第114話 指し直し局④
「……へ?」
つい間抜けな声が出てしまう。師匠が何を言っているのか、僕にはさっぱり分からなかった。
「確かに、留学を勧められはしていたけどね。すぐに断ったよ。君が聞くと混乱すると思って、何も言わなかったんだけど……」
少しだけあきれたように言う師匠。
混乱する頭をフル回転しながら、師匠と同じ研究室の人が言っていた言葉を思い出す。
『あの子が留学するって話があるらしいんだけど、知ってる?』
よくよく考えてみれば、はっきりと、師匠の留学が決まったと言っているわけではない。
そして、師匠の、「……聞いちゃったんだね」という言葉。あれが、留学のことを知られて気まずいというものではなく、僕のために隠していたことがバレて気まずいといったものであったならば……。
つまり、つまり、つまり…………。
「す……すいませんでしたーーー」
僕は、勢いよく頭を下げた。先ほど以上に顔が熱くなっている。
頭の向こうから、師匠のクスクスという笑い声が聞こえた。
「しかし、『これからもずっと、師匠と将棋を指していたいです』……か。なんだか、プロポーズみたいだったね」
僕をからかう気満々の師匠の言葉。
その言葉に体がビクリと反応する。僕の脳裏に、これまで師匠と過ごした日々が、走馬灯のように流れ出す。
はじめて師匠と会ったあの日。師匠と将棋を指したあの日。師匠にからかわれたあの日。妹さんと師匠に会いに行ったあの日。師匠の涙を背中で受け止めたあの日。師匠が僕を待ってくれていたあの日。師匠の後輩になったあの日。師匠と大学に通ったあの日。
「…………」
「……えっと……ごめん。やりすぎちゃったかな」
無言のままの僕を見て、師匠は心配そうにそう言った。
「……師匠」
「……何かな?」
首を傾げる師匠。今から何を言われるのか、全く予想ができていないようだった。
僕は、そんな師匠をまっすぐに見つめる。
「師匠、僕、これからもずっと、師匠と将棋を指していたいです」
「……?」
先程と同じことを言われ、その意図が掴めていない様子の師匠。
張り裂けそうなほど鼓動を速める心臓の音を聞きながら、僕は、言葉を発する。
「さっきは、混乱して言っただけですけど、これは……」
「プロポーズ……です」
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