第87話 第45局

 金曜日、深夜、大学の休憩スペース。いつものように師匠と将棋を指す。


「君、あの子とよく電話してるんだってね。」


 師匠が、ジト目で僕を睨みつける。その反応で、『あの子』というのが誰を指しているのか、何となく分かってしまった。


「えっと・・・妹さん・・・ですか?」


「そうだよ。」


 あからさまに不機嫌な声。こんなに不機嫌な師匠を見るのは初めてかもしれない。


 師匠が妹さんと電話をするようになったことは知っていた。妹さんが、いつもの十倍はあろうかと思えるほどのテンションで報告してきたから。


「昨日、あの子に聞いてね。君が、ずっと前からあの子と電話してるって。しかも、一週間に一回以上。」


 幻覚だろうか。師匠の背後に黒いオーラが見える。


 確かに、僕は妹さんと頻繁に電話をしている。まあ、僕から電話をかけたことはほとんどないのだが。


 そもそも、つい最近まで師匠は妹さんを突き放していたのだ。自分の弟子と、突き放していた元妹弟子が知らないところで繋がっていた。その事実が、師匠を不機嫌にさせてしまったに違いない。


「い、妹さんも、師匠のことが心配なんですよ。いつも、師匠はどんな様子か聞いてきますし。」


 タジタジになりながら答える。


 間違ったことは言っていない。妹さんは、毎度、師匠が元気なのかを聞いてくるのだから。まあ、それ以外の話もたくさんするが、あれは世間話的な何かだと思う。


「・・・それだけじゃないよ。」


 師匠がぼそりと呟く。


 僕がその言葉の意味を知るのは、ずっとずっと後になってからのことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る