第89話 第46局

 金曜日、深夜、大学の休憩スペース。いつものように師匠と将棋を指す。


「痛・・・。」


「・・・どうしたの?」


 思わず声を上げた僕を、心配そうな顔で見る師匠。


「実は、手にひび割れができてまして・・・。」


 僕は、手を師匠の前に差し出した。中指に、痛々しいひび割れができてしまっている。


 師匠は、僕の手の下からそっと自分の手を添え、ひび割れの様子を見ていた。だが、数秒後、きゅっとその手に力が入った。


「えっと・・・師匠?」


 師匠の真っ白で冷たい手。今、その手が、僕の手を優しく握っている。冷たいはずなのに、温かい。どうしてそんな風に感じてしまうのだろうか。


 なんにせよ、今の状況は、とてもくずぐったかった。


 僕の言葉に、師匠は、はっとしてその手を離した。


「ご、ごめん。つい・・・。」


 慌てながら、師匠はそう言った。その顔は、ほんの少し赤みを帯びている。


「あ・・・。」


 少しだけ残念な気持ちになった僕の口から、そんな声が漏れ出ていた。

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