第82話 第41局

 金曜日、深夜、大学の休憩スペース。いつものように師匠と将棋を指す。


「最近、ネットの将棋で全く勝てなくて・・・。何かいい策はありませんかね。」


 僕の口から、自然とため息がこぼれる。


 僕は普段、将棋の特訓として、ネットで一日三局将棋を指している。いつもなら、三局中一局以上は勝つことができる。時には、三局とも負けてしまうこともあるが、四局も五局も連敗が続くことはまれだ。しかし、今、僕の連敗記録は九まで登り詰めている。これはどうにかしなければと思い、師匠に相談したのだ。


「・・・まあ、そういうこともあるよ。」


 だが、師匠の反応は、とても淡白だった。僕をちらりと見た後、すぐに盤上に視線を戻してしまった。


 まあ、何となくこの師匠の反応は予想がついていた。師匠は、将棋の勝ち負けや強さ弱さをそこまで重視しない人なのだから。


「・・・ですよね。」


 やはり、自分でなんとかするしかないようだ。しかし、一体どうすれば・・・・・・。


 うーんと頭を抱える僕。そんな僕を見かねたのか、師匠は盤上から顔を上げた。その顔には、いつものような穏やかな表情が浮かんでいた。


「負け続けることなんて、よくある事だよ。悔しくて、嫌になる気持ちも分かる。でも、大切なのは、一つ一つの将棋を楽しむことだと、私は思うよ。そうでないと、将棋を指す意味がない。」


 師匠がゆっくりと語るその言葉一つ一つに、確かな重みが感じられた。将棋の勝ち負けや強さ弱さを重視しない師匠の考え方そのものが、その言葉に乗せられて僕のもとまでやってくる。それは、まるで巨大な波のようだ。大きくて、重い、思考の波。

 

 そして、師匠は、僕に向かって問いかける。それは、僕が思わず首を横にブンブンと振ってしまうほど、当たり前で、そして、僕が見失っていたものだった。


「君は、勝つためだけに将棋をしているのかい?」

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