第80話 第39.5局

 数年前。


 ?曜日、?時、姉さんの家、いつものように姉さんと将棋を指す。


「最近全然勝てない・・・消えたい。」


 盤上をじっと見つめる私の口から、自然とそんな言葉が飛び出す。局面は、すでに敗戦模様だった。


 まあ、姉さんに勝てないのはいつものことだ。問題なのは、最近の奨励会での対局で、私が負け続けていることだった。


「・・・まあ、そういうこともあるよ。」


 姉さんの反応は、とても淡白だった。私をちらりと見た後、すぐに盤上に視線を戻してしまった。


「どうやったら姉さんみたいに勝てるのかな。」


 姉さんは、すでに奨励会二段。このままのペースでいけば、来年には三段リーグ。そして、いつかは・・・。


「・・・あんまり、私みたいにって言わない方がいいと思うよ。」


「・・・どういうこと?」


「私は、将棋の勝ち負けよりも、楽しいかどうかを重要にしてるからね。楽しい将棋がたくさんできればいいんだよ。・・・奨励会では良く思われない考え方かもね。」


 そんな経験があるのだろうか。姉さんの顔は少しだけ暗くなったように見えた。


「ふーむ・・・姉さんを見てると、将棋が恋人って感じがするね!」


 暗い顔は姉さんには似合わない。私はわざとらしく明るい声を出して話題を変えた。


「・・・なにそれ。」


 そう言って、姉さんはクスクスと笑っていた。まんざらでもないご様子。そんな姉さんを見ていると、自然と笑みがこぼれてしまう。


「もし姉さんに好きな人ができたとしたら、どんな人なんだろうね。」


 まったく想像できないことだった。だからこそ、姉さんの考えを聞いてみたくなった。


 姉さんは、顎に手を当て、うーんと考え込む。姉さんの口からどんな言葉が語られるのか。わくわくしている自分がいた。


 そして、姉さんは、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。


「・・・・・・私と楽しく将棋を指してくれる人・・・かな。」

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