第65話 第33.5局 師匠編⑩
「師匠・・・僕、師匠との将棋が好きです。」
彼の表情はとても穏やかで、まるでいつもとは別人のように思えた。
「師匠は、いつも楽しそうに将棋を指します。時々、本を読みながらだったりするけど、それでも、心から将棋を楽しんでいることは伝わってくるんです。そんな師匠と指す将棋は、本当に楽しいんです。」
彼は、ゆっくりと目を閉じる。まるで、これまでの私との対局を思い出しているかのようだった。
「でも・・・」
彼の目が開かれる。その目は、まっすぐに私を捉えていた。
「でも、今指している将棋は、とても苦しいです。師匠が一手指すごとに、その苦しみが、僕の方にも流れて来るんです。本当に・・・苦しい。」
普通の人なら、彼の言葉を馬鹿にするだろう。何を言っているんだと、嘲笑するだろう。だが、私にはできない。なぜなら、彼が冗談を言う人でないことは、私がよく知っているから。
「こんな苦しみ、一人で背負うなんて無理ですよ。だから、・・・・・・」
「僕も一緒に、背負わせてください。それで、もっともっと、僕に楽しい将棋を教えてください。」
・・・なんて歯の浮くようなセリフ。いつから彼は、こんなセリフを堂々と言えるようになったのだろうか。
「・・・君には、・・・関係」「関係なくないですよ。」
私の心に巣くう、自分自身に怒りを感じている私。その私が、彼のことを拒絶してやろうと言葉を発する。しかし、彼は、その言葉が言いきられる前に、それを否定する。その瞬間、私の心が、何か温かいものに包まれるのを感じた。同時に、自分自身に怒りを感じている私が、しおしおとしぼんでいく。
「・・・どう・・・して?」
私の問いかけに、彼は笑顔で返答した。
「だって、僕は、・・・」
「あなたの弟子なんですから。」
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