第112話 指し直し局②

「……聞いちゃったんだね」


 苦い顔をしながら答える師匠。


「……はい」


 覚悟はしていた。師匠が大学を卒業してしまえば、会うのが難しくなってしまうと。だが、少し無理をすれば会えるという安心感はあった。


 師匠の留学。それは、そんな安心感を打ち壊すには十分すぎた。


「師匠、こんなこと言うのは間違ってるって分かってます。でも…………行ってほしく……ないです」


 震える声で、僕は言葉を紡ぐ。


「…………」


 僕の言葉に無言で返す師匠。


 師匠は今、何を考えているのだろうか。知りたいのに、分からない。僕は、師匠ではないのだから。


「僕、これからもずっと、師匠と将棋を指していたいです。ずっと……ずっと……。でも、師匠が留学しちゃったら……」


 目の前の景色がにじみ出す。自分の目に涙がたまっていることに気が付くのに、少しだけ時間がかかった。


 僕たちの間を沈黙が支配する。自動販売機の駆動音が、いつもより大きく感じた。


 長い沈黙を破ったのは、師匠の言葉。


「ねえ……将棋の続き、しようか」


 いつものような穏やかな表情を浮かべた師匠がそこにいた。

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