第106話 第48.5局 弟子編⑮

 入試会場へ向かう。緊張はしている。だが、体調は万全。やるべきこともやった。わだかまりもない。


 冬の冷たい風が、僕の背中を押す。まるで、早く歩けと言っているかのようだ。


 受験生の在り方としては、なるべく早く入試会場に言って、心を落ち着けたり、最後の復習をしたりするのが正しいのだろう。


 それでも僕は、ゆっくりと、歩みを進める。自分勝手なペースで。


 一次試験の時とは全く違う状況に、自然と僕の口から笑みがこぼれる。


 あの時は、ひどい頭痛に襲われながら、早く会場に行かなければと思っていたっけ。


「『自分勝手でも・・・いいよ』・・・ね。」


 師匠の言葉。それが、今も僕の心の中に残っている。大切な、師匠の言葉。とても、温かい言葉。


 不意に、鞄が軽く振動する。鞄に入れていたスマートフォンが振動したせいだ。


 そうだ、電源を切っておかないと。


 鞄を開け、スマートフォンを取り出す。そこに表示されていたのは、一件のメッセージ。


『弟子君、頑張って』


 妹さんからだ。


「・・・はい。」


 スマートフォンに向かって、そう呟く。


 その時、再びスマートフォンが振動し、新しいメッセージが表示される。


『頑張ってね』


 師匠からだ。


「・・・ありがとうございます。」


 呟く僕。


 二人に『頑張ります』とメッセージを返し、スマートフォンの電源を切る。


「さて、行こう。」

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