第81話 第40局 お題「月」

アルファポリス、カクヨムで小説を投稿なさっている天野蒼空さんの企画に参加させていただきました。

天野蒼空さん

→アルファポリス https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/422973631

 カクヨム    https://kakuyomu.jp/users/soranoiro-777



 金曜日、深夜、大学の休憩スペース。いつものように師匠と将棋を指す。


「今日は満月だね。」


 師匠が窓の外を見てそう言った。将棋を指す手を止め、僕も窓の外を見る。大きな満月が、きらびやかに輝いていた。


「そういえば、『月が綺麗ですね』って言葉、知ってますか?」


 『月が綺麗ですね』とは、夏目漱石の逸話に登場する言葉である。その意味は、『私はあなたを愛しています』。結構知っている人は多いのではないだろうか。


 さすがに師匠も知っていたようで、うんと頷いていた。


「いつか言ってみたいですよね、こんな告白。」


「・・・・・・じゃあ、練習しようか。」


「・・・へ?」


 思わぬ提案に、つい間抜けな声が出てしまった。


 師匠は、いつものような穏やかな表情を浮かべ、じっと僕を見つめている。


「あの・・・練習って、どうすれば。」


「ただ私に向かって『月が綺麗ですね』って言うだけ。簡単でしょ。」


 ・・・ええ。


 さすがに断りたい。ただ、どうにも断りづらかった。師匠の目が、「やるよね。」という圧力を放っていたから。


「えっと、・・・・・・つ・・・月が・・・綺麗です・・・ね。」


「もう一回。」


「・・・月が・・・綺麗ですね!」


「もう一回。」


「月が綺麗ですね!!」


 はあはあと自分の息が上がっていた。恥ずかしさで、今にも倒れそうだ。


「これは・・・なかなか・・・。」


 師匠が、僕から顔を背け、ぼそりと呟く。


「師匠?」


 なんだか、様子がおかしいような・・・。


「・・・さて、師匠としては、君にお手本を見せなきゃ・・・ね。」


 そう言って、師匠はゆっくりと立ち上がった。そのまま僕の真横まで来ると、深呼吸を一つ。そして、


「月が綺麗ですね。」


 その顔は、満月のようにきらびやかで、そして、少し赤みがかっていた。

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