第113話 指し直し局③

 対局が再開される。


 いつも以上にゆっくりと指し手を考え、駒を動かす。


 ずっと師匠と将棋を指していたい。そんな思いが、僕の指し手をさらに遅らせる。


 僕に合わせてだろうか。師匠の指し手も、いつもより遅く感じられた。


 局面はかなり拮抗している。どちらが先に仕掛けるか。そこが勝敗を分けることになるだろう。


 ちらりと師匠を見る。僕の目に映ったのは、微笑みを浮かべる師匠の顔だった。


 師匠が、2筋の飛車を、5筋に移動させる。


 僕も、自分の飛車を5筋へ。


 僕と師匠の飛車が向かい合う。


 師匠は、自分の飛車を再び2筋へと戻す。


 それに合わせるように、僕も、自分の飛車を2筋へ。


 すると、師匠は、自分の飛車を再び5筋へと戻した。


 ……あれ?


 僕と師匠の飛車が、2筋と5筋を往復する。そして……。


「千日手……だね」


 千日手。同一局面が4回現れること。その結果、勝負はなかったこととなり……。


「指し直し……しよう」


 将棋は、指し直しとなるのだ。


 微笑みを浮かべた師匠が、まっすぐに僕を見る。その姿は、思わず見とれてしまうほど、綺麗だった。


「私も……」


「……はい」


「私も、あなたとずっと将棋を指していたい」


 師匠は、ゆっくりと僕に向かって手を伸ばす。その手が、僕の手の上に重ねられる。


 師匠の手の温かさが、僕の手からじんわりと広がっていく。腕、肩、胸、そして、心。


「同じ……だね」


 師匠は、微笑みを浮かべたまま、嬉しそうにそう言った。


 心臓の音がうるさい。顔が熱い。師匠から、目を離すことができない。僕の体が、師匠に支配されてしまっているかのようだ。


「あとね……」


 師匠は、さらに言葉を続ける。師匠の口から語られた事実に、僕は目を丸くした。


「私、留学、しないよ」

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