしれません。マールディアさんは、その対策要員として、お暇な時にここで活動して頂くだけでいいのです。そうすれば、あなたの世界と世界樹の結びつきが強まり、そこを介して異常をきたしているこの世界が、世界樹から零れ落ちてしまう恐れも少なくなります。実際、今は随分安定しました。毎日のように小さな地震が起きていたのですが、今日はありません。ありがとうございます」
シズクさんが笑みを浮かべた。
「いえ、私は何もしていないので……。それにしても、革鎧というのはこんな感じなんですね」
私の今の服装は、普通の服の上に革鎧をきて、腰には拳銃と長い剣が一本、腰の後ろには短い変わった形の短刀があった。
「最初は金属の鎧にしようと思っていたのですが、あまりにも重いのでやめました。さて、これで明日魔法学校にいって、魔法を憶えましょうか。簡単なものなら、一時間くらいで身につくと思います」
「そ、そうですか。魔法って、よく聞くけどなんだろう……」
「まあ、あまり深く考えずに。欲しい魔法があれば、学校にお願いして教わるんです。授業料は取られますが、この街の学校は大丈夫です」
シズクさんが笑った。
「そうなんですね。楽しみになってきました」
私は笑みを浮かべた。
「それはよかったです。ああ、あなたの職業は冒険者です。何があるのか分からないので、世界のどこでも行けるようにそうしました。これが、免許証のようなものです。身分証明にも使えますし、なにか起きた時に一般人立ち入り禁止区域でも入れます」
シズクは私に名刺より一回り大きなカードを渡してくれた。
「あとは、当面の路銀ですが、それは明日お渡しします。遅れましたが、ようこそ」
シズクは笑みを浮かべた。
……そして、時は戻る。
トルポギで宿を取って夜をしのいだ私たちは、朝が早い商隊の例に倣って、日が昇り始めた頃には、すっかり旅立ちの準備を整えていた。
この世界にはコンビニみたいに、いつでもどこでも好きになにか買えるような、便利な店はない。
基本的に自給自足で、たまたま商隊が通りかかると、そこで普段手に入らないものを買ったり、逆に野菜などを売ったりもするらしい。
「よし、嬢ちゃんいくぞ。野郎ども、早く乗れ!!」
商隊のオッチャンが叫び、私はゆっくり進む馬車の横について、周辺を警戒した。
馬車に乗ればいいのにともいわれたが、それだと視界が遮られて何かあった時に後手を踏んでしまうし、この方が私は気楽だった。
トルボギを発った馬車は、草原地帯をゆっくり進み、時折やってくる大きな街を結ぶ乗合馬車の特急便を先に行かせ、ノンビリした行軍を続けていた。
「さて、この辺は多いっていうから……」
私は首に下げていたビノクラ、つまり双眼鏡を覗いて、周辺の警戒度を上げた。
どこの時代だろうが世界だろうが、人のものを強奪する輩はいるもので、そういう強盗団の被害が特に多いのがこの辺りだった。
私は一度ビノクラを下ろし、オッチャンが乗る馬車の御者台に飛び乗ってから、革でカバーが掛けられた荷台に飛び乗った。
「ん、どうした。なにかみつけたか?」
オッチャンが声を掛けてきた。
「それが気になって乗っただけよ。後続三台は無事と……」
庫の商隊は、全てで四台の馬車で構成されていた。
私は山ほど積まれた荷物の上に伏せ、ビノクラで辺りを見渡した。
ここがい一番視界がよく、なにかあってもすぐに対応出来る。
私は肩のライフルを手に持ち、ひたすら監視を続けた。
「なにせ、足が遅い商隊で荷物も満載だしね。狙ってくれっていってるようものか……」
そのまましばらく進むと、前方からそれなりに纏まった数の馬が急速接近してきた。
「やっぱりきたか……」
私はライフルを手に取り、装着してあるスコープを覗いた。
「……気付け」
私は先頭の馬に向かって引き金を引き、ついで二発、三発と引き金を引いた。
これで、護衛が多数いると思ってくれれば、あるいは引き返してくれるかもしれない。 私は次の狙撃に備え、弾薬二発だけ残ったマガジンを抜いて新しくフル装填のマガジンをセットした。
「……どうだ?」
私は再びビノクラを覗き、盗賊団の馬群がパニックを起こし、暴れ回っている姿を確認した。
「……適当なのを狙って、五発」
私はもはやどうにもならない状態の盗賊団の馬群に向かって、適当な馬を狙って連続して五発狙撃して、空マガジンを抜いてポケットに収め、先ほど二発残したマガジンを銃にセットした。
「……よし、戻った。怪我した馬も連れていったか」
私は小さく息を吐き、再び周辺監視をした。
そう、私は馬上の人は狙っていない。
馬が暴れる方が、遙かに効果があると判断したのだ。
「さて、早く着かないかな。昼頃には、アライドの街に到着するって聞いたけど」
警戒をやめたわけではないが、少し肩から力を抜いて笑みを浮かべ、私はポケットにしまっておいたチョコバーを囓った。
予定よりやや遅くなったが、商隊は最終目的地のアライドに到着した。
「よし、嬢ちゃんお疲れさん。これが報酬だ。少し色を付けておいたからな、使った弾薬代にでもしてくれ」
商隊を率いるオッチャンが、私に革袋を渡して笑った。
「毎度。ところで、鉱山が近くにあるって聞いたから、てっきり鉱山町かと思っていたんだけど、普通の街だね」
辺りを見回しながら、私は笑った。
「ああ、鉱山は山の反対側だぞ。いってみてぇのか?」
オッチャンが不思議そうな顔をした。
「まあ、聞いただけ。街の様子が予想と違っていたから」
「あっちは行かない方がいいぜ。治安は悪いし、山男の気性は激しいからな。昔は大量の石炭が採れたらしいが、最近は枯れてきてますます野郎どもの気が立ってる。そこに、新参者の嬢ちゃんがフラってきたら、なにが起こるか分からない。石炭なんて見てもつまらんだろ?」
オッチャンが心配そうにいった。
「まあ、聞いただけだよ。これでも、冒険者だから」
私はオッチャンに笑みを向けた。
「ならいいがな。まあ、とにかく助かったぜ。また機会があれば頼む。名を聞いていなかったな
「マールディアよ。その辺をフラフラしてるから、会えるかどうか分からないけどね」
私は笑った。
「そうか、うちもフラフラしているからな。さて、ここで本格的に商いを始めよう。またな」
笑みを浮かべたオッチャンに手を振り、私はとりあえず今日はここに一泊しようと思った。
太陽の位置はまだ高いが、疲れを癒やしたかったし、何よりも夜の山道という最悪な事態を回避したかったのだ。
私は数件あった宿の中で、雰囲気はそこそこいいのに一番安いという穴場を見つけ、部屋を取って先ほど使ったライフルの清掃と分解整備を始めた。
「これ、精度がよくて気に入っているんだけど、頻繁に手入れが必要なのがネックなんだよね……」
工具で掃除箇所を開き、丁寧にブラシ掃除した後は銃身の歪みをチェックした。
「うーん、もうちょっとで交換かな。まださび取りで十分か」
私はクリーニングロッドという棒を使って銃身内の汚れを取って、銃を組み上げ直して一息吐いた。
「えっと、あっちの時間は……」
私はアンクレットに見せかけた時計をみた。
小さなパネルに、こちらの時間と、東京の時間が表示されていて時差は約三十分といったところだった。
「まだ昼前か。せっかくだから、散歩でもしてくるかな」
私は装備を確認してから、椅子代わりにしていたベッドから立ち上がり、部屋から出ると扉に施錠して宿の外に向かった。
街の中は程々に賑やかで、典型的な田舎町という感じだった。
まだ昼食をとっていなかった事を思い出し、私は手近な食堂に入った。
「らっしゃい。今はランチタイムだから、肉か魚の選択しかないよ!!」
カウンターの奥から、威勢のいいオッチャンの声が聞こえた。
「じゃあ、肉で」
「あいよ!!」
カウンター席に座ってしばらくすると、美味しそうな匂いが店内に満ちあふれた。
料理を待っている間に、地元の常連と思しき人たちが集まりはじめ、あっという間に店内が満席になった。
「なんだか、繁盛してるね」
私は笑った。
「小さな街だからな。メシを食う場所なんてそうはないさ」
隣に座ったおじさんが笑った。
「なるほどね」
私が頷いた時、ちょうど料理が運ばれてきた。
「うん、美味しそうだね。頂きます」
なんの肉かは聞きそびれたが、恐らく豚と思われる肉の炒め物の昼食をとっていると、隣に座った若い女性が声を掛けてきた。
「突然失礼します。そのお姿から、旅の冒険者の方とお察しします。十分な報酬をお出しする事が出来るか分かりませんが、魔物退治をお願いしたいのです」
その女性が真っ直ぐ私を見た。
「駆け出し冒険者でお役に立つなら引き受けますが、どんな魔物ですか?」
「はい、夜中になるとどこかからやってきては、畑の作物を荒らしていくので、大変困っています。なんとか出来ないでしょうか?」
女性は困った様子で私にいった。
この数ヶ月で、私はある程度魔物の種類を覚えていた。
こんな事をするのは、決まってコイツだった。
「恐らく、ゴブリンでしょう。集団でくるので面倒ですが、一団のリーダーを失うと途端に逃げ出すほど臆病な魔物です。さっそく、今夜にでも片付けます。報酬は、成功報酬後払いで結構ですよ」
私は笑みを浮かべた。
ゴブリンとは時に数百体の徒党すら組んで掛かってくる、醜悪な外見をした小物といえば小物の魔物だった。
さすがにそんな数で攻めてこられたら、私の手に負えるものではなかったが、この街の規模を考えると、せいぜい十体から十五体くらいだろう。
「ありがとうございます。日が落ちる前に、さっそく現場を案内させて頂きます。ここの代金は私が持ちますので」
女性は笑みを浮かべた。
何より美味しいが、あとが怖いタダ飯を取ったあと、私は女性に連れられ、街外れのまだ壁が建築中という場所に近い、女性の家に案内された。
「あの、お茶でも……」
素朴な家の中に入ると、女性が気を遣ってくれた。
「いえ、まずはどの程度の被害かをみてみたいと思います。それで、魔物の見当がつくことがありますので」
「分かりました、家の裏の畑なのですが……」
私は女性に連れられ、家の裏にある思っていたより広い畑に案内された。
「ここです。今がシーズンのハロウズ芋ばかり狙われて……」
女性がため息を吐いた。
確かにトマトやキュウリ、茄子などといった野菜はさほどの被害は受けていなかったが、落ちている葉で芋と分かる一角だけが、盛大に掘り返されて荒れていた。
「……これは、明らかにハロウズ芋狙い。ゴブリンだったら、根こそぎ持っていくのに」
私は違和感を覚えながら、荒れた芋畑を歩いてみた。
特になにか落ちてはいなかったが、これは明らかにハロウズ芋だけを狙った犯行だった。
「もしかしたら、相手はゴブリンなどの魔物ではないと思います。芋だけ狙った作為的なものを感じたもので。相手は人間かもしれません。私に依頼するより、自警団のような組織があるようでしたら、そちらに訴えた方がいいかもしれません」
私は小さく息を吐いた。
「はい、私もその可能性を考えて、自警団の見回りを強化して頂いたのですが、一向に被害が収まる様子がないのです。もっとも、この街はそれほど大きくないので、自警団といっても、その数は限られています。私の畑だけ特別扱いして頂くわけにもいかないので、こうしてお願いさせて頂きました。いかがでしょうか?」
女性が小さく頭を下げた。
「分かりました。状況から考えて、どこかの人間が絡んでいるのは明確です。自警団では手が足りないようであれば、役所に特別許可を申請する必要があります。私は当然撃たれたら撃ち返しますし、チャンスがあれば先制攻撃で撃つ事もあります。怪我で済むように努力はしますが、夜間の視界が悪い中での事ですので、万が一の事も考えられます。あなたの申請で、冒険者の私を雇ったという証明は絶対に必要になります。もし、違和感や拒否感があるようでしたら、私はこの仕事を下ります。大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。役所ですね、行きましょう」
女性は顔では笑顔でも目では笑っていない顔で、私を見つめて頷いた。
たかが芋と侮るなかれ。
自給自足が基本のこの世界では、畑など荒らそうものなら怒られる程度では済まされず、例え子供でも警備隊や自警団の留置所に数日入れられてしまうほど、厳しい罰が科せられるほど大事な事だった。
「目が怖いですよ。役所の人が驚きます」
私は笑顔を浮かべ、わざと明るい声でいった。
「あっ、これはこれは……。では、行きましょう」
女性が頷き、私たちは役所に向かった。
これは、想像以上に面倒な依頼になりかねないな。
私は心の中で、そう呟いたのだった。
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