第115話 指し直し局 終

「……?……?……?……!」


 疑問顔だった師匠の表情が、真っ赤に染まる。師匠は、そのまま、下を向いて固まってしまった。


 僕は、師匠を見つめたまま、その返事を待つ。


 どれほど時間が経ったことだろうか。下を向いていた師匠が、ゆっくりと顔を上げた。その視線が、僕の視線と交わる。


「私も……あなたと、ずっと将棋を指していたい」


 まだ赤みの残る表情で、師匠は、はっきりとそう言った。


 言葉の意味は、確認するまでもなかった。


「ありがとうございます。…………詩音さん」


 僕の言葉に、師匠は一瞬驚いた顔をした後、自分の顔を手で覆った。


 師匠の表情は見えない。でも、師匠が顔を隠す前、一瞬だけその表情が見えた。それは、今まで見たことのない、師匠のにやけ顔。


「……反則すぎるよ、それ」


 師匠が何かを呟いた。だが、顔を覆っているせいで、よく聞き取れなかった。


「し、将棋しようか。せ、千日手だったから、さ、指し直ししなきゃね」


 急に、師匠がそんなことを言い出した。明らかに、何かをごまかしたいといった様子だ。


「……そうですね」


 特に言及することもなく、僕は、盤上の駒に手を伸ばした。


 パチリ、パチリと、いつもより少しだけ早いペースで、駒が並べられる。


 駒が並び終えられた盤上は、いつもより輝いて見えた。


 さあ、始めよう。新しい対局を。どんな展開になるか分からないけれど、きっと、楽しい対局になるはずだ。だって、師匠が僕の目の前にいてくれるのだから。


 姿勢を正し、お互いに頭を下げる。


「「お願いします」」


 僕たちの声が、休憩スペースに優しく響いた。

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ただ将棋をして話すだけ takemot @takemot123

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